職業賢者、魔法はまだない ~サバイバルから始まる異世界生活~

渡琉兎

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第1章:異世界転生

現地人

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 俺は咄嗟にナイフを構えて森の方から視線を離すことなく見つめ続ける。
 未知の動物や魔族だったとしても、間に湖を挟んでいるからいきなり襲われるということはないはず。
 姿を現して倒せそうなら戦うが、無理そうだったらこの場を放棄して逃げの一手だ。
 本音を言えば拠点を失うのは痛いが、命を守るためならば仕方がない。

「……頼む、でか兎かでか豚であってくれ」

 物音はだんだんと近づいて来る。そして現れたのは──

「きゃあっ!」
「……に、人間?」

 茂みに足を取られたのか、飛び出してきた物音の正体だろう女性がぬかるんだ地面に顔から突っ込んだ。
 これは助けるべきだろうか、そんなことを考えていると別の物音が近づいていることに気がついた。

「もしかして、何かから逃げてたのか?」

 彼女はおそらく現地人だろう。
 現地人が逃げるような相手ということは、おそらく動物ではないかもしれない。
 そうなると考えられるのは魔族ということになるが……。

「……いや、考えている場合じゃないか」

 異世界に来て初めての現地人である。
 色々と聞きたいこともあるし、それに目の前で襲われている女性を見殺しにはできない。
 ……何より、誰かと喋りたいのである。

「あのー! 大丈夫ですかー!」
「……えっ?」

 どうやら俺の存在に気づいていなかったようだ。
 まあ、必死に逃げてきて顔面から地面に突っ込んだんだから、こっちを見ている余裕なんてないわな。

「……ど、どうして、ここに人間が?」
「えっ? なんか言いましたかー?」
「……あ、あなた、どうやってこの森に入ってきたのですか!」

 ……あれ、なんか、怒られてる?
 ちょっと予想外の展開だったのだが、とりあえず近くに行ってみようかな。
 何か現れた時も、その方が助けやすいし。

「そっちに行くので、待っててくださいねー!」
「く、来るな──死ぬぞ!」
「……死ぬ?」

 それは近づいて来る別の物音の正体がヤバい奴ということだろうか。
 もしそうなら行くしかないだろう。
 俺が死ぬということは、女性も殺されるかもしれないということだしな!

 時間が惜しい、俺は快速スキルを発動させて少しでも早く女性の下に辿り着こうと走り出す。
 元々の速さが低いので極端に速くなるということはないが、それでも数秒は短縮することができるだろう。

「な、何で来るのよ!」
「何か危ない奴が来てるんでしょう! 力になります!」
「人間では倒せないわ! 来てるのは──魔族なのよ!」

 ……あー、やっぱり魔族でしたか。
 こんな森深く……ここが深い森かは分からんが、一人でこんなところまで来る人だし、それないに強い人なのかもしれない。
 そんな人が動物に後れを取るとは考えにくいし、そう考えるとやはり相手は魔族となる。
 下級魔族だったらゲビレットと同程度、瞬歩などのスキルがある今ならもう少しうまくやれる自信はあるけど、それ以上となればヤバいかもなぁ。
 ……だが、それでも俺は止まることはせずにそのまま走り続けた。

「……女性を見捨てて逃げるなんて、嫌なんですよ」

 そして、そんなことを言いながら女性の下に到着したのだ。

「……あんた、バカなんじゃないの? 魔族が来るって言ったでしょう!」
「まあ、やれることはやりましょう」

 その魔族とやらは、俺の気配察知にも引っかかっている。
 こいつは……初めての気配だ。間違いなくゲビレットではない。
 というか、魔族って同じ種類がいるのかも分からないけど。

「あなたは戦えるんですか?」
「……これでも、上級冒険者よ」
「それって凄いんですか?」
「す、凄いわよ! あんた、何を言ってる……の?」

 ……ん? 何だかいきなり声が小さくなったような?

「……あの、どうしたんですか?」
「……」
「……あのー、もしもーし」
「ふえ? ……あっ! な、なんでもないわよ! そ、それよりも──来るわよ!」

 気になる反応をしている女性が気になるのだが、今は迫る危険を振り払わなければならない。
 俺は腰に差していたナイフを抜き放ち逆手に構えて意識を集中させる。
 快速の制限時間は残り七分程度。
 蹴歩はまだ使える。
 ナイフ術のスキルレベルは2。
 大丈夫、やれるさ。
 そして、姿を現した魔族は──

『──ゲルルルルゥゥ』
「で、でかいし、首が二つ!?」
「オルトロスよ!」

 四肢で立った時の高さは俺と同じくらいか。
 だが、二つに分かれた首には鋭い牙が並び、合計四つの赤眼が俺たちを睨みつけている。

「……おぉ、これは、死んだか?」
「だ、だから言ったじゃないのよ!」

 今にも泣き出しそうな声で俺にツッコミを入れている女性冒険者だったが、上級というだけのことはあり泣きながらも腰に下げていた武器を構えた。

「えっ? 武器って、鞭?」
「鞭で悪いって言うの! 男は剣やら槍やらナイフやら、意味もなく近づいて斬ることにばっかり執着するんだから、本当に嫌になっちゃうわよ! だからあいつらも噛み殺されたわけだし? 言い寄られ来ただけだから別に構わないけど、巻き込まないでって感じなのよね!」
「……えっと、なんかごめんなさ──」
「避けて!」

 俺が謝っている途中で怒声にも似た指示が飛ぶ。
 直後──俺の目の前には炎が迫っていた。
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