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四皿目 絵画王子

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『だ、そうだよ』

 リシャールはうっそりと微笑んで、アゼルに視線をやりながら、抱きしめた俺の首筋にキスをする。

 反射的にグッとリシャールに距離を詰めた鎌達は、やはり俺に触れる前に止まった。

 俺という存在一つで全ての抵抗を封じられたアゼルは、すっかりだらりと腕を降ろし、人形のような顔でこちらを見ている。

 鎌はゆっくりと一つ残らず、俺達から離れて主の中に戻った。
 殺意にあふれる威圧感が、それと同時に霧散する。

『君にできることはもう、結界を解いて新しい愛を見つけるか、姫ごと私を闇に葬ることだけだ』
「うるせぇな……信じて、る……んだよ……一番大切な宝物は、俺だと……言った、あの日々が……クソ絵画ごときに、やすやす奪われるわけねぇ、だろ……」
『その思考回路、いっそ素晴らしいな……。これを見ながら未だにそこまでの信頼を寄せられる君の愛は、執着とも言える深さだろう』

 耳朶をなでるリシャールの感心したような声に、擽ったくてピクッと体が震えた。

 広げていた腕を降ろして、自分の腰に回るリシャールの手に片手を添える。

 もう一本の腕は首筋に擦り寄る彼の髪に当て、優しくなでた。

 なんて愛しい人。
 リシャール、俺の王子様。

 アゼルの憎悪と殺意に満ちた視線。
 ピシッ、ピシッ、と彼の周囲に亀裂がはいる。

 力がコントロールできなくて、ついに魔力も溢れてしまって。

 可哀想……。
 だけど、ハッピーエンドは二人だけ。

 お前がどれ程愛してくれても、俺には一人しか愛せない。ごめんな、アゼル。

『さぁ、いい加減、どうしようもない君は諦めてくれ。それともいっそ、奪われないように姫を殺すか? その時はきっと、姫だけ死んで私は消せないよ。なんてったって、私が望まなければ君は私に触れることもできない』
「っ…………たの、む……」
『ん?』

 彼からすると死刑宣告を受け、無表情のまま震えるアゼルはぼう、と笑顔で首を傾げるリシャールを見つめる。

 微かな呟きはピシッ、ピシッと亀裂を広げ室内に傷をつけながらも、誰よりも強く、誰にも屈しなかった魔王から、再度発せられた。

「返してくれ……お願いだ……お願い、します……それだけは、とらないでくれ……俺にはそれだけなんだ……お願いします、お願い、します……」

 ピシッ、ピシッ。
 爪痕のような亀裂は俺とリシャールの周りにも現れ始めた。

 アゼルはもう泣いていない。
 だが、囈言うわごとのような懇願が、悲痛に泣かれるより、俺の胸を痛めつける。

 ──あれ……どうして……痛い…?

 首を傾げて、自分の胸に触れる。

 哀れだと思っていても、俺はお前を愛せないのに、なにを痛がることがある?

 変に希望を持たせてはいけない。

 駆け寄る事も抱きしめることも出来ないのに、俺はどうして胸が痛いのだろうか。

『……たまらないな。あんなに仲睦まじい君たちでも、こうもあっさり心変わりするのだから』

 リシャールが、アゼルの懇願を悦にいるような表情で嘲笑う。

 心変わり……そうだな。
 ごめん、アゼル。ごめん。

 あんなに愛し合っていたのに、俺を愛するリシャールだけが愛おしくて、俺はこの手を取るしかないんだ。



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