今日もその手を…

榊󠄀ダダ

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第5章

第58話 見えない未来

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 次の日の朝、いつもは電気の消えている更衣室に電気がついていた。事務の社員さんたちはこの時間より早いか遅いかで、私の出勤時に被る人はいない。


 誰かが消し忘れた?そんな推測をしながら奥へ入っていくと、そこには勝ち誇った顔で待ち構えていた智鶴がいた。


「何してるの?!今日から本社でしょ?」

「そうですよ、その前に来たんです。私頭良くないですか?三ツ矢先輩に会いたくなったらこの時間にこの場所で待ち伏せしてればいいんですよ、まぁ早起きは少しキツいですけどね」

「……なに?なんか話でもあるの?」

「三ツ矢先輩、昨日謝ったからって態度変わりすぎですよ?だから言ったんです、なんとなくで謝るなって。やっぱり全然反省してないですね」

「……そんなことないよ」

「そんな面倒くさそうにしないで下さい。元はと言えば私をこんなふうにしたのは先輩のせいなんですから」


 私は何も返せなかった。


「……あすみちゃんから聞きました。しっかりとフッたそうですね?あすみちゃん、先輩のことなんにも責めてませんでしたよ。迷惑かけたくないからもう本当に諦めるって、そう言ってました」

「そう」

「三ツ矢先輩ってつくづく勝手な人間ですよね」

「そうだね」

「開き直りですか?」

「そうじゃなくて、本当にそうだと思うから……」

「認めれば許される訳じゃないと思いますけど」

「許されるために認めてるんじゃない。許されることだとも思ってない。茅野さんにも……智鶴にも」

「なんですか、それ?突然真っ当なフリですか?」

「……今日、来てくれてよかった」


 数歩歩いて智鶴の目の前に立ち、そう言った。昨日の謝罪とは別に、智鶴に対しても改めて伝えなきゃいけないことがある。覚悟を決めた私を前に、何にも物怖じしないはずの智鶴の表情が歪んだ。


「智鶴ともちゃんと話さなきゃと思ってた。今まで軽い気持ちで弄んで本当にごめん。智鶴の気持ち聞いた後も、傷つけるだけになるって分かってたけどそんなこと気にしないで自分勝手なこと続けてた。申し訳ないと思ってるけど、元々私はそうゆうクズな人間なんだ。これ以上こんなクズに関わるべきじゃないし、この先智鶴を好きになることもない。だからもう……」

「嫌です!この先どうするかは私が決めることですから!あすみちゃんには悪いけど、私はあすみちゃんとは違う。三ツ矢先輩の幸せなんて望まない。私は自分の望みが叶えばそれでいいんです。未来がどうなるかなんて先輩にだって分からないことです! 指図なんかされたくない!」

「……だとしても、本当にどれだけ想ってくれても意味ないよ?」
 
「……私、三ツ矢先輩のことが大好きです。確かにどうしようもないクズだと思うし、心底ムカつくし、いっぱいいっぱい傷つけられたけど……。それでも好きって思うこと、それがどうゆうことか先輩に分かりますか?人に言われて消せる程度の気持ちなら私だってこんな狂ったことしない。……私だってこんな自分好きじゃない。好きな人が嫌がることして、嫌われるようなことして、友だちを傷つけて……。だけど、そこまでしちゃうだけ好きなんです!こんな気持ちになったの生まれて初めてなんです!三ツ矢先輩に何を言われても私は先輩が好きなんです、諦めるとかないんです!何があっても……」
 

 智鶴の見たことのない顔を見て、私はまた自分の浅はかさを感じた。納得してもらおうとしてぶつけた智鶴からの反論は、私の中谷さんへの気持ちに怖いほどリンクしていた。


「……遅刻しちゃうから今日はもう行きます」


 顔を上げ、しっかりと私を見て智鶴は言った。その目には私への恨みと情愛が混在していた。私はまるで人ごとのように思わず憐れんだ。その時、手に持ったバッグを床に落とし、智鶴が力いっぱいに抱きついてきた。勢いで体を後ろへ持っていかれる力に、私は右足を半歩下げて耐えた。


「……三ツ矢先輩」


 続く言葉を待ったけど、耳のすぐ側からはすすり泣きしか聞こえてこなかった。


「……ほんと冷たいですね、女の子が泣いて抱きついてるのに突っ立ったままで抱きしめ返しも慰めもしないなんて……」

「……うん」


 小さなため息をつき、智鶴は私の体から離れた。


「……迷惑でも、また会いに来ますから……」


 更衣室を出ていく前に見せたのは、ただただ寂しさでいっぱいな女の子の顔だった。




***




 その日は一日の配達を終えて夕方に営業所へと戻った後、トラックの洗車をしていた。会社から週に一度義務づけられている洗車を私は決まって金曜日にするようにしていた。


 ダラダラと洗車を終わらせた後、事務所に入ると川村さんに捕まった。たわいもない世間話をしていると、事務所の扉から大きな声で川村さんの名前を呼びながら、重田が入ってきた。


「川村さーん!まただよ、今週も!」

「重田くん、お帰りなさい。なんのこと?」


 川村さんが私との会話を中断し振り返って返事をすると、重田は私に気づいて声をかけた。


「おう!三ツ矢お疲れ!まだ居たのか」

「お疲れー、洗車してたから」

「あー、そっか。あっ、でさ!川村さん!ほら先々週の金曜日に持ち帰ったまま、一向に不在連絡入らない荷物あったじゃん?」


 重田は本題に戻った。


「あーハイハイ、三丁目の中谷様の荷物よね?」

「そうそう!あれからまだ連絡ないままでしょ?」

「そうね、入ってないと思うわよ。荷物も差し戻しになっちゃったしね」

「……中谷さんの荷物?なんかあったの?」


 気づけば勝手に口が開いていた。


「おぉ、そうなんだよ!先々週から何回行っても居ないみたいでさ、不在連絡も入んなくて。お前の時もそんなことあった?」

「いや……」

「もしかして、引っ越したりしたのかなぁ……」



 重田の言葉に胸が騒いだ。
 あの人が茅野さんづてに残した言葉が頭に浮かぶ。


 何があったんだろう……


 長期不在で返送なんて、そんなこと私の時には一度もなかった。いくら重田のことを苦手だったとしてもわざと荷物を放置したりするような人じゃない。そうだ、仕事が忙しくて荷物にまで気が回ってないのかもしれない。きっとそう。それしか考えられない。



 それから二日後、その日の配達の荷物の中には、あのマンションのあの人と同じ階宛てのものがあった。配達の途中、必然的にあの人の部屋の前を通った。


 ふと立ち止まって様子を見たけど、表札は元々なかったし、外から見る限りでは何も変わりはない。


 インターホンは押さなかった。万一、顔を合わせても話しかける言葉が用意できていないし、どっちにしても今は会社でいないはずだ。



 本当にどうしたんだろう……



 エレベーターで一階に下りた時、出て右の駐車場ではなく、直進して奥の集合ポストへ立ち寄った。



 あの人の部屋番号を縦に目で追って探していく。すぐに見つけたポストには、他のポストよりもチラシがやけに多く詰め込まれていた。そのせいで文字が隠されてしまっているけど、ポストの扉には小さな張り紙が貼ってあった。


 私は息を飲み、ゆっくりと手を伸ばしてうなだれたチラシをめくった。




【    引っ越しました。中谷      】




 そこには、まるであの人のような綺麗な字で
そう書かれていた……。











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