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九皿目 エゴイズム幸福論

55(sideアゼル)

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『……かわいげのねェ魔王だなァ?』

 黙って睨み合う中、皮肉げにそう言われ、黙りこくる。

 離れる際に食い千切られた首筋は、ものの数秒で回復した。
 首を飛ばされると多少時間がかかるが、傷なら軽い。

 別に、魔力続く限り回復するというのは、他でも見る能力だ。

 その中で俺の魔力が桁外れに大きいから、不死身に近いだけでな。
 もちろん、細切れになれば死んでしまう。

 とは言えいくら状態異常耐性を持っていても、口の中に直接入った死毒は、俺の身体を徐々に蝕んだ。

 毒を浴びたが、見た目は無傷である俺。
 対してガドの傷は深い。

 俺の鎌は切った相手の血液を吸い取る上に、竜の鱗も切り裂く切れ味を持つ。

 なのにゆらりと俺の周りを旋回しようとするガドは、引く気配がない。勝つ見込みはないのに。

 俺の心臓が耳から出そうなくらい、ドクドクとうるさく鳴り響く。
 耳障りで、心臓を止めてやりたい。

 あぁ、ウルセェな。
 どいつもこいつも、ウルセェ。

 わかってる。こんな争い不毛だ。

 苛立ちのまま口の中に溜まった血液を地面に吐き出し、ガドにあわせて間合いをはかる。

『かわいくねぇのはどっちだ、あぁ?』
『ハッ、鏡でも見ればわかるこった』

 俺も、引く気にはならなかった。

『魔王にかわいげがあるほうが問題だろ。粛々と、聞き分けよくいればいい……それをお前は、なにをそんなに足掻きやがるッ! 人間に肩入れしやがって……!』
『っシャルがいた時のテメェは聞き分けなんかなかったクセにッ!』
『アレはいなくなったんだから、諦めろッ! 消えたものが戻ることはねぇんだよ! 駄々こねてんじゃねぇ、クソガキがッ!!』
『駄々こねてんのはテメェだろォがッ!! だから閉じこもるのをやめてまで、こんなトコロに自分からきたッッ!!』
『!!』

 ビクッと身体が跳ねる。
 だから、うるさいと言っているだろうが。

 怯んだ俺に、尚も言葉の矢が降り注ぐ。

『どれだけ失敗しても、なにも返してやれなくても、ずっと好きだと言ってくれるアイツに会いたかったんだろッ! 記憶のないテメェ自身が、僅かでももう一度惹かれたからだッ! 違うかァッ!?』
『違うッ!! 俺はアイツなんか、これっぽっちも愛してねぇッ!! アイツなんか、いらねぇんだよッ!!』
『黙れッ!! 本当のテメェでかかってこいよォッ!! 命かけて殺し合ってる俺のなにが怖いんだ、アァッ!? どうせ俺に殺されて死ぬんだッ!! 全部さらけ出して惨めにかかってこいッ!!』

『~~~~ッ!! 口にした言葉は、二度と消せねぇんだよッッ!!』

 慟哭とともに、バキンッ、ビシッ、と地面に深い亀裂が入った。

 割れた地面の欠片は俺に引きずられるように浮き上がり、俺に近づくと爆ぜる。

 ──やめてくれ。

 今更俺に後悔させるようなことばかり、言いやがって。
 いなくなったもんは仕方ねぇだろうが。

 離れていくのはいつものこと。
 一人なんて慣れてる、なんでもない。

 また失敗しただけ。
 失敗したのは俺のせい。

『言葉で傷つけた傷跡はなぁッ、逃げ出したくなるぐらいイテェんだよッッ!! わかってんだよ、俺がッ!! 俺がこの身でッ!!』

 叫ぶたびに、地面が割れる。
 この地の魔力が俺の魔力に反応して、吹き出しているからだ。

 言葉は一言で誰でも殺す。魔王でも、関係ない。そんなこと俺はよく知っている。

 そう、だから、アイツは。

 俺に──……優しい言葉しか、吐かなかった。



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