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最強剣士

ダンジョン・七階層⑤

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 リリーナとクルルの頭には絶望しか浮かんでこなかった。

「……うそ、そんな!」
「アル!」

 このまま頭部と胴体が噛みちぎられる、そんな運命が待っていると思い込んでいると──

「チェックメイトだ」

 聞き慣れた声が二人の耳に届いた。
 その声はいつも通りの声音をしており、耳にするだけで安心感を得ることができる。

「魔力透過性の低い素材で作った剣だ、すぐに壊れることは想定内なんだよ」
『グルル、グルオオアアアアッ!』
「これで最後だ──剣舞咲けんぶざき!」

 砕けたソードゼロが手の中から失われた直後、アルは再び斬鉄を抜いていた。
 今までならば柔らかく太い体毛に遮られて届かなかった刀身も、ファイアソードによって焼けて脆くなった状態ならば問題なく肉を、そして骨を断つことができる。
 マリノワーナ流において、零距離から繰り出すことができる高速連撃、それが剣舞咲という剣技である。
 ブラックウルフの頭から首、胴体と斬りつけて尻尾の先まで細切れにしていく。
 悲鳴を上げる隙間さえも与えることなく、気がつけばブラックウルフは肉塊へと変わり果てていた。

「……ふぅぅぅぅ。こんなものか」
「……ア、アル?」
「……アル様が、勝ったのですか?」
「二人とも、心配を掛けてすまなか――どわあっ!」

 斬鉄を鞘に納め、振り返ったアルが見たものは自分へと飛び込んでくる二人の姿だった。
 気づいた時には受け止めることもままならず、そのまま押し倒されてしまう。

「いてて、お前たち、いったい何を……って、泣いているのか?」
「あ、当り前です! 本当に……本当に、死んでしまったと思ったのですよ!」
「そうだよ! アルは、一人で無茶をし過ぎなんだからね!」
「……すまん、俺としては無茶をしているつもりはなかったんだが」

 頭を掻きながらも、女性二人に泣かれては何を言っても無駄だと悟り泣き止むまでそのままの体勢でいることにした。
 しばらくして、落ち着きを取り戻したクルルが立ち上がると、涙を拭いリリーナの肩に手を置いた。

「……リリーナ、地上に戻ったら、アルがやった無茶をラミアン様に言ってやりましょう!」
「おい、なんでそこで母上が――」
「そ、そうですね! それで、ラミアン様にアル様を叱ってもらいましょう!」
「いやいや、そもそも母上が立てた目標のせいでこうなっているんだが?」
「「問答無用です!」」
「……もう、それでいいよ」

 涙だけではなく、口でも勝てないと分かれば諦めも早く付くものである。
 リリーナも立ち上がったのを見てアルも足に力を込めたのだが、上手く力が入らずすぐに尻もちをついてしまった。

「アル様!」
「ちょっと、アル。本当に大丈夫なの?」
「……最後の最後で、魔力を使い過ぎたみたいだな」

 シルフブレイドを使った時点で魔力枯渇の一歩手前だった。
 そこにアルも初めて試した剣と魔法の融合によって、枯渇寸前だった魔力のほとんどを使い切ってしまったのだ。
 腕が勝手に震え、足にも力が入らない。尻もちをつくのも仕方がない状態だった。

「……これ以上の探索は、無理だな」
「当り前よ! ここから五階層まで一気に戻るわよ!」
「そうですね。あそこなら、魔獣も少なかったですし!」
「あー、すまん。その五階層のことなんだが……」

 二人がずっと勘違いしていることに気がついたアルは、恐る恐る事実を伝えていく。
 そして、伝え終わった時には――

「あんたのために野営をしたのに、何勝手なことをしてるのよ!」
「そうですよ! それじゃあ、アル様は全く休んでいないではないですか!」
「いや、あの時は魔法は使っていなかったし、十分休めていたから――」
「「魔力があればいいという問題ではありません!」」
「……はい、すみませんでした」

 肩を落としてしまったアルを放っておきながら、二人はどこで休むべきかを考え始めた。

「戻ることは確定として、安全な場所なんてダンジョン内にあるのかしら」
「魔獣はどの階層にもいるはずですし、ないのでは?」
「そうなると、なるべく上の階層の方が魔獣は弱いから、やっぱり戻れるところまで戻るべき?」
「ですが、アル様がこのような状態では限界があります」

 腕組みをしながら頭を捻り続ける二人を見て、アルは手を上げてから発言権を得ようとする。

「……今度はどんな無茶を言うつもりかしら?」
「……ことによっては、本気で怒りますよ?」
「いや、もう本気で怒られたんだけど……って、そうじゃなくて。休む分にはここでも問題ないんじゃないか?」
「「……ここ?」」

 言われて周囲を見渡すと、ブラックウルフの死体が転がっているだけで他の魔獣の気配はない。
 そもそも七階層に下りてきた時点で魔獣は逃げ出していた節もあった。

「ここで休めるだけ休み、魔力の回復を見て上層へ戻ろう。そこで本格的な野営を組み、三日目に戻ればいいんじゃないかな」

 顔を見合わせたリリーナとクルルは何故だか苦い顔をしているが、渋々といった感じで頷いた。

「結局、アルの言っていることが正しいんだよね」
「アル様って、いじめっ子の気質があるのではないですか?」
「……リリーナの言葉だけは否定させてもらってもいいかな?」

 最後はアルの苦笑で場が和み、一時休憩を挟むことになった。
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