私と玉彦の学校七不思議

清水 律

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第十章 せいだく

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「それがさー、お祭りでいい気分になって帰ったら、比和子ちゃんが飛び出してきたじゃないの。ほんと肝を冷やしたよ。やべぇ、息子も男だったか、と思ったら比和子ちゃんは別のことでお怒りだったから安心したけど」

「そうですなぁ」

 そうして二人はあの夜のことを思い浮かべて、顔を上に向けて涙を堪えるふりをする。
 気がつけば宗祐さんの前にも丸い氷が入れられたウィスキーのグラスがある。
 酔っ払いが、二人になった。
 南天さんはほうじ茶を入れてくれて、私の隣で啜っている。
 どうやら玉彦側の母屋には帰らずに、二人の晩酌の後片付けまで居てくれるらしい。

「その後はこんな感じでしたね。玉彦様が引きこもりになってしまいました」

 それはそうめんの時に豹馬くんから聞いていた。
 目が死んでるって。

「あぁ、あれね。凄かったよな。淡々とお役目こなして、食って寝るの繰り返し。誰かと本気でぶつかって問答無用ではじき返されて、謝り方を知らないってあぁいう風になるんだな」

 澄彦さんは呆れて手酌をしては呑み干す。
 あの後、謝り方を知らない玉彦は私に避けられたままあのキャンプ会を迎えたんだ。
 しかも隣に守くんがいて絶望したって言ってたっけ。
 思い出せば思い出すほど、私は玉彦に酷いことをしている。

「で、極め付きはあれだよ、宇迦之御魂神。あの一件がなかったら息子はまた諦めの境地に落ちてたよ。不文律を破りかけてまで必死になって、流石に僕も息子の尻拭いを覚悟した」

 お役目の為ではないことに正武家のお力を使ってしまった玉彦は、その先に竜神の荒魂がいたから何とかなったものの、なければ多分最悪死んでいたんじゃないかと今は思う。

「しかしあれからは青竹が伸びるが如くでしたなぁ」

 宗祐さんが私の知らない玉彦の四年間を思い出して呟けば、ずっとその時側にいた南天さんが嬉しそうに頷いた。
 きっと私が彼に言った、頑張って相応しくなる、を玉彦もまた実行していたんだ。

「で、今回比和子ちゃんが帰って来てさぁ。僕はもう、あれだよ、感無量だったよ。可愛くなちゃってさぁ。大人になっちゃっててさぁ。もう、早くこの男所帯の正武家に華が欲しくなったわけよ」

 酔っ払い二人がお互いの空いた入れ物に並々と注ぎ合っている。
 段々と話も感情的になってきたし、そろそろお開きだろうか。

「なのに、なのにだよ? 隠がどうのって、もう僕が打払っちゃうよ!? 比和子ちゃんから願可の儀をって時もうちの馬鹿息子は何を女の子に言わせてんだって、ほんとマジでさ。しかも、華隠が消えたのにいつまで見て愛でるばかりでいるつもりなんだと! さっさと味わってしまえと! 僕は北陸へ行ったのであります」

 怪しい方向へ話が進みそうなので、私は席を立った。
 南天さんに目配せすると、頷いている。
 ゆっくりとドアを開いてお暇しようとすれば、澄彦さんの声が追い掛けてきた。

「あんな不器用な息子だけど、性根だけは真っ直ぐにみんなで育てたつもりなんだ……。母親がいない分、みんなで。だから、見捨てないでやってよ、比和子ちゃん」

「……承知しています」

 私は後ろ手に閉めて、部屋へと戻る。
 とことこ歩いて、今回の仲直りの方法を考える。
 一番良いのは、玉彦がもう二度と馬鹿なことは口にしないって約束してくれること。
 次は、私の心は離れていかないからと安心をさせてもう玉彦にあんなことを言わせないこと。
 最悪なことは二人離れること。

 襖を開けてお布団を敷く。
 寒くなるから縁側の雨戸は閉め……って、何で私、自分の部屋に戻ってきてんのよ。
 家出中なのに馬鹿じゃないの。

 廊下に出て来た道を戻るけれど、その途中で寄り道。
 本気で次の人を探せって言ったけど、あれは雑すぎる物の例えでほんとはきちんと仲直りしたいんだよって仄めかしておかないと、人間関係に鈍感な玉彦はまた四年前の様に引きこもりになってしまうかもしれない。

 彼の部屋の襖に手を掛ける。
 明かりは漏れていない。
 もう十二時を過ぎているから、寝ているのかもしれない。
 私はゆっくりと開いて、お布団の横に正座した。
 するとすぐに掛け布団が跳ね上がった。

「……比和子」

「……猪鍋、美味しかった。ごちそうさま。それだけ言いに来たの。帰る」

 腰を浮かせた私の手首を掴んで玉彦は起き上がった。

「どこへと帰る」

「ここじゃないところよ」

「だから、どこだ」

「そんなの、関係ないじゃん」

「ある。じい様のところか。ならば迷惑を掛けたと一言謝りを入れねば」

「謝ってどうすんの」

「ここへと連れ帰る」

 私は一旦座り直した。
 連れ帰るにはそれなりの言葉がないとならないことを玉彦は解っているのだろうか。

「それで?」

「……」

 きっとあの時の様に玉彦は自分の言葉を、軽蔑されて卑怯なものだったと認識はしている。
 でも、謝り慣れていない彼は黙ってしまう。

「私、言い過ぎた。ごめん、玉彦。次の人探せなんて、本気で思ってない。それと結構何度も伝えてるけど、私は四年前のあの言葉通りだから」

「……あの言葉?」

「玉彦以外となんて有り得ないから」

「……俺も、すまなかった」

 大体ね、先にこちらから謝れば相手は謝りやすくなるわけよ。
 私はそれを小町との喧嘩で学んでいる。

「もう絶対にあれは止めて。次にあれをやったら、私、縛られたって去るわ」

「……すまない」

「ただね、玉彦にあんなことを言わせてしまった責任は私にもあると思うわけよ」

「そのようなことは……」

「あるわ。だから、教えて。私は玉彦と一緒にいるって決めてるし、大好きだし、だから、ほら、ね? 色々と受け入れているのよ、夜だって。玉彦は今の私にこれ以上何を求めているの? もっと意思表示が必要なの? どうすれば玉彦は安心できるの?」

「……比和子は、そのままであれば良い」

「だから、このままだったらまた同じことを繰り返すでしょうが」

「あと数年経てばそれ以降は大丈夫だ……」

 要するに私が今回の件を終わらせて、学校を卒業して正武家に入る数年ってことか。
 それが一年半なのか五年半なのかはともかく。

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