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第1章「夏」
3.積乱雲キューピッド(3)
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「霜連! 無事だったか!?」
運転席から飛び出してきたのは、他ならぬ羽合先生だった。
「ああ、本当によかった……こんな所にいたなんて!」
そう言いながら、先生は一目散に駆け寄ると、びしょ濡れになった私を優しく抱き寄せた。
「え……」
私は驚きながらも、なんだか安心する。髪からはポタポタと雫が落ちていく。
「よかった……本当によかった……」と先生は小声でつぶやき続けている。思ったよりもずっと、心配をかけてしまったみたいだ。思わず目を閉じ、ぎゅっと先生の胸に顔を埋めていた。
「怪我は……? ケータイにも繋がらないし、すごく心配したんだぞ」
「ごめんなさい……自転車で転んじゃって……」
先生は私の頭の上で安堵のため息をついた。
「はぁ……」
「あの……せんせぇ、ちょっと痛い……」
私の声に先生は我に返ったのか、慌てて手を離した。
「ご、ごめん……」
頬を赤らめながら謝る先生。少しもったいないことをしたかもな、と名残惜しさを感じずにはいられなかった。
「雨、まだ強いな。もうしばらくここで雨宿りしよう」
そう言って先生はキャンプ場の二人に連絡を入れた。一息ついて腰を下ろす先生。だが妙に遠慮がちで、わざと私との間に一席分のスペースを空けている。
先生は空模様をチェックしたり、雨漏りする天井を気にしたりと、どことなく落ち着かない様子。私が視界に入るのをさけるみたいにきょろきょろしている。
しばらく二人で無言のまま雨音に耳を傾けていた。そんな中、私が「クシュン!」とくしゃみをすると、先生は慌てて自分のウィンドブレーカーを脱ぎ、私に貸してくれた。
「あ、ありがとうございます……!」
震える手でウィンドブレーカーを受け取る。登山用の防水素材だ。先生の体温がまだ残っている。袖を通しファスナーを首元まで上げると、思わず身体を竦めた。男の人の匂い。
「先生、さっきは本当にすみませんでした……私、ひどいこと言っちゃって……」
「ううん。いや。君がああ言うのも、もっともだ。俺も悪かった」
そう言いながら先生は入り口まで歩み寄り、わずかに明るくなった空を仰ぎ見る。暗い雲の切れ間から、うっすらと青空がのぞいている。
私の身体にはやや大きめのウィンドブレーカー。何やら前ポケットに硬いものが入っているようだ。
「あれ……? 何これ」
そっと手を入れて取り出してみると、なんとそれはチョコレートの箱の切れ端を大量に詰め込んだ真空パックだった。
「せ、先生、これって一体……?」
その問いに、先生は思わず「しまった……」とでも言いたげな表情を浮かべる。よく見ると、袋の中身は懸賞の応募券のようだ。
「あっ……もしかして、これってコップが当たるやつ……? 先生、集めてたの?」
「あ、ああ、その……まあ、とにかくだな……」
言葉を濁す先生になんだか嬉しくなってきて、思わず微笑んだ。
「私のコップ、割っちゃったの気にしてくれてたんだ……」
「え!? あ、ああ、そう? 同じコップだなんて知らなかったなぁ。すごい偶然だよね。はは……」
「もう、素直じゃないなぁ」
そう言いつつも、「怒ってないですからね」と言葉には出さなかったけれど、先生に目を細めた。
「……そうなんだ。霜連が大切にしてたコップを割っちゃって、代わりを探そうと思ったんだけど、中々見つからなくて……」
「だから、チョコの懸賞に? 食べもしないのに、あんなにたくさん買って……」
呆れつつも、何だか胸の奥がくすぐったくなるくらいの嬉しい気持ちでいっぱいになる。
「も、もういいって! 恥ずかしいだろ……」
「絶対やめない! だってだって……すっごく嬉しいんだもん。先生が私のこと、こんなに考えてくれてたなんて……知らなかったよ、本当に」
そう言って、真っ直ぐに先生の瞳を見つめる。その瞳に映る自分の姿を見て、思わず「あっ……」と小さく息を呑んだ。先生は黙ったまま。でもその眼差しは、私の思いのすべてを受け止めてくれているように感じられた。
運転席から飛び出してきたのは、他ならぬ羽合先生だった。
「ああ、本当によかった……こんな所にいたなんて!」
そう言いながら、先生は一目散に駆け寄ると、びしょ濡れになった私を優しく抱き寄せた。
「え……」
私は驚きながらも、なんだか安心する。髪からはポタポタと雫が落ちていく。
「よかった……本当によかった……」と先生は小声でつぶやき続けている。思ったよりもずっと、心配をかけてしまったみたいだ。思わず目を閉じ、ぎゅっと先生の胸に顔を埋めていた。
「怪我は……? ケータイにも繋がらないし、すごく心配したんだぞ」
「ごめんなさい……自転車で転んじゃって……」
先生は私の頭の上で安堵のため息をついた。
「はぁ……」
「あの……せんせぇ、ちょっと痛い……」
私の声に先生は我に返ったのか、慌てて手を離した。
「ご、ごめん……」
頬を赤らめながら謝る先生。少しもったいないことをしたかもな、と名残惜しさを感じずにはいられなかった。
「雨、まだ強いな。もうしばらくここで雨宿りしよう」
そう言って先生はキャンプ場の二人に連絡を入れた。一息ついて腰を下ろす先生。だが妙に遠慮がちで、わざと私との間に一席分のスペースを空けている。
先生は空模様をチェックしたり、雨漏りする天井を気にしたりと、どことなく落ち着かない様子。私が視界に入るのをさけるみたいにきょろきょろしている。
しばらく二人で無言のまま雨音に耳を傾けていた。そんな中、私が「クシュン!」とくしゃみをすると、先生は慌てて自分のウィンドブレーカーを脱ぎ、私に貸してくれた。
「あ、ありがとうございます……!」
震える手でウィンドブレーカーを受け取る。登山用の防水素材だ。先生の体温がまだ残っている。袖を通しファスナーを首元まで上げると、思わず身体を竦めた。男の人の匂い。
「先生、さっきは本当にすみませんでした……私、ひどいこと言っちゃって……」
「ううん。いや。君がああ言うのも、もっともだ。俺も悪かった」
そう言いながら先生は入り口まで歩み寄り、わずかに明るくなった空を仰ぎ見る。暗い雲の切れ間から、うっすらと青空がのぞいている。
私の身体にはやや大きめのウィンドブレーカー。何やら前ポケットに硬いものが入っているようだ。
「あれ……? 何これ」
そっと手を入れて取り出してみると、なんとそれはチョコレートの箱の切れ端を大量に詰め込んだ真空パックだった。
「せ、先生、これって一体……?」
その問いに、先生は思わず「しまった……」とでも言いたげな表情を浮かべる。よく見ると、袋の中身は懸賞の応募券のようだ。
「あっ……もしかして、これってコップが当たるやつ……? 先生、集めてたの?」
「あ、ああ、その……まあ、とにかくだな……」
言葉を濁す先生になんだか嬉しくなってきて、思わず微笑んだ。
「私のコップ、割っちゃったの気にしてくれてたんだ……」
「え!? あ、ああ、そう? 同じコップだなんて知らなかったなぁ。すごい偶然だよね。はは……」
「もう、素直じゃないなぁ」
そう言いつつも、「怒ってないですからね」と言葉には出さなかったけれど、先生に目を細めた。
「……そうなんだ。霜連が大切にしてたコップを割っちゃって、代わりを探そうと思ったんだけど、中々見つからなくて……」
「だから、チョコの懸賞に? 食べもしないのに、あんなにたくさん買って……」
呆れつつも、何だか胸の奥がくすぐったくなるくらいの嬉しい気持ちでいっぱいになる。
「も、もういいって! 恥ずかしいだろ……」
「絶対やめない! だってだって……すっごく嬉しいんだもん。先生が私のこと、こんなに考えてくれてたなんて……知らなかったよ、本当に」
そう言って、真っ直ぐに先生の瞳を見つめる。その瞳に映る自分の姿を見て、思わず「あっ……」と小さく息を呑んだ。先生は黙ったまま。でもその眼差しは、私の思いのすべてを受け止めてくれているように感じられた。
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