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第八話 ショーゴと粉雪。
20(side翔瑚)
しおりを挟むこれはもう──十年以上前の話になる。
彼が十五歳で、俺が二十歳だった時。
人生を狂わせる出会い。そう、俺が家庭教師をしていた時の記憶か。
(すごく、かっこいい子だな……)
受験対策に作った問題集をしてもらっている間、俺は自分の生徒──息吹咲野の横顔を眺めながら、乾いた喉をかさつかせた。
中学三年生といえばまだまだ子どもだろうに、この生徒はずいぶん落ち着いていて、体も比較的大きく成長していたからだ。
色素が薄い。どうしてだろう?
甘い目元と薄い唇。
筋の通った鼻梁に滑らかな肌。
骨ばっているがペンを持つ手は大きい。中学生とは思えない早熟さを感じる。服の下の体は引き締まったものだろう。
俺とは……大違いだ。
背は彼より高いが、痩せぎすで引っ込み思案な猫背は惨めったらしい。
目元が隠れるほど伸びた前髪を切らずにいたものだから、モッサリと視界が重くて常に俯き気味。陰気な地味男。
鏡を見るのが嫌いだった。
子どもなら問題ないと思ってアルバイトは中学生の家庭教師を選んだのに、どうも運が悪かったらしい。
咲野くんはあっち側の子。
「…………」
豪奢なお屋敷。広い一人部屋。
物の少ないオシャレなインテリアで、隣の部屋の声すら聞こえない。
咲野くんは金に困らない家に生まれ恵まれた容姿に成熟した精神を持つ、カースト上位の持っている人間だ。
乾いた喉をゴクリと鳴らした。
まさかこんな上等な生徒に当たるとは。緊張で死にそうだ。
いじめられっ子だったりはしないけれど、人と関わるのが下手くそで、あっち側の人といると居心地が悪い。
「センセ、できた」
「っあぁ」
身を固くしていたところに件の生徒から声をかけられ、大袈裟に肩が跳ねた。
受け取った課題を採点する。まる以外書くことがない。
咲野くんはいつもそうだったから慣れてきていたけれど、雇われたからには役に立たねばと思ってもいた。
「……うん、全部あってる」
「あそ。次は?」
「次は……えと、もうない、な」
「はは、三時間も要らねー」
息吹咲野は、薄い笑い方をする。
ゆるりと緩慢に解ける色っぽい笑みを中学生がするのだから、俺はいつも曖昧に笑って誤魔化す。
なぜならその笑みで、咲野くんはよく俺をじっと見つめるからだ。
意図がわからなくて気づかないフリをするが、今日は違った。
「ね、センセ」
「え?」
ガタン、と咲野くんが立ち上がった。
「残りの二時間、いつもみたいに教科書の予習復習すんじゃ割に合わないと思わね?」
「な、にが……あ、そうだな。うん。時給を貰うからにはちゃんとしたいと、思っているぞ」
「うん、うん、そうだよな」
言いながら手を引かれて、答えながら俺も自然と椅子から立ち上がる。
「そこで、余分な時給の代わりに残り時間は俺の暇つぶしに付き合ってよ。したらイーブンじゃね? 俺さ、お互いウィンウィンでちょうどいい遊び、知ってんの」
「っうわ……っ!」
戸惑っていると、突然ドン、と手ごと体を押されて、俺はすぐそばにあったベッドへ仰向けに倒れ込んだ。
「なっ、なっ」
「ン~」
「なぜ、どう……!?」
混乱する隙に、どうしてそんなものがあるのかオモチャの手錠で手首を繋がれる。
繋いだ手首はベッドの装飾に引っ掛けられて、なにがなんだかわからないまま、あれよあれよと馬乗りになる咲野くん。
「待ってくれ、な、なにをっ」
「うるせー」
「っム、っ」
目を白黒させて拙い抵抗しながらやっと声を上げた俺の唇に、咲野くんはうっそり笑ってチュ、と口付けた。
は、なぜ? 理由は? 意味は? どういう感情でこんなことを? コイツはもしかして、思考回路がおかしいんじゃないか?
「ぃ……ぐ、っ……」
「いちいち騒ぐなよ。大人だろ? 大したことじゃねーじゃん。どうせやることねーなら付き合ってって提案してるだけなんだからまずは人の話を聞けって、なぁ」
「な、なに、を」
「なにって、暇つぶし」
異常だ。この状況で笑ってる。
意味がわからない。理解できない。
恐怖に震え、呆然と見上げる。
そりゃあファーストキスというものに夢を持ってはいなかった。
けれどまさか五つも年下の教え子に奪われる可能性なんて、俺は人生で一瞬だって考えもしなかったんだ。
「センセのココ、使っていい? セックスっていう暇つぶしなんだけどさ」
ココ、とジーンズの上からトントンと尻の割れ目をつつかれ悲鳴をあげた俺の頭から、サァァァ……! と一斉に血の気が引いた。
この子どもは、頭がイカレている。
そういう性癖だったとしても非常識だ。奇行だ。狂気だ。考え無しだ。
だって普通、部屋が離れているとはいえ親兄弟のいる実家で年上で同性の家庭教師とコトに及ぼうと思うか? 中学生が?
知恵のない若さゆえの悪ノリだとしてもタチが悪い。いいやそれならいくらもマシだろう。まだ理解できる。
その破滅的な悪ノリをたかが暇つぶしで持ちかけ、相手を拘束して押さえ込み、笑っているような子ども。
「ひっ……ぁ……」
青ざめる体が緊張に硬直し、得体の知れない恐怖に震え上がった。
無理矢理犯されるのではと想像が先走り悲鳴が漏れる。嫌だ。男とヤるどころか男に抱かれる予定は俺の人生にはない。嫌だ。
固まって動かない首輪をどうにかふるふると横に振って、泣きそうな目に力を入れて祈るように拒否する。
「や……やめて、くれ……っ」
「そ。じゃーいいや」
「は?」
そして気分は強姦魔に襲われた被害者だったわけだが──あっさり頷かれた。
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