吸血王子 と 吸血事務員 が 土食・オブ・ザ・デッドの世界を旅するはなし

aonuma seiya

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第27話 エイリアン・アブダクション・イン・チバ

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 ドンビたちはテーブル代わりの作業台に群がって各々の器に盛られた土にかぶりついていた。

 それぞれが自宅で使っていた食器に土を盛ると、ちゃんと自分の皿が認識できるらしく特に混乱も起きないのだった。

 あらぬほうを見つめながら、手掴てづかみで口へ土を詰め込むドンビたち。

 その様子に何故なぜかホッとする男がいた。

 沼崎は二階の窓から潜望鏡〈千里眼CHIZCOせんりがんちづこ〉で中庭を観察していた。

 悪夢にうなされたあとだけに、見慣れた風景を前にして安心したのかもしれない。

 どうせならあの少年の夢が見たかった。

 手術台の上であの金髪の男の子にメスや注射器でいたぶられるなら、同じ額にかいた脂汗でも甘美かんびしずくとなっただろうに。

 妄想たくましい自分に苦笑いする沼崎である。

 食事を終えた順にそれぞれの動きへ戻っていくドンビたち。

 高圧線の鉄塔の下でドンビたちののどかな日常はつづいていた。

 現在、ドンビは八体。

 元国体選手の西機にしはた氏は今日もボート漕ぎ運動をつづけていた。

 地面に敷いたダンボールの上に腰を下ろし自分で作ったオールをゆらゆらのろのろと動かしていた。

 どこへもたどり着かないボートだった。

 沼崎は満足して潜望鏡を引っ込めた。

 異常なし。

 ドンビがゾンビに変身して、ゾン百姓びゃくしょうのゾ一揆いっきが起きるまではまだ間がありそうだ。

 ドンビの食事風景に刺激されたのか、小腹が空いてきた。

 沼崎はナップサックから非常食〈チョコの実〉が入った巾着袋きんんちゃくぶくろを取り出した。

 非常食もこうしてときどき食べて新品と入れ替えるのが備蓄のコツでもある。

〈チョコの実〉を食べ始める沼崎。

 甘いチョコレート味が口中に広がっていく。

 勢いよく咀嚼そしゃくしていた口元が、ふとスローダウンしていった。

 歯応はごたえが、おかしい。

 甘さは確かにチョコに違いないのだが、妙にぬちゃぬちゃしている。

 それに、この酸味は?

 腐っているのか?

 いや、違う。

 これは、ナッツチョコではない。

 レーズンチョコだ!

 書き換えられた記憶のぎ目が見えてきた。

 千葉で食べて減った分を、誰かが補充したのだ。

 しかし、チョコの中身を確かめなかったのが運の尽き。

 自分は〈チョコの実〉に、レーズンチョコは入れていない。

 やはりあれは夢ではなかった。

(おれは────)

 沼崎は確信した。

(千葉で異星人どもに拉致らちされた……)





*  *  *





 沼崎は鏡の前で舌を伸ばしてみた。

 若干前より長く伸びるような気がした。

 舌の先に黒い点が二つ出来ていた。

 小さな血豆のようにもみえるが、これは不完全な〝目〟に違いない。

 沼崎は納得したようにうなずいた。

 沼崎の考えはこうだ。

 自分は千葉でツチノコ星人(仮)に拉致らちされたのだ。

 彼らのアジトで、舌に彼らと同じ宇宙生命体を移植する手術を受け仲間にされそうになった。

 しかし、人体改造手術は失敗した。

 自分は記憶を操作され、すべてを夢だと思わされて放逐ほうちくされた。

 彼らの誤算は、自分がこの世のあらゆる種類の陰謀、世界の裏の姿に通じていたことである。

 陰謀論を語る人間はいて捨てるほどいても、陰謀の真相までたどり着ける者はほとんどいない。

 陰謀論という出口のないあみだくじに人々を迷い込ませること自体が、この世の巨大な陰謀の一部だと言っていいだろう。

 自分は違う。

 類稀たぐいまれなるサバイバル精神によって、何か一つ手がかりが見つかれば、そこから一気に真実までさかのぼる力を有している。

 沼崎は部屋の中を見回し始めた。

 ほかにもどこか記憶が書き換えられているかもしれない。

 もし書き換えられていればまた書き換え直すだけのことだ。

 万年床の枕元にサバイバルガジェットが入ったナップサックが置かれていた。

 沼崎はナップサックのチャックを開け、中身を取り出した。

 サバイバル7つ道具を番号順に布団の上に並べていった。

1潜望鏡〈千里眼CHIZCO〉

2防護服〈ザ・シャークスーツ〉

3武器〈六一式串刺銃〉

4盗聴器〈デビルイヤー〉

5地図〈昭文社ライトマップル関東道路地図〉

6飲料水〈死霊のしたたり水〉

7非常食〈チョコの実〉

〝その1〟から〝その7〟までちゃんと揃そろっていた。

 他に暗視スコープや建造物潜入用のピッキング工具もあるが、違法すぎる道具なのでナンバー外にしてあった。

 沼崎は更にナップサックの底を探った。

 小物類に混じっていた小さな革のケースを手に取った。

 7つ道具は、実は8つ道具なのだった。

 沼崎六一郎サバイバル7つ道具・その8〈裏注意ウラチューイ〉……AM、FM、短波放送が聴けるメード・イン・チャイナのスリーバンドラジオだった。(注1)

 沼崎はケースのふたを開け、中身をまみ出した。

 タバコの箱大の小型ラジオが沼崎のてのひらに載せられていた。

 間違い発見。

 機種が違う。

 ツチノコ星人(仮)め、ただの小型ラジオかどうか分析するために偽物と入れ替えたのだろう。

 沼崎は電源をオンにした。

 音が出ない。

 電池切れか。

 前の機種はアンテナがついていたはずだが、なくなっている。

 選局のボタン、音量調節のボタンがない。

 スピーカーもなければ、イヤホンのジャックもなかった。

 おかしい。

 これは、何だ?

 ラジオではないのか?

 沼崎は耳を近づけた。

 突然、ピピピピーという電子音が鳴り出してびくっとした。

 見ると液晶画面に「0.082」と周波数らしき数字が表示されていた。

 単位は何だ?

 キロヘルツもメガヘルツもあてはまらない。

 ギガヘルツなら、NHK・FM東京とJ-WAVEがそれに近いが、こんな表示の仕方は聞いたことがなかった。

 数値は沼崎のてのひらの上でどんどん変化していった。

「0.077」

「0.064」

「0.091」

 ただ手に持っているだけなのに移り変わっていく。

 足元がぐらつき始めていた。

 違う。

 サバイバル7つ道具・その8は〈裏注意ウラチューイ〉ではなく〈ドクター抹香臭いマッコイ〉。(注2)

 これは小型ラジオではなく、ネット通販で買ったウクライナ製の線量計だ。

 沼崎は足元が崩れたように衝撃に震えた。

 頭の中身が揺れているのだった。

 気がつくと部屋の中が薄暗くなっていた。

 沼崎は万年床の上に並ぶ八つの7つ道具を前に、座り込んでいる自分を発見した。

 おかしい。

 この線量計は、捨てたはずだ。

 それが戻ってきている。

 いや、それ以前に、なぜ自分は線量計など持っていたのか?

 これは放射線を測定する機械だ。

 放射能汚染からサバイバルするためのアイテムである。

 放射線。

 放射能。

 原子力発電所。

 事故。

 地震。

 震災……

 沼崎は立ち上がった。

 忘れていた?

 いや、違う。

 記憶を封印していたのだ。

  ────裏日本大震災うらにほんだいしんさい────

 それは、おれがサバイバリストになった始まりの出来事。

 ツチノコ星人(仮)の記憶操作を破ったおかげで、自分が封印していた記憶までよみがえってしまった。

 どうやら記憶を書き換えていたのは、宇宙人だけではなかったようだ。



(つづく)










(1)ウラ中尉
または、ウフーラ中尉。アメリカのSFテレビドラマ『スタートレック』の登場人物。宇宙船USSエンタープライズ号の通信担当。黒人の女優が演じた。1960年代としては画期的な配役だった。

(2)ドクターマッコイ
『スタートレック』の登場人物。USSエンタープライズ号の船医。謎の小型機械で瞬時に乗組員たちの健康チェックをしてしまう。
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