今日もその手を…

榊󠄀ダダ

文字の大きさ
60 / 77
第5章

第60話 手を伸ばせば

しおりを挟む


 あの人を探し始めてからもう三ヶ月が経っていた。


 あの手がかりさえあれば、すぐに見つかるものかと思っていたけど、そんなに甘くはなかった。もう少し小さな街だったらここまでじゃなかったのかもしれない。だけど、この巨大なビル街では途方もない作業だった。


 そもそもが駅から徒歩何分圏内か分からないので、捜索範囲は必然的に広くなる。それに加え、そびえ立つほどの建物一棟丸ごとの大企業なのか、少数精鋭の小さな会社なのか、その規模も分からない。いくつもの摩天楼には、その中にさらに数え切れないほどの会社がオフィスを構えていて、一つのビルに狙いを定めても一日で全てを回るのは難しいくらいだった。


 休日の疲れで仕事にもしわ寄せが来ていた。ただでさえ体力仕事な上に繁忙期に入り、もはや早番や遅番という概念は消え去る時期。


 探しても探してもあの人の姿を一目すら見ることも出来ず、これが運命だと誰かに教えられているように思えてきたり、そんなことばかり考えながら配達に勤しんでいると、当たり前のように失敗を重ねた。


 何年もしていないような新人時代以来の初歩的なミスが続き、上司から呼び出され叱り飛ばされることが度々起こり、私は心身共にボロボロだった。


「みっちゃん、最近疲れたまってるんじゃない?ちゃんと休めてない?なんかあったの?」


 今日も帰りが遅くなり、更衣室で鉢合わせた川村さんが心配そうに尋ねてきた。


「なんだろ、もう歳かな?」


 本当は誰かに聞いてもらいたかったけど、軽くふざけるように返した。


 疲れて帰る一人の部屋では、毎晩絶望感と自己嫌悪で泣いた。苦しくて苦しくて、あの人に会えないことがこんなにも苦しいことなんだと思い知った。だけど、もしあの人を見つけることが出来たら、あの人に抱きしめてもらったら、この積み重なった苦しみはきっと雪のように溶けていく……そんな気がした。


 あの時、すべてが明るみになった時、あの人はそれでも私の手を取ろうとしてくれた。その手を振り切られたあの人は、どれだけ深く傷ついただろう。
その傷を与えた張本人の私には、今さらあの人に向き合う資格はないのかもしれない。もし出会えても、私にはあの人を傷つけることと汚すことしか出来ないような気もする。それならあの人のために諦めるべきなのか……


 真っ暗闇の海の上で、方向も分からず漂う船に乗っているような夜。あの人が教えてくれたポエムが、それでも探し続ける力を私に与えてくれた



『私ね、そのポエムちゃんと全部覚えてるの』

『へー!じゃあ聞きたいなぁ』

『……えっとね……


 目に見えなくても
 手が届かなくても
 信じてるなら星はある

 目に見えていても
 手が届いていても
 信じてないなら光はまぼろし
 

 ……って、こういう感じなんだけど……』
 
 
『なんかロマンチックな感じですね……うちのスローガンとは全然違うな。それに何より、中谷さんの声で聴くと、なんか……すっごく心を打たれます!」


 あまりに本音過ぎる感想を恥ずかしげもなく口にすると、あの人は可愛く笑ってくれた。


『私、根性なくて上手くいかないと何でもすぐ諦めがちな性格なんだけど、この詩を読んで少し心持ちが変わったっていうか……。例え掴めなかったとしても手を伸ばしてみたらきっと指先くらいは触れられること、本当は沢山あるんだろうなぁって……。掴めないのは、初めから諦めて手を伸ばすことすらしてないからかもしれない……』

『……そう……なのかもしれないですね。私には、なかなか難しいけど……』


 思わず独り言のように呟くと、哀しい目をしたあの人が私を見つめていた。



 あの時は自分以外の人への言葉だと思っていた。だけど、今は違う。おこがましいけど、自分のための詩とすら思えてくる。


 信じて手を伸ばし続ければいつかは届く……。
 例え指先だけだとしても、この手がもう一度あの人に触れる日は、きっと来る。






 その日の休日も朝からその街を歩き回っていた。真上にあった太陽が夕陽へと移り変わり始める頃、今日も見つけられずに終わるのかと落胆しながら、気づけば駅からだいぶ離れた場所まで来ていたことに気づいた。駅の方向へ戻りながら、そのみちすがらに会社を見つければエントランスを覗いて歩く……そんな癖はもうすっかり体に染み付いていた。


 こんな離れたところにまでまだ色んな会社があるんだ……通りかかったその建物は高さこそそこまでないものの、1階の全面が総ガラス張りになっていて、思わず高級ホテルと見間違うほどきらびやかな入口だった。どんな業態の企業かは全く分からないけど、グローバル感はバシバシ伝わってくる。まさかここってことはないだろうな……と、半信半疑でガラス越しにエントランスを覗き見た。

 
 ……やっぱりないよな……


 目に見える範囲にそれらしきポエムは掲げられておらず、そのまま通り過ぎようとしたちょうどその時、目の前の自動ドアが開き中から人が出てきた。私を招くように閉じようとしない自動ドアに誘い込まれ、私は建物の中へと入っていった。


 中に入ると、エントランスの天井は吹き抜けの造りになっていて、その先は空のように高く感じた。私は圧倒され、まるで上京したての若者のように立ち尽くしたままそれを見上げていた。


 一瞬目的を忘れていたとハッとし、首を元に戻した時、




 ………………あった………



 受付カウンターの奥の壁に想像していたよりもかなり小さめな額が飾ってあり、そこにあの人から教えてもらったあの言葉たちが並んでいた。



 ここだ!


 ついに見つけた!!


 あの人はここにいるんだ!!



 こうしてる今も、このビルの中にいるはず……そう思うと、突然に鼓動がすごい速さで打ち始めた。


 私は受付に向かって真っ直ぐ進むと、そこに座る二人の女性の内の一人に尋ねた。


「あの!すいません!こちらの会社に、中谷かこさんという方はいらっしゃいませんか?いや、いるはずなんですけど、連絡を取ってもらえませんか!?」


 その人は、おかしなテンションで興奮する私を怪訝な目で見返し、冷たい態度で質問を返した。


「……どちらの部署かお分かりでしょうか?」


 またそれだ!


「部署は分からないんです!名前で調べてもらうことは出来ないんですか?」

「……失礼ですが、どういったご用で取り次ぎをご希望でしょうか?」


 その人はそう言いながら、場違いな私のことを下から上へ視線をずらして観察していた。

 
 どう見ても、仕事の関係で用があるようには見えないだろう……だからって、ここまで来て繋ぐことすらしてもらえないなんて!


 私は焦り始めた。


「友達なんです!」


 下手にごまかしても逆にボロが出ると思った私は、咄嗟にそう訴えた。すると、受付の二人は私を見下したように目を合わせて顔を歪めた。


「あの、お友達でしたら個人的にご連絡を取ることは出来ないのでしょうか?」

「だから!!連絡が取れないからここまで来てるんじゃないですか!!早く繋いで下さい!!」


 そもそも取り次ぐ気などなさそうな二人についイラついてしまい、エントランスに響く大きな声で叫んでしまった。


 それに反応して、少し距離を置いた場所に立っていた警備員が二人近寄ってきた。


「どうしましたか?」


 四人がかりで私を悪者のように囲む。そのもう一回り外は、その場にいた社員であろう人たちが何事かと私をまるで犯罪者のように見ている。


 あの人までもう少しなのに……
 受付の人の肩越しにあるあの言葉がもう一度目に入る。あの人が私に頑張ってと言ってくれてるように思えた。


「……怪しいものじゃありません、ある事情があって中谷さんと連絡が取れない状況になってしまって、それで、今探し回ってて……」

 
 切にそう訴えると、警備員の二人の間から一人の女の人が割り込んで入ってきた。


「中谷さんって……中谷かこさんのこと?」





しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

幼馴染みのメッセージに打ち間違い返信したらとんでもないことに

家紋武範
恋愛
 となりに住む、幼馴染みの夕夏のことが好きだが、その思いを伝えられずにいた。  ある日、夕夏のメッセージに返信しようとしたら、間違ってとんでもない言葉を送ってしまったのだった。

上司、快楽に沈むまで

赤林檎
BL
完璧な男――それが、営業部課長・**榊(さかき)**の社内での評判だった。 冷静沈着、部下にも厳しい。私生活の噂すら立たないほどの隙のなさ。 だが、その“完璧”が崩れる日がくるとは、誰も想像していなかった。 入社三年目の篠原は、榊の直属の部下。 真面目だが強気で、どこか挑発的な笑みを浮かべる青年。 ある夜、取引先とのトラブル対応で二人だけが残ったオフィスで、 篠原は上司に向かって、いつもの穏やかな口調を崩した。「……そんな顔、部下には見せないんですね」 疲労で僅かに緩んだ榊の表情。 その弱さを見逃さず、篠原はデスク越しに距離を詰める。 「強がらなくていいですよ。俺の前では、もう」 指先が榊のネクタイを掴む。 引き寄せられた瞬間、榊の理性は音を立てて崩れた。 拒むことも、許すこともできないまま、 彼は“部下”の手によって、ひとつずつ乱されていく。 言葉で支配され、触れられるたびに、自分の知らなかった感情と快楽を知る。それは、上司としての誇りを壊すほどに甘く、逃れられないほどに深い。 だが、篠原の視線の奥に宿るのは、ただの欲望ではなかった。 そこには、ずっと榊だけを見つめ続けてきた、静かな執着がある。 「俺、前から思ってたんです。  あなたが誰かに“支配される”ところ、きっと綺麗だろうなって」 支配する側だったはずの男が、 支配されることで初めて“生きている”と感じてしまう――。 上司と部下、立場も理性も、すべてが絡み合うオフィスの夜。 秘密の扉を開けた榊は、もう戻れない。 快楽に溺れるその瞬間まで、彼を待つのは破滅か、それとも救いか。 ――これは、ひとりの上司が“愛”という名の支配に沈んでいく物語。

黒瀬部長は部下を溺愛したい

桐生桜
恋愛
イケメン上司の黒瀬部長は営業部のエース。 人にも自分にも厳しくちょっぴり怖い……けど! 好きな人にはとことん尽くして甘やかしたい、愛でたい……の溺愛体質。 部下である白石莉央はその溺愛を一心に受け、とことん愛される。 スパダリ鬼上司×新人OLのイチャラブストーリーを一話ショートに。

巨乳すぎる新入社員が社内で〇〇されちゃった件

ナッツアーモンド
恋愛
中高生の時から巨乳すぎることがコンプレックスで悩んでいる、相模S子。新入社員として入った会社でS子を待ち受ける運命とは....。

淫らに、咲き乱れる

あるまん
恋愛
軽蔑してた、筈なのに。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

処理中です...