今日もその手を…

榊󠄀ダダ

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第5章

第56話 自業自得

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 出勤時間は私の方がだいぶ早く、日が昇り始めてまもなくすると、私は茅野さんの家を先に出て行った。


 睡眠時間はなんだかんだ4時間ほどしか取れなかった。


 どれだけ飲んだんだろうか、居酒屋の途中から記憶がない。なんとなく一軒では終わらなかった気がするけど、その後自分がどんな状態になっていたのかも分からない……。


 頭が痛い……
 完全に二日酔いだ。


 げっそりしたまま営業所に着き、着替える。自信無さげに朝のアルコール検査を受けると、当たり前だけどまんまとひっかかった。


 私が配達に出られなくなったことで、もうとっくに現場を退いた課長が急遽私の代わりにコースに出ることになった。こんなに気まずい事態は入社以来初めてだった。


 会社の飲み会の次の日にアルコールのせいで配達が出来なくなるなんて、社会人として終わっている。普段、男性社員には厳しくても私には優しくしてくれていた課長も、社員としての自覚が足りないと流石にご立腹だった。事務所の隅々に届く大声で怒鳴られている私を見かね、川村さんや遠野さんが自分たちが無理に飲ませたとフォローしてくれた。二人はそのせいでとばっちりを受けてしまったけど、矛先が分散されて少し疲れたのか「今後気を付けるように!」と最後に力強く念押しをして課長はようやく解放してくれた。


 配達員として使い物にならなくなった私は、その日一日事務所での雑務を命じられた。私と違い、川村さんを始め、昨晩飲み会に参加した女性社員たちはみんな素晴らしいものだった。全員浴びるように飲んでいたというのに、誰一人二日酔いの様子を見せず、人が違うように真剣な顔つきで仕事に取り組んでいる。


 とりあえず何かしらの迷惑をかけたに違いないと思い、雑務に入る前に、私はまずそんな彼女たちの席を謝って回った。


「川村さん……昨日また私、何か迷惑かけませんでしたか……?」

「大丈夫よ!ほとんどいつものみっちゃんよ!」

「ほとんど……?」

「……そうねぇ、少しだけいつもよりヤンチャだったかしらね?」

 
 川村さんはそう言いながらも、気にしなくていいと笑って流してくれた。次は、川村さんの斜め向かいの遠野さん。


「遠野さん、昨日はお疲れさまでした」

「三ツ矢……おつかれ……」

「あれ?遠野さん、お酒残ってるんですか?」

「ガンガン残ってるよ……灰皿で頭殴られてるみたい……」

「それってアルミ製?ガラス製?」

「ガラス製だったら一発で死んでるわ!……でもアルミ程はほど軽くないな……もうちょっと重め。木製とか?」

「遠野さん、木製の灰皿は燃えますよ」


 遠野さんは何も言わず面倒くさそうに私を2秒ほど見てから仕事に戻った。そこでハッとする。肝心な謝罪をしていない。


「すいません!あと一つ!」

「なんだよ……」

「あの、昨日私、また遠野さんになんかしちゃいましたか……?」  

「したよ!即効キスされた!」

「……すみません」

「でもさ、実際私もカラオケ行った当たりからあんまり記憶ないんだよね」

「え……カラオケも行ったんですか?!」

「うわぁー……それすら覚えてないの?引くわぁ~重症だね。その調子じゃ絶対他にもなんかやらかしてそ~」

「ですよね……私、他の人にも謝ってきます」


 遠野さんにそう告げて立ち去る。次は、並んで座っている月山さんと小島さん。


「おはようございます」


 二人に向かってまず同時に挨拶する。


「三ツ矢ちゃん!さっきは怒られて大変だったねぇ!」


 同情の面持ちで小島さんが言う。


「けっこう飲んでたもんねー!二日酔いひどい?」


 月山さんが心配そうに聞いてくれた。

「はい、少し……。それであの。昨日の記憶がほとんなくて……お二人になんかしたりしてないですか?」


 すると、二人は顔を見合わせて笑った。


「大丈夫!大丈夫!可愛かったから!」


 月山さんがそう言うと


「私は何にも迷惑なんて思ってないよ?三ツ矢ちゃんだから!」


 小島さんはじっと私の目を見て意味深に言った。


「あ、あの……何をしたんでしょうか……?」

「それはもういいじゃん!」

「こんなとこじゃ言えないよね?」


 それ以上話を掘り下げないようにする月山さんに、小島さんは同意を求めるように言った。


「また飲みに行こうね!」


 月山さんが締めて私は一礼をして二人の元を離れた。次は同期の二人だ。


 まずはまいちゃん。


「まいちゃん、おはよう」

「あ、みっちー!おはよ!」

「あのさ、昨日私またまいちゃんになんかしたよね……?」

「うん、したよー」
 

 まいちゃんはひょうひょうと答えた。


「何したの……?」


 慣れずに恐る恐る尋ねる。


「えー、みっちーそんなに覚えてないのー?タチ悪ーい!」

「ごめん……本当にそうだよね、ごめんね!!……で、どんなことしたの?」

「おっぱい……とか?」

「え!?」

「でもみっちーだけが悪いわけじゃないから。そもそも私からあげちゃったし!だから、いいの。それに気持ちよかったし!」

「……そ、そっか……」

「別に酔ってなくても欲求不満ならあげるよ?」


 まいちゃんは笑って言っていたけど、いたって本気の目をしていた。


「いやいやいや……大丈夫だから……ほんと、ほんとにごめんね……」


 逃げるようにまいちゃんの元から風谷の席へ急ぐ。


「……謝り回って大変だよね、毎度毎度。ちなみに、私にはいつもと同じ感じだよ」


 風谷は仕事の出来る女らしく、こっちから聞く前に自分から教えてくれた。


「もうしないって約束したのに、本当ごめん……」

「まいも同じこと言ってたけど、昨日は私も悪いからいいよ。だけどそれとは別に、昨日は特に荒れて見えた、何から逃げてるみたいだった」


 風谷の鋭い言葉が胸に刺さる。


「……今度こそ、もうしないから」


 それについて何も言わない私に風谷は気づいていたけど、それ以上振らないでくれた。


「私もごめん。もう甘やかすようなこともうしない」

「うん……」

「そう言えばさ、新人の茅野あすみちゃん?ミツ、あの子にもカラオケでチューしてて、その後あの子抜け殻みたいになっちゃってたから、あの子にも謝っといた方がいいんじゃない?もう一人の深澤さんにもなんかしてたかもしれないけど、あの子は自分からミツに迫ってたし問題ないかなー」

「そうなんだ……教えてくれてありがとう」

「今日は一日事務所なんでしょ?いっぱいこき使お」

「何でもやりますんで、何でも言って下さい……」


 私が面目無さそうにぼそぼそ言うと、風谷は笑った。


 ようやく事務所の人間には全員謝り終えた。
 後はあの二人か……


 自分で蒔いた種のくせに、最低にも私は少し面倒に感じていた。



***


 ようやく仕事を開始すると、私は川村さんに指示されたことを新人バイトのようにがむしゃらにこなした。


 実際、居ても居なくても意味のない仕事しか出来ない私は、みんながパソコンに向かってカチカチと
仕事をこなす中、トイレに行くことにも気が引けて、簡単には言い出せなかった。だけど、当然ながら我慢にも限界があり、気が遠くなり始めた段階で川村さんに断りを入れた。


「……川村さん、おトイレ……行ってきてもよほしいでしょうか?」

「何をそんなすまなそうにしてるの?トイレくらい勝手に行って大丈夫よ!」


 あっさりと許されて無事に事務所を出ると、廊下の突き当たりを目指して急いだ。左脇の扉を乱暴に開けて中へ入った瞬間、誰かと正面衝突しそうになった。


「すみませんっ!!」「ごめんなさいっ!」


 咄嗟に謝ると同時に、その相手も謝ってきた。顔を見る前に声で気づく。


「智鶴?」


 しっかりと顔を見合わせると、先週までのユニフォームとは打って代わってパンツスーツに身を包んだ智鶴が、一瞬で不愉快な表情へと顔を変えた。


「三ツ矢先輩……今日は配達じゃないんですか?」


 それにすら気に入らないような言い方だ。


「うん、今日は内勤……」
 

 昨晩の記憶がほとんどない私だけど、智鶴に頬を叩かれたことは覚えていた。というより、それがきっかけで目が覚めたのだった。あの時の智鶴は、あの人の名前を口にしていた。


 どうして殴られたのか、肝心なところは記憶が曖昧だったけど、智鶴の雰囲気からして大体の察しはついていた。とにかく、智鶴のことを傷つけたことは間違いない。


「あのさ、昨日はごめん」

「昨日っていうか、ついさっきのことですけどね」

「うん、そうだよね」

「覚えてるんですか?」

「正直、ちゃんとは覚えてない。でも、智鶴にきっと酷いことしたんだっていうのはなんとなく解る」

「なんとなくで謝らないで下さい」

「……ごめん」


 智鶴は呆れた顔をしていた。


「私も、顔を叩いたのは……謝ります。すみませんでした……」

「いいよ、そんなの」


 お互いに言葉を無くし沈黙の時間が流れる。


「そう言えばだけど、今日から本社じゃなかったの?」 

「その前に今日は現場研修の報告会的な……なんか座学みたいなことしてます。ここの二階で」

「そうなんだ……」

「三ツ矢先輩とは明日からもう本当に滅多に会うことありませんね。同じ会社の人間なのに」

「そうだね」


 智鶴や茅野さんが配属されるコールセンターは本社にあり、本社はうちの事務所からほど近い場所にある。とは言え、建物が変わってしまえばまず顔を合わせることはないし、そもそも私は現場の人間なので、下手したら本当にこのまま完全に会うことがない可能性もある。


「三ツ矢先輩は私と会えなくなって寂しいですか?」

「…………」
  

 寂しくないと言うのも申し訳ないけど、安い嘘をつく気もなかった。沈黙から智鶴は私の答えを悟った。


「じゃあ……中谷さんは?これが中谷さんだったら寂しいですか?」

「なんで中谷さんが出てくんの?」

「そんなの決まってるじゃないですか。三ツ矢先輩が中谷さんのことを好きだからです」

「……なに言ってんの」


 弱々しく取り繕う。


「……でも、本当の本当はそれほど好きじゃないのかもしれないなー、二人とも。私だったら好きな人から自分から離れたりなんて絶対にしないし」

「何が言いたいの?」

「ごめんなさい。私性格悪いんです、三ツ矢先輩が思ってる以上に。私は誰の幸せよりも私の幸せを選びます。私を受け入れてくれないなら他の誰も受け入れないでほしいんです」

「……言ってる意味が分かんないんだけど。」

「分からなくていいんですよ。私もう戻りますね。じゃあまた」


 一方的に言いたいことを言って智鶴は階段を上っていった。本当に訳が分からなかったけど、なぜか胸の奥の奥で何かが軋むような、そんな感覚があった。




















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