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第3章
第34話 初恋の傷
しおりを挟む午前中の時間指定が終わっても、次の時間帯の荷物も多く、私たちは五時間近くノンストップで配達に駆けずり回った。
結局、お昼休憩が取れたのは14時過ぎになってしまった。コンビニでご飯を買って、いつもの公園の脇道に車を止める。
「こんなに遅くなってごめんね。お腹空いたでしょ?」
「大丈夫です!時間に追われてたから案外あっとゆう間でしたよ!」
「なら良かったけど。じゃ、食べよっか」
「はい!頂きまーす!」
平気なふりをしていたけど、きっと私に気を遣ったんだろう。慣れない体力仕事に疲れ果てた様子で、有り難そうにお弁当を口に運ぶ深沢さんを横目で見た。
今までほとんど更衣室での彼女しか知らなかった私には、今隣にいる地味な女の子が、あの節操のない女の子と同一人物だとはとても思えなかった。
私の視線に深沢さんが気づく。
「やだー先輩!何見つめてるんですかぁ?えっちー!」
「なんかそんな雰囲気でいつもの調子だと違和感半端ないね」
「あっ、そっか!メガネ外すの忘れてた!」
そう言いながら、深沢さんはメガネを外そうとした。
「外すことないよ」
「え……じゃあ……してようかな」
恥じらいながら外しかけたメガネをかけ直す。私は別に悪い意味で言った訳じゃないというつもりで言っただけだったけど、深沢さんには、そのままのがいいと言ってるようにとられた。
真相解明したところでだた恥をかかせるだけだし、もうその事に触れるのはやめた。
「でも本当、深沢さんが意外ににちゃんと仕事してくれたから助かった」
「先輩、私を何だと思ってるんですか?仕事なんだからちゃんとするに決まってるじゃないですか!どうせ仕事中にも迫ってきたりするとか思ってたんでしょ?」
「うん。そうゆう事しか考えてないのかと思った」
「ひどーい!でもまぁそりゃあ私だってそうゆうこと狙ってない訳じゃないですよ?」
「あー、やっぱりそうなんだ……。結局頭の中はそうゆう感じか」
「違いますって!本当はもっと色じがけでも、 無理矢理押し倒してでも三ツ矢先輩とまたあの時みたいなことしたいけど……しないです」
「どうして?」
「本当の本当に、三ツ矢先輩を好きになったからです」
私は申し訳ないけど、深沢さんのその言葉を聞いて、またかと思ってしまった。また面倒なことが一つ増えたと思いながらも、それを悟られないように無表情で話を聞いていた。
「本当に好きだから……体よりも先輩の心が欲しいんです」
「……深沢さんから体より心って出てくると思わなかった」
私が失礼にも本心をそのまま言うと、深沢さんは苦笑いをした。てっきりまた『ひどーい!』とうるさい感じに返ってくると思ったので、珍しい表情をされ、少し居心地が悪い気がした。
「本気で人を好きになったのは……三ツ矢先輩が二人目なんです」
一人目はいつの頃なんだろうと、特別興味があるわけじゃないけど多少の好奇心は湧いた。それをこちらから尋ねる前に、深沢さんは色を無くしたような瞳で続きを話し始めた。
「初めて先輩と会った時、私、三つ編みに丸メガネですごい地味で真面目な感じだったでしょ?今は男の人を寄せつけないためにコスプレ感覚で敢えてしてるけど、あれは昔の私の姿、そのまんまなんです。こう見えても私……本当にすごく真面目だったんですよ?成績も優秀だったし、生徒会にも参加したりして」
「……そうなんだ」
私の棒読みの相づちの後、少し不自然な間が空いた。隣を見ると、深沢さんは何かに思い詰めたような顔で深いため息をついた。そんなに話しづらいことならわざわざ話さなくていいのにと思ったけど、そんなことはさすがに言えなかった。
「三ツ矢先輩の前に好きになった人は、その時の生徒会の会長だった人で……。あ、もちろん女の人ですよ?」
「うん」
「告白してきたのは向こうからだったけど、 実は生徒会に入った頃から陰ながら憧れてたんです。だから、本当に嬉しくて嬉しくて、夢みたいで……。付き合ってからも、地味で暗くてダサい私のことを『 智鶴は誰よりも可愛いよ』っていっぱい言ってくれて、すごく大切にしてくれて。会長とのことは、同じ生徒会メンバーで信頼出来る友達でもある親友にだけは話してましたけど、それ以外の人には秘密にしてました。毎週決まった曜日の放課後に生徒会室で二人きりで過ごすのが、デートの代わりで……その間に初めてのキスも経験して、他にもたくさん……いけないことだって思っても、会長と一緒ならって……それすら幸せに思ったりして……」
深沢さんはそこで言葉を詰まらせた。それでもなんとか口を開く。
「ある時、いつものように約束の曜日の放課後、生徒会室で会長を待ってたんです。テーブルの上には会長の鞄があって、入れ違いでトイレでも行ったのかな?ってて思ってたら『顧問の先生に突然呼ばれて遅くなりそうだから、今日は先に帰っていいよ』って連絡が来て。私は『分かりました』って伝えたんですけど、もし遅くなったとしても、例えほんの少しだとしても二人きりの時間が欲しくて、そのまま 生徒会室で待つことにしたんです。帰ったと思った私がいたらきっと喜んでくれるって思って、生徒会室の奥にあった大きなパネルの裏に隠れて待ちました。そしたら、言うほどそんなに時間が経たないうちに扉が開いて、会長が入ってきたんです。嬉しくてすぐにパネルの影から出ようとした時、先輩の後ろにもう一人、誰かががいるのに気づきました。それは、いつも私が話を聞いてもらってた例の親友でした。顧問の先生のところに一緒に行ってたのかもしれないって思いながら、なんとなく胸がざわざわし始めた時、扉が閉まった瞬間に、後ろを振り返ってその子にキスをしました。私は瞬きもしないで、息が出来なくなっていくのも無視して、その光景を見ていました。私とする時はいつも、何度も鍵をかけたかしっかり確認してたのに、彼女には鍵を閉めるのも忘れて、待ちきれないようにキスをしてました。そんな会長に彼女が鍵くらい閉めるように促すと、会長は面倒くさそうに鍵をかけて、私の名前を出したんです。『智鶴の時は絶対忘れないんだけど』って、笑いながら。その子も一緒になって笑ってました。『こんなこと智鶴にバレたらどうするんですか?』って言って。そしたら会長は『真面目そうで地味なのにおっぱいおっきいから面白いかなってからかってたけど、期待外れだしもう飽きたからもういいや』って……。その時、私の中で何かが壊れました。私が見てることなんて何も知らずに、二人はその後も何度も何度もキスをしてました。……それ以上のことも。ようやくひと通り終わったら、彼女だけが先に部屋から出て行きました。回りに関係がバレないようにするため、私ともいつもそうゆうふうに解散してたんです。腕時計を見ながら扉の前で時間を潰してる会長の前に、私は出て行きました。私の姿を見た会長は、すごく驚いてました。でもすぐに開き直った顔をして『見てたんなら分かるでしょ?』って言ったんです。今思えば本当バカみたいだけど、酷い裏切られ方されたのにその時の私はまだ会長を好きで、失いたくなくて、泣きながら抱きつきました。そしたらまた抱いてくれるんじゃないかって、制服を脱いでせがみました。だけど、会長は冷たい目をして私を押しのけたんです。……あの子をあんなに夢中で抱いてたのに、私の事は汚いものを避けるように。……それで私、完全に壊れてしまって、目についた物を全て会長に投げつけたんです。テーブルにあったファイルも書類も鞄も椅子も。思いつく限りの言葉で罵倒しながら。そしたら、その騒ぎに先生達が駆けつけてきました。そこでやっと我に返った私の目の前には、こめかみ辺りから血を流している会長がいました。悲鳴をあげて駆け寄る先生達に会長は、私が無理矢理関係を迫ってきて、拒否すると暴力を受けたと涙流らに話してました。会長の話に嘘はありせんでした。私と会長の関係は誰も知らないんだから、証明しようがない。唯一知っていた親友が私の味方をするわけがない。諦めた私は何も否定しませんでした。それに、元々どうしようもなかったんです。私が通ってたその高校はそこそこ有名なお嬢様学校で、会長は学園の理事長の孫だったから。私が何を言ってもどうにもならないことは解ってました。結局、私は学校を退学になりました。その日から私は変わりました。したことのない夜遊びをするようになって、声をかけてくる女の人には躊躇うことなく体を差し出しました。悔しいくらい、私の体には会長のぬくもりが残ってたんです。だから、汚して汚して、消してしまいたかった……。そんなことしてたら、本当にもう二度と取り返しがつかないくらい、汚くなってました……」
一点を見つめたままの深沢さんに、私はなんの声もかけず黙っていた。慰めるべきなのかもしれないけど、何も言えることはなかった。
「あっ、ごめんなさい!せっかくの休憩時間に長々と話して……」
無理をして作った笑顔で本当に申し訳なさそうにする。
「いや……」
それしか言わず、再びお弁当を食べ始めた感じの悪い私を見て、なぜか嬉しそうな顔をする。
「10代の時の初恋をいまだに引きずってるなんて、ほんとバカみたいですよね!」
強引にいつもの自分を演じてるのが分かった。その姿を見てたら、もしかしたらいつもの調子も全て演じられたものなのかと思えてきた。にこにこと笑う笑顔がなんだかすごく哀れに見える。
「傷の深さはいくつの頃についたかなんて関係ないよ。今でも引きずるのはそれだけ辛いことだったからでしょ。バカみたいなことなんかじゃないと思うよ」
私は目を合わせなかったけど、視界の端で涙を拭う仕草を感じた。
「さっきの話、初めて人に話しました」
「そっか」
「三ツ矢先輩?」
「うん?」
「私が今日、三ツ矢先輩と二人だけになれるこのチャンスで企んでたことは、体の関係じゃないんですよ?先輩ともっと、心で繋がることです!」
嘘だとは思わなかったけど、そう言われたところで何も言いようがない。
「それで……一つだけ、私のお願い聞いてもらえませんか?」
「なに?聞いてみないとなんとも言えないけど」
「前にも一回お願いして断られたことなんですけど、私のこと『智鶴』って呼んでもらえませんか?」
「どうしてそう呼び方にこだわるの?」
「私、自分のこと呼び捨てで呼んでた人にいい思い出ないんです。だから、本当は『智鶴』って呼ばれるとあんまりいい気しないんです。だから、三ツ矢先輩にそう呼んでもらって、そうゆうの払拭したくて」
「私もいい思い出にはならない気がするけどな。むしろ、また一つ具体例が増えて完全にジンクスになるかも」
「……そうですね。三ツ矢先輩を自分のものにするのは至難の技だからなぁ……。でもいいんです、例え手に入らなくても。それでも私はきっと、三ツ矢先輩を好きになったことだけは後悔しない気がするから」
「そんな判断気が早いよ。私いい人じゃないし、全うな人間でもないし、期待しないで」
「ははっ!そうですよね!ほぼ初対面でいきなり誘った私も私だけど、罠だって解っておきながらあんなに激しく責めてくる三ツ矢先輩もだいぶ普通じゃないですもんね!」
「よく分かってんじゃん」
「でも私は、だから三ツ矢先輩が好きなんです。三ツ矢先輩は隠さないから。いい人ぶって自分を信用させたりしないし、自分のことを好きにさせようともしない。優しくしてくれるかと思ったら、素っ気なかったり冷たかったりして、でも、何でも受け入れてもくれる……。三ツ矢先輩は、ただありのままで生きてるだけなんですよね。悪びれもせず、期待もさせない。初めから失望させてくれる。だから、もしこの恋が報われなくても、三ツ矢先輩に呼び捨てにされたことは、私の中で後悔にはならないと思うんです。だから、どうかお願いします!」
私はそんなんじゃない。
そんなかっこよく言われる人間じゃない。
でも、そんな話を深沢さんと突き詰めてするつもりもない。しつこさに観念して、それで気が済むなら……と承諾することにした。
「分かった。呼ぶ機会があったら智鶴って呼べばいいんでしょ?」
「はい!わぁ、嬉しいな!あっ!でも、極力名前を呼ばないように会話するとか、そうゆうズルはしないで下さいね!呼ぶべき時はちゃんと呼んで下さい!」
「なんか注文多い……」
「げんなりしないで下さいよ!その代わり、もう色じがけはしないんですからそのくらいいいでしょ?それとも先輩、また私としたいんですか?私の体忘れられなくなっちゃいました?」
さっきまでの真剣な眼差しは消えて、ようやく完全にいつもの感じに戻ってくれて、私も少し息がいやすくなった。
「忘れられないのは智鶴の方でしょ?」
私がそう言うと、深沢さんは真っ赤な顔をして体ごと私の方を向いた。
「今のはズルいです!折角我慢してるのに……いきなり名前呼んだりして……!!」
「呼べって言ったのそっちじゃん」
「それはそうだけど……」
「さ、もう休憩は終わりにして後半始めよ」
「……はーい」
私がトラックを走らせる準備をすると深沢さんはふてくされたようにシートベルトをはめたけど、涙が乾いたその横顔は、もうすっかりご機嫌そうだった。
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