吸血王子 と 吸血事務員 が 土食・オブ・ザ・デッドの世界を旅するはなし

aonuma seiya

文字の大きさ
16 / 35

第16話 うっ血女子と血色わるい王子⑥

しおりを挟む
 京浜急行電鉄久里浜線けいひんきゅうこうでんてつくりはませんYRP野比駅ワイアールピーのびえきを降りると野比のびのび太の家があるという。

 そんな馬鹿な。

「おれの二十四番目の女・アンジェラがそう言ったのだ。アニメの家にそっくりな家が本当にあるというのだ。のび太も住んでいないか、いつか確かめようと思っている」
「アンジェ……日本人よね?」
「ああ。岡山出身でclubシャングリラのナンバー2だ」
「YRBって?」(注1)
寄る辺よるべなき、野比のび太。ドラえもん抜きの、のび太。この世で最も無力で惨めな存在」
「真面目まじめに」
「知らん。たぶんYMCAキッズ英語みたいなものだろう」
「また英語塾。英語のない世界を。ドラえもーん」

「タケコプターも、どこでもドアも、いらない」
 世良彌堂せらみどうが赤錆びた太い鉄柱に寄りかかった。
「頼むから、こいつを動かしてくれ」

 丘の上まで数十メートル間隔で同じ鉄柱が立っていた。
 冬期はこれにワイヤーロープが張られリフトが吊るされていたが、それももう十年前の話だ。

「おれはもう疲れた」
「わたしだって疲れたよ。もうこの辺でいいでしょう?」
「いや、まだだ。まだ高度が足りない」

 鎌倉の病院を訪れ、チホの実家へ直行した日から三日後のことである。
 二人は新幹線とバスを乗り継いで、ここ長野県の山間部までやって来た。

 今二人が立っているのは、傾斜角二十五度の廃止された元スキー場。
 眼下には、さびれた集落が広がっている。

 世良彌堂せらみどうが、鎌倉の病院の背後を探っていて、この地を突き止めたのだ。

 近隣の野沢温泉村は、インバウンド需要をうまく取り込み、外国人客でうるおっているが、むしろ特殊な例と言えるだろう。
 昨今は若年層の減少で、長野のスキー場はどこも閑散として、営業廃止も珍しくない。

 初夏を迎えた高原は、緑とまぶしい光があふれていたが、人気ひとけはほとんどなく、閉まっている宿もちらほらと見受けられた。

「わたしはもういいでしょう? ここで待ってるから、彌堂君だけで登ってよ」
「ダメだ。一緒に来てもらう」

 世良彌堂の頬はほんのりとピンクに染まって、いつもより血行がよく見える。
 かぶっているベースボールキャップが白のせいもあるが、やはりこの斜面がきついのだ。

「何で? 登ったって、わたしの目じゃ何も見えないよ」
「おまえが来ないと、おれの話し相手がいない」
「寂しがり。コドモ」
「いずれ咬かみ殺す。すべてが片づいてからな」
「コドモ詐欺師」
「ふん。今は生かしておいてやる」

 関東各地で倒産した温泉宿、リゾートホテルを買い漁っている企業がある。
 買収した建物を高いフェンスで覆い、特に改装もせず、営業も再開させず、閉鎖したまま放置しているという。

 世良彌堂はそのうちの一か所が、この高原の元温泉ホテルであることを突き止めていた。

「……真実を貫き通す〈万物を丸裸にする目セラミッド・アイ〉の|類稀たぐいまれ《》な眼力と洞察力によって」
「疲れるからやめて」

 元温泉ホテルを買い取ったのは「株式会社ブラッドウィル」。
 あの鎌倉の療養施設の運営母体でもあった。
 そればかりではない。
 ブラッドウィル社は、千葉県南房総にある「龍翔りょうしゅう会・医療法人社団 きりこし総合病院」の系列企業。
 総病院長・霧輿龍三郎きりこしりゅうざぶろうは現吸血者協会理事長・霧輿龍次郎きりこしりゅうじろうの実弟である。

「別に普通だと思うけど」
「けど、何だ?」
「だから……」

 チホは立ち止って額の汗をいた。
 傾斜がきつい上に、茂った草がからみついたり、滑って歩きにくい。
 こんな山登りになるなら、もっとしっかりしたアウトドア向きの靴があったのに。

「鎌倉の病院みたいなのをあっちこっちに造るつもりなんでしょう。イトマキ症まだまだ増えそうだし。高齢化社会で脳神経外科とかリハビリセンターが潤うのと同じ理屈よね。ちょっと商魂逞しょうこんたくましいとは思うけど」
「おまえには直感というものがないな。表の世界と裏の世界が、怪しい兄弟でつながっている。何かあるに決まっているだろう」

「霧輿さんは理事長だから、それは何かあるでしょう。理事長権限の随意契約ずいいけいやくのファミリー企業で、一儲けとか。よくある利権構造じゃない」
「おまえ、大丈夫か? 急に語彙ごいが複雑化してきたようだが」

「このくらい社会の常識でしょう。今まで幾つの会社で働いたと思ってるのよ。コドモ詐欺師と一緒にしないで」
「まあ、いいさ。おれは協会を私物化する霧輿一派を告発したいわけではない。協会及びおまえたち協会員がどうなろうと知ったことではないからな。だが、やつらの振る舞いには不審な点が多い。ここには何かある。イトマキ症をめぐる巨大な謎が隠されている。それが知りたいのだ」

「ふーん。いくら探っても、霧輿さんのお金儲けしか出てこないと思うけどな」
「じゃあ、何故なぜついてきた?」
「え」
「気になるのだろう。おれの〈万物を丸裸にする目セラミッド・アイ〉が見通す先にあるものが。庶民には計りしれないこの世の真の姿が、な」
「何言ってるのよ。あんたがしつこく頼むからついて来てやったんじゃない。保護者だよ、わたし。確かにこんなところで子供がふらふらしてたら、たちまち補導されちゃうからね」
「ふん。じゃあ、せいぜい付添つきそいらしくおれの世話を焼くことだ」

 もういいだろう、と世良彌堂。
 チホも斜面に立ち止まってホッと息をついた。

 ここは夏草が茂る、元上級者コースだった斜面のちょうど中ほどだ。
 二人は改めて眼下の集落に目をやった。

 チホの目には点在する大小の温泉宿の影がぼんやりと映った。
 そのうちの一つ、青いフェンスで囲われている中規模のホテルがターゲットだ。

「どう? 見えるの?」

「うむ。なるほど」

「ねえ。どうなのよ。何が見えるの?」

「よし。わかった」

 世良彌堂は真顔で振り向いた。

「もう少し上に行こうか」

 やだ、とチホは断る。
「もう無理」
 ただ立っているだけでも体力が石ころのように転がり落ちていく斜面である。

「困ったやつだな。じゃあ、おまえの手を貸せ」

「手?」

「右手だ。シオマネキの出番だ」

 てのひらに載って、建物をもっとよく見たいという。
 チホに火の見櫓ひのみやぐらになれというのだ。

「おい、詐欺師。靴、脱げよ」

「これはすまない。庶民はそうするのだったな」

 帽子とお揃いの白いハイカットのスニーカーを脱ぐ世良彌堂。
 それを忌々いまいましげに見下ろすチホ。

「落っこちても知らないからね」

「そんなドジは踏まない」
 世良彌堂はチホの肩に手を置き、チホの右のてのひらに、幅の細い小さな片足をかけた。
「やってくれ」

「ああもう。何でこんな山で大道芸をしなきゃならないのよ」
 チホが持ち上げた。

 世良彌堂は両手を広げ、片足を軸にバランスを取った。
 世良彌堂が両足をそろえて、てのひらに直立すると、チホはその手をそっと高く掲げていった。

「どうなの?」
 世良彌堂は黙っている。
 チホは見上げたが、日射しがまぶしく何も見えない。
「ちょっと、教えてよ。そこから、何が見えるの?」

「少し、黙っていろ」
「腕が疲れたんだけど。あと十秒ね」

「……何てことだ」
「教えて。言わないと、丘の下までぶん投げるよ」

「おまえ、アリの巣を見たことがあるか?」
「あるけど」

「巣を壊したことは?」
「あると思うけど……それが?」

「崩れた巣の中で、働きアリが豆粒みたいなサナギを抱えて、右往左往していただろう?」
「それ、何の話? 回りくどいよ。見たままでお願い」

「何てことだ……」
 嘆息たんそくする世良彌堂。
 それきり黙り込んでしまった。

「自分だけ、ずるい……」

「まずい」

「今度は何?」

「双眼鏡でこちらを覗のぞいている男がいる……指示を与えている……これは、まずい」

「どうなってるの?」

「降ろせ」

「もう、勝手すぎるんだけど……」

 チホが降ろすと世良彌堂が緑ざめていた。
 ただでさえ青白い顔が、更に血の気が失せて緑色っぽくなっていた。

「逃げるぞ」

「逃げる?」

「いや、ダメだ。もう遅い。見ろ」

 世良彌堂が指さすほうを見ると、何かこちらへ飛んでくるものがあった。

「何、あれ?」

「ドローンだ……」
 何枚かプロペラが回転しているでっかい虫みたいな飛行物体が丘を登ってくる。
「農業用のものらしいな。攻撃用に改造しているかもしれないが」

「写真とか撮られるのかな」

「写真は殺してからでも撮れる」

「まさか」

 ドローンは想像以上に早く、たちまち二人に追いついてしまった。
「ちょっと、逃げなくて平気なの!?」

「おもしろい」
 世良彌堂があきらめの笑顔で答えた。
「どこへ逃げるんだ?」

 攻撃が始まった。
 ドローンがブンブン、
 ハチの大群みたいな唸うなり声を上げながら、
 低空で二人目がけて突っ込んでくる。

 それと同時に、何か黒っぽい液体を噴射していった。
 チホは、きゃーきゃー言いながらあたりを逃げ回った。
 世良彌堂は、動かない。
 噴射を浴びながら、無言でドローンをにらみつけていた。

 数分後、二人とも同じくらいに黒く汚されてしまった。
「もう、何なのよ。真っ黒けじゃない。嫌がらせ? どういうこと?」
 チホは息を切らせながらつぶやいた。
「この黒いの、何? 絵具? 墨汁? イカ墨?」

「では、ないだろうな」
 世良彌堂の帽子も靴も汚れ放題だ。
「まだ生きているところを見ると、即効性ではない猛毒なのか。さもなければ、遅効性の猛毒なのか」
「同じじゃない。やだ。これ、毒なの?」

 二人は去っていくドローンを見詰めていた。
 ドローンは残りの液体を捨てるようにノズルから黒い飛沫を噴射しながら丘を降りていった。

 丘の下に車が止まっていた。
 車の横に立ち、ゲーム機で遊んでいるように見える人が、ドローンを操作してたのだろう。

「抗議してこよう」
「それより、辞世じせいの句でも考えておけ」

 丘の下にトラックがやってきた。
 三台停まって、中から人がわらわら降りてきた。

  全部で百人は下らない。

 丘をゆっくり、登り始めた。

 やけに、ゆっくり、ゆっくりだ。

「ちょっと……」
 チホはあとずさった。
「ちょっと、ちょっと、これ、やばいんじゃないの」

「総勢110名」
 世良彌堂が〈万物を丸裸にする目セラミッド・アイ〉で即座に数え上げた。
「いや、111名か」

「人数はいいから。あの人たちは何なの?」
「おそらく、ここの温泉街の皆さんだろうな」
「何で、こっちへ来るの?」

 100名を超える人々が、ゆっくりと、丘を上がってきた。

「なるほど。これは土か」
 黒く染まったシャツの袖を凝視する世良彌堂。
土壌どじょうのエキスを濃縮した液体だ。考えたな……」

「感心してる場合じゃないでしょう。あの人たちってまさか?」
「そう。ドンビだ」
「ということは、やばいじゃん。このままだと、食べられちゃうんじゃないの!?」
「おまえ、人生の最期の最期に、頭脳が冴え渡ったな。めてやる。ドンビのドをゾにする裏技が、これだ」

 ゾンビ化したSES患者たちが自分を食べにこちらへやって来るらしい。
 チホはバッグに手を突っ込んでスマホを取り出そうとした。

「今から、長野県警に助けを求めるつもりか?」
「そうだけど」
「間に合うわけないだろう。いざという時には役に立たないのが警察と保険会社というものだ。安心感が本質で、実利に乏しい。一般論だが」

「じゃあどうするのよ!」
「さあな」
 世良彌堂は他人事ひとごとのように言った。

「待って。わたし、これ持ってる……」
 チホはショルダーバッグからドンビ用の忌避きひスプレーを取り出した。
「これがあれば」

「フロンガスR22か。千葉県以外ではご法度はっとの物質だ。長野県警が黙っていない」
「これを振りまいて、そのすきに下へ逃げよう」
「おまえにしては、いい作戦だが、無駄だろうな。やつらの鼻を見ろ。見えないのか。鼻のあなに何やらプラグのような物体が差し込まれている。おそらく、フロンに反応しない処置がほどこされているのだろう」

「じゃあ、もう上に逃げようよ、丘の上に。早く!」
「戦わないのか? おまえにはシオマネキの右手があるじゃないか。温泉街の狂った村人を黄金の右腕でちぎっては投げ、ちぎっては投げ……」
「無理だよ、あんな大勢」
「そこの鉄柱を引き抜いて、ぶんぶん振り回して、大立ち回りを演じてみせろよ。協会が映画化してくれるかもしれない。低予算のB級ホラーだが」
「もう、真面目に! そうだ。これさ、服を脱いだら、いいんじゃない? 顔も、きれいに落としたら、あれ?」
 顔を手で拭ぬぐうと更に黒く汚れが広がってしまった。
「脱げよ。斜めの草原を真っ裸で逃げ回れ。おれ以外の皆さんはきっと大喜びだ」
「ねえ。どうするのよ。わたし、嫌だよ。こんな田舎の斜面で死ぬの」
「だから、辞世の句を考えろ。一世一代の名句を。時間はまだある。丘の天辺まで逃げるのもありだ。くたびれもうけになること請うけ合いだが」

「彌堂君!」
「おまえの自由にしろ」
「もう……あんたのせいだよ……」
「悪かった。諦めろ」

 チホが地面を探り始めた。

「おい。落とし穴でも掘るのか?」
「あんたも探して。石よ。石!」
「石? あいつらに投げつけるのか?」
「おはじき。右の指で弾くの」
「ほう。おまえ、指弾しだん使いか。それを早く言え」

 世良彌堂も石を探し始めた。
 しかし、元ゲレンデのくさむらには石がまったくない。

「何でもいいのよ。ビー玉でもパチンコ玉でも……」
「うん? これは何だ?」
 世良彌堂がポケットから何か取り出した。
「ピスタチオだ。からが割れなかったやつだが、いつの間にポケットに?」

 貸して、と世良彌堂の手から奪って、左手に載せ、チホは一番接近しているコック帽を被った板前らしい男に照準を合わせた。

「まだちょっと、遠いかも……」
 距離は約二十メートル。
「ええい、行っちゃえ!」
 弾いた。

 頬に、びーんと当たった。
 顔をのけ反らせる板前。
「やった!」
 板前は一瞬、立ち止ったが、また動き始めた。

「何だ。威力はのび太の空気ピストル以下か。がっかりだな」
「全然ダメ。もっと重いやつ。石よ、石。何でここには石がないのよ!」
万策ばんさく尽きたな。でんじろう先生の空気砲でも難しい状況だ」
「あった! え、軽石かよ……」
「もう諦めろ。民衆に殺されるのも、貴族の仕事のうちだ」
「王子は黙って死んで。わたし、庶民だから」
「おまえも民衆の生血をすすって生きてきたのだろう。殺される資格はあるさ」

 ドンビの先頭集団が、十メートル圏内まで近寄っていた。
 仲居さん風、温泉コンパニオン風、旅館の袢纏はんてんを羽織った従業員風のドンビたちが、やや前傾姿勢で叢をずりっずりっと迫ってくる。

 世良彌堂は目を閉じて黙って立っている。
 チホは丘の上まで逃げようか迷っていた。

 高速ゾンビではなく、古典的なゆっくりゾンビなので、ぎりぎりで逃げてもまだ間に合う。
 しかし、この山中をどこまで逃げればいいのだろうか。

「ええ……野沢菜のざわなや 温泉饅頭おんせんまんじゅう 土饅頭どまんじゅう。うーむ。いまいちか。野沢菜や 温泉饅頭 ピスタチオ。彌堂。まあまあか。野沢菜の、いや、湯煙りの、夏風や、夏嵐……」
 世良彌堂は、本当に辞世の句をひねっていた。

 チホがやけくそ気味に靴先で地面を掘っていると、電話だ。

 非通知。

「はい」
 チホは石を探しながら電話に出た。
「誰?」

「チホ。危ないから地面に伏せて。セラミド君も伏せさせて」

「何? どういうこと?」

「電気で突風とっぷうおこせそう。ちょっとやってみるから、吹き飛ばされないように気をつけて」

 スマホの画面に青白い女子高校生の画像が浮かび上がっていた。

「え、何でここにいるの?」

 画像が舌を出してウインクした。

「世界は電気でつながっているんだよ」

 ズッどーーん、と丘の上のほうで大きな音がした。

 振り向くと、尾根おねを走る高圧線が青白く光っていた。

 バリバリバリバリバリ、と青い火花が散った。

 グゥゥゥごおぉぉぉーーー、と耳をつんざく風音が響いてきた。

「彌堂君!」
 チホは左手を伸ばして、世良彌堂を引き寄せた。
 二人は叢に倒れ込んだ。

 ぶおーん、うぉーん、うぉん、うぉん、おんおんおん、と大きな空気の塊が地面に伏せた二人の上を追い越していった。

 チホが叢から顔を上げると、ドンビが数体、ばたん、ごろん、ごろんと斜面を転がり落ちていくのが見えた。

 ほかのドンビは、すべて丘の下で折り重なり、吹き溜まりになっていた。

 停まっていた車は、土埃つちぼこりの中を数回転して、ちょうど止まったところだ。

 トラックも、横倒しになっていた。

 チホは立ち上がった。

 振り向くと、丘の上の高圧線の鉄塔が一本、青白く燃えていた。

 天に向かって半透明の巨大な制服姿がそびえている。

「見たか! 庶民ども」
 世良彌堂が立ち上がった。
「これがカミカゼだ!」

 わァァーー。

 突然、ボーイソプラノで叫び出す、世良彌堂。

「彌堂君!?」
「走れ! チホ! 地の底まで駆け抜けろ!!」

 わァァーー。

 かぶっていたキャップはどこかへ吹き飛ばされてしまったようだ。
 金髪の巻き毛を振り乱した少年が、叫びながら斜めの草原を、跳ねるように駆け下りていった。

 チホは丘の上の巨大な女子高校生に手を振った。

 わァァーー。

 チホも叫びながら走り始めた。

 夏草の斜面を駆け下りていく世良彌堂の姿は、すでにピスタチオの豆のように小さくなっている。(注2)

 チホは、その背中を追い駆けた。

 わァァーー。わァァーー。

 二人は叫びながら緑の丘を駆け下りていった。



(つづく)










(注1)
正しくは「YRP野比駅」である。チホはアルファベットが三文字以上つづくと高い確率で間違えてしまう。「YRP」とは、横須賀 (Yokosuka)・リサーチ(Research)・パーク (Park) の頭文字。世良彌堂はすぐに間違いに気づいたが疲れていて面倒だったのと、「YRB」から咄嗟に連想した「寄る辺なき」というフレーズが気に入ったのであえて訂正しなかった。

(注2)
筒井康隆の超短編『傾斜』からのインスパイア。『傾斜』はわずか1ページの作品。家族団らん中に一人ずつ「わー」と叫びながら走り出すだけの怪作。筒井先生はそんな夢を見たらしい。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

「魔物の討伐で拾われた少年――アイト・グレイモント」

(イェイソン・マヌエル・ジーン)
ファンタジー
魔物の討伐中に見つかった黄金の瞳の少年、アイト・グレイモント。 王宮で育てられながらも、本当の冒険を求める彼は7歳で旅に出る。 風の魔法を操り、師匠と幼なじみの少女リリアと共に世界を巡る中、古代の遺跡で隠された力に触れ——。

ブラック国家を制裁する方法は、性癖全開のハーレムを作ることでした。

タカハシヨウ
ファンタジー
ヴァン・スナキアはたった一人で世界を圧倒できる強さを誇り、母国ウィルクトリアを守る使命を背負っていた。 しかし国民たちはヴァンの威を借りて他国から財産を搾取し、その金でろくに働かずに暮らしている害悪ばかり。さらにはその歪んだ体制を維持するためにヴァンの魔力を受け継ぐ後継を求め、ヴァンに一夫多妻制まで用意する始末。 ヴァンは国を叩き直すため、あえてヴァンとは子どもを作れない異種族とばかり八人と結婚した。もし後継が生まれなければウィルクトリアは世界中から報復を受けて滅亡するだろう。生き残りたければ心を入れ替えてまともな国になるしかない。 激しく抵抗する国民を圧倒的な力でギャフンと言わせながら、ヴァンは愛する妻たちと甘々イチャイチャ暮らしていく。

サイレント・サブマリン ―虚構の海―

来栖とむ
SF
彼女が追った真実は、国家が仕組んだ最大の嘘だった。 科学技術雑誌の記者・前田香里奈は、謎の科学者失踪事件を追っていた。 電磁推進システムの研究者・水嶋総。彼の技術は、完全無音で航行できる革命的な潜水艦を可能にする。 小与島の秘密施設、広島の地下工事、呉の巨大な格納庫—— 断片的な情報を繋ぎ合わせ、前田は確信する。 「日本政府は、秘密裏に新型潜水艦を開発している」 しかし、その真実を暴こうとする前田に、次々と圧力がかかる。 謎の男・安藤。突然現れた協力者・森川。 彼らは敵か、味方か—— そして8月の夜、前田は目撃する。 海に下ろされる巨大な「何か」を。 記者が追った真実は、国家が仕組んだ壮大な虚構だった。 疑念こそが武器となり、嘘が現実を変える—— これは、情報戦の時代に問う、現代SF政治サスペンス。 【全17話完結】

アガルタ・クライシス ―接点―

来栖とむ
SF
神話や物語で語られる異世界は、空想上の世界ではなかった。 九州で発見され盗難された古代の石板には、異世界につながる何かが記されていた。 同時に発見された古い指輪に偶然触れた瞬間、平凡な高校生・結衣は不思議な力に目覚める。 不審な動きをする他国の艦船と怪しい組織。そんな中、異世界からの来訪者が現れる。政府の秘密組織も行動を開始する。 古代から権力者たちによって秘密にされてきた異世界との関係。地球とアガルタ、二つの世界を巻き込む陰謀の渦中で、古代の謎が解き明かされていく。

嵌められたオッサン冒険者、Sランクモンスター(幼体)に懐かれたので、その力で復讐しようと思います

ゆさま
ファンタジー
ベテランオッサン冒険者が、美少女パーティーにオヤジ狩りの標的にされてしまった。生死の境をさまよっていたら、Sランクモンスターに懐かれて……。 懐いたモンスターが成長し、美女に擬態できるようになって迫ってきます。どうするオッサン!?

春の雨はあたたかいー家出JKがオッサンの嫁になって女子大生になるまでのお話

登夢
恋愛
春の雨の夜に出会った訳あり家出JKと真面目な独身サラリーマンの1年間の同居生活を綴ったラブストーリーです。私は家出JKで春の雨の日の夜に駅前にいたところオッサンに拾われて家に連れ帰ってもらった。家出の訳を聞いたオッサンは、自分と同じに境遇に同情して私を同居させてくれた。同居の代わりに私は家事を引き受けることにしたが、真面目なオッサンは私を抱こうとしなかった。18歳になったときオッサンにプロポーズされる。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

処理中です...