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第5章
第74話 猥雑
しおりを挟むりんは大人しい子どもだった。
父がいる時は自然と笑顔がこぼれたけれど、それ以外は表情をあまり表に出さず、言葉数も少ない子どもだった。
そんなりんの数少ない言動に、絵衣子は異常なほど反応した。りんにそんなつもりは全くなくても、同世代の子たちより少し小柄なりんは、ちょっとした仕草が確かに愛らしく見えがちだった。そして皮肉にも、滅多に見せないことでむしろ、たまに見せる笑顔の価値とそれが与える影響を自ら跳ね上げてしまっていた。元々母親譲りの可愛らしい顔を持って生まれたりんには、それだけで意図せずに人の心を奪ってしまう、魔力にも似た罪深い魅力があった。
その魅力に、誰よりも強力にとらわれたのが絵衣子だった。あのキッチンでの一件から、絵衣子はことあるごとに『りんちゃんて本当に赤ちゃんみたいだね』と言葉を添えては、りんの頬にキスをした。
この言葉がもたらす効果を絵衣子は認識していた。認識というよりも、しっかりとした意味を持って敢えて使っていた。『赤ちゃん』というキーワードを使えば、その上でそこそこ濃厚な接触をしたとしても、それをおかしいと感じる自分の方こそ間違っていると、りんに思わせることが出来た。例え義理と言えど、歳がそれに見合っていなくとも、あくまで自分は絵衣子にとってはやはり子どものような存在なんだと、植え付けることも出来た。
『お母さん』と呼ばせなかったのは単純に、そんなことは何一つ求めていないことが大前提にありつつ、表面上は、そう呼ばれることを辞退した自分に対して、りんに多少なりとも負い目を与えられるという狙いもあった。
回を重ね、抵抗感は消えなくても拒否反応はせずにりんが受け入れるようになると、絵衣子のキスは頬だけにとどまらず、耳にまで及んだ。
耳にキスをされると、りんの体は決まって、電気に触れたようにビクッと波をうった。すると『どうしてそんな反応するの?』と絵衣子は本当に分からなそうに問いかけ、答えられないりんを見つめてはそれがまた『可愛い』と言って二度目のキスをした。
初めのうちは絵衣子の思うつぼで、りんは用意された道の上をまんまと真っすぐに歩いていた。けれど、見た目に反した大人びた雰囲気の通り、学力とはまた違う賢さを兼ね備えていたりんは、次第に絵衣子を不信に思い始めた。
ただ単に、愛する人の一人娘を母親代わりとして
可愛がっている目とは違うこと、その中に、潜ませた自己欲が存在することを、りんは確実に感じとっていた。
まだ完全なしっぽを掴ませないその疑いが強まるのは、三人で家にいる時だった。信太郎がいる時、絵衣子はいつもの過剰なスキンシップを一切してこなかった。そして、信太郎が出張に出掛けると、玄関の扉が閉まった瞬間から、見送りのために隣に並んだりんの体に、我慢が利かない様子で触れた。
いつからかりんは、言葉には表せられないこんな絵衣子の行動を、父にだけは絶対に知られてはいけないと考えるようになった。それが決して正しい行為ではないと分かっていてもりんにはどうすることも出来ず、ただ絵衣子を受け入れるしかなかった。
その全ては父を傷つけないためだった。
絵衣子はりんのその想いにもちゃんと気づいていた。気づいていて、それもまた利用した。
りんが自分の欲に勘づいて、何かしらの覚悟を決めたことを悟ると、絵衣子の行動は更に大胆になっていった。『赤ちゃん』というキーワードを使うこともなくなり、わざわざごまかすこともしなくなった。
信太郎が出張に出かけたある夜、りんがお風呂場でお湯に浸かっていると、曇りガラスの向こうから絵衣子が話しかけてきた。
「りんちゃん、私も一緒に入っていい?」
衝撃的な一言に、りんは動揺した。
「もう私出ますから!」
そう言って立ち上がった瞬間、
ガラガラガラ……
一糸纏わない姿で、絵衣子が勝手に入ってきた。初めて見た大人の女性の裸に、りんは恥ずかしいほどあからさまに目を奪われた。目と目が合うと、りんは顔を赤らめて再びお湯の中に体をうずめた。何か言われると思ったけれど、絵衣子は何も言わずに体を洗い始めた。見てはいけないと自制の心を持ちつつもりんは、滑らかな肌と美しい曲線から視線をそらせなかった。
「少しだけ……いい?」
返事を待たず、二人で入るには少し窮屈なバスタブの中に絵衣子は足を侵入させた。りんにもう逃れる術はなく、余裕のない空間で出来るだけ端に寄った。足を屈めて横を向き出来るだけ体をお湯の中に隠すと、絵衣子が話を始めた。
「私、りんちゃんと一緒にお風呂に入りたいってずっと思ってたの」
「そうなんですか……」
りんにはそう答えるのが精一杯だった。目を合わせると危険な気がして、視線はずっと浴槽のへりに向けていた。
隣に並ぶ絵衣子はそんなりんの心を見透かして遊ぶように『綺麗な肌……』とひとりごとのように呟き、許可もなくりんの腕に触れ、その肌の上に指先を滑らせた。
人前で裸になったことすらないりんは、固まったままもうなんの言葉も発することが出来なくなっていた。
「……ねぇ、りんちゃん、好きな子出来たでしょ?」
「え!?」
りんが思わず振り返ってしまうと、絵衣子はりんの方に体を向け、お湯から胸の谷間をちらつかせながら微笑んだ。
「やっぱり……そうなんだ」
「別に……好きな子なんていません……」
またりんは視線をへりに戻す。
「同じクラスの子?それとも部活の子?」
絵衣子はりんの返事を無視して追求を続けた。
「そんな子いないですよ!」
「どうして隠すの?隠さなくてもいいでしょ?」
ただでさえ狭いバスタブの中、絵衣子が近くに寄ってきて必然的にお湯の中で体が触れ合う。
「……だから……いないって言って……」
「りんちゃんが嘘をついてるの、私分かるよ?ずっと見てきたから」
そう言われてまた何も言えなくなってしまった。
「そんなに言えないってことは、言えない理由があるのかな?……もしかして、りんちゃんの好きな子って女の子なんじゃない?」
「そんなことあるわけないじゃないですか!女が女を好きなんておかしいし!」
絵衣子の言ったことは大半が当たっていた。
りんはこの頃、同じクラスのある女の子に、友だちへとは違う感情を抱いていた。恋とまでは思わずとも、自分の中に初めて芽生えた好意の矛先が同性だということに困惑し、それを誰にも相談出来ずにいたのだった。
「おかしくないよ?おかしいことなんて、何もない。りんちゃんはまだ子どもで知らないかもしれないけど、世の中には女の人しか好きになれない女の人が沢山いるんだよ?」
不良品の様に思っていた自分を肯定されて、りんはほんの少しだけ心が溶けた感覚になった。
「りんちゃんはその子と何がしたいの?付き合いたいの?キスしたいの?」
絵衣子が聞くと、りんは唇をぎゅっと結んだ。
「夜は部屋で、その子のことを想像しながら自分の体を触ってたりして……」
「絵衣子さんっ!」
思わずいきりたった自分の反応に絵衣子の目が突然スッ……と生気を失った瞬間をりんは捉えた。
「りんちゃん可愛いから、告白したらきっと付き合えると思うよ?」
「……別に付き合いたいとか、そんなこと思ってません……」
「ふーん。付き合うつもりはないけど、えっちなことはしたいんだ?」
それは自分でもまだ認めていない本心だった。すぐに否定出来なかったりんを見て絵衣子がため息をつく。
「……駄目だよ、りんちゃん。年頃だし誰かを好きになることは仕方ないかもしれないけど、初めては全部私にしてくれないと」
「え……」
耳を疑う言葉に、りんは真顔で絵衣子を見た。次の瞬間、自分の唇に絵衣子の濡れた唇が重なり、りんは一瞬で体の力が抜けてしまった。それを好機に、絵衣子は緩く開いた唇から舌を侵入させた。
体から頭から唇から、すべてが熱に侵され、音さえ失い、自分が生身の人間であることを忘れた。
「よかった……初めてのキス、まだ奪われてなかった……」
しばらく好きに堪能してからようやく唇を離し、まだ物足りなそうに指先で触れながら、絵衣子は笑った。されるがままだったりんは、いまだ息を荒げ放心していた。その姿を見て、思いのほかりんの体が自分の行為に反応を示したことに喜びを得た絵衣子は、そこまでのつもりが止められなくなった。
今度は浴槽の端にりんを押さえつけ、お湯からギリギリ覗く右の胸の先を舐め始めた。味わったことのない快感にりんの口からは声が漏れた。それを聞くと絵衣子の舌はさらに丁寧に動き、浴槽からはお湯が激しくこぼれ出た。
「可愛い……りんちゃん……すごく可愛いよ……」
絵衣子は我を忘れ、りんの体を好きに愛おしんだ。
「絵衣子さ………や……め………」
言葉になりきらなかったりんの願いは届かず、絵衣子の舌は止まるどころか、左の胸へと移る。そして、りんの体の力がすっかり抜けてしまうと、絵衣子は浴槽の中で膝を立てて立った。
「りんちゃん、私にもして?」
絵衣子が少し上の角度から頬に手を添えて言う。唇から数cmの位置には、悔しいほど綺麗で完成された胸が黙って自分を見ていた。
「……出来ません」
「それでも、して?」
絵衣子の胸が唇に当たりそうなほど迫ってくる。りんは父のことを想った。
「……出来ないです。……したことないし……」
「大丈夫、ソフトクリームを舐めるみたいに舐めてみて」
我慢出来ずに絵衣子の息がどんどんと荒くなる。ここで拒んだら絵衣子は何かの仕打ちをするだろうか?もしするなら、それは自分にではなく父に対してだろうとりんは思った。
りんがゆっくりと口を開けると、その小さな隙間に絵衣子は自ら胸の先を押し入れた。口の中に初めての感触を感じると、自分でも驚くほど上手に舌を動かすことが出来た。何度かいくつかの変化をさせてみると、すぐに絵衣子の一番好きな舐め方が分かった。本能的にそれを淡々と繰り返すと、その快感と光景にたまらなくなった絵衣子は、りんの頭をきつく抱き、浴室内には収まらない声でりんの名前を呼んだ。
「あぁ……りんちゃん……もっと……もっと……ずっとしてて……」
絵衣子がいいと言うまで、りんの舌は動き続けた。
「…………愛してる、りんちゃん……」
やっと声になったかすれ声でそう聞こえた時、りんの胸を占めたのは嫌悪感と罪悪感だった。
それなのに、ぬるくなったお湯の中では、手で触らなくても分かるくらい濡れている。絵衣子の胸を口に含みながら、りんはそんな自分を何よりもおぞましく思っていた。
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