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八皿目 ナイトデート

05

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 黙って強く引っ張られながら困惑する俺を、アゼルは店の外で素早く横向きに抱き上げ、トンッと地面を蹴った。

「う……っ」

 一瞬、内臓がせり上がる感覚。

 アゼルは俺を抱いたまま器用に建物のせり出た部分に足をかけて、落ちることなく空へ駆け上がっていく。

 何度か跳躍した後、ひときわ大きな建物の影になった天蓋付きのテラスに滑り込んで、アゼルはようやく俺をおろした。

 ──トン、と足がつく。

「っと……どうしたんだ、アゼル……?」
「ここなら空からも街からも見えねぇ」

 恐る恐るといった様子で伺いながらそんなことを言われ、俺はキョトンとしてしまう。

 たしかにここは天蓋で空を飛ぶ魔族からも見えず、下を歩く魔族にも見えないだろう。
 影になっていて建物自体にも人気はない。

 そんな人気のない場所で、アゼルはそっと俺を正面から抱きしめた。

「ん……触れたかったのか?」

 力強く、温かい体。

 腕を回しながらその熱を堪能すると、首を振って否定される。
 それから大きな手のひらが、俺の頭を優しくなでた。

 相変わらず緊張した、微かななで方。
 初めてデートした時に俺の頭をなでた時と同じだ。

「……寂しそうに、見えた。俺といるのにそんな顔するってことは、なにか変なこと考えただろ」
「う……」
「こういう時、俺だってな、話を聞けるんだぜ。なでられると落ち着くことも、知ってる」
「あぁ……」
「俺が変な時、お前はいつもこうしてくれるだろうが。……俺もしてやりたいと思うのは、おかしなことか?」

 耳元でとつとつと語り、髪にキスをするアゼル。

 俺はギュッと抱きしめる腕の力を強くして、たまらない気持ちをどうにか耐える。

 よく見ているな。
 いつだって、コイツは俺をよく見ている。たった数秒すら、寂しがらせてくれないんだ。

 頬をすり寄せて甘えながら、なにを考えたのか言えと訴えてくるアゼルが愛しくて笑ってしまう。

 俺が悲しんだからあんなにも焦っていたのか。困っていたのか。

「アゼルが好きすぎて、自分の残酷さに呆れていただけだ。お前はなにも心配することはない」

 くっと顔を上げて、すりよってくる頬に自分のを当て、柔らかさを感じ合う。

 弱気になってごめんな。

 他のなにに邪魔されても俺は胸を張ってお前を愛するが、お前の問題なら、俺は少し臆病になってしまうんだ。

 迂闊に先を見た自分を反省して、もう心配ないという気持ちを込めて寄り添う。

 だがアゼルは俺の言葉に一瞬身を固めて、すぐに抗議するように耳たぶに噛みついてきた。

「俺を愛しすぎることをそんなふうに捉えることが、俺にとっては残酷だ。俺は言われないとわからねぇ。でもわかりたい。どうしてそう思った? お前は俺のものだろ? だからお前の悲しみも寂しさも全部俺のものだ。俺のものを教えろ。全部教えろ」
「ン、っん」
「言えよ、でなきゃ噛みちぎるぜ……お前の弱いところも俺のだろ?」

 カリ、と耳の付け根に牙をたてられ、ビクリと体が震える。

 言ってもどうしようもないことだと理解していても、俺は食い締めた歯を解いて、懺悔してしまう。

 お前の足枷になる弱い人間であることを悔いた時も、そんなことはないと受け入れてくれた。

 アゼルが俺のことを否定するわけがないからだ。

 ないから──お前を愛しすぎる俺はふとした瞬間、自分に殺意を抱くのだ。



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