風船ガール 〜気球で目指す、宇宙の渚〜

嶌田あき

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第2章「秋」

4.ひつじ雲・イン・トラブル(6)

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 司会の女性が私たちの紹介をしてくれている間も、私たちは袖で「澪、手に羊って書いて飲むといいわよ」「あのね、人でしょ?」「バレたか。ククク」なんてふざけあっていた。
 名前を呼ばれてステージ飛び出していった頃にはすっかり緊張も解け、客席の大地に手を振る余裕もでてきた。

 おそろいコーデ(制服なので)に、おそろいダンス。色と形が微妙に違うヘアピンがアクセント。アップテンポな曲に合わせ、私達は鏡写しの双子みたいにステージを駆け回った。くるくる変わる表情と、多彩なポーズ。望遠鏡を覗くしぐさがお気に入り。カジュアルな雰囲気のストリートダンス風の振り付けに、時々、歌詞に合わせてブルーな表情の演技が入る。

 休日を返上してがむしゃらに練習を重ねてきたかいあって、今日のダンスは自分たちでも驚くほど息ピッタリ。いつもなら苦手意識があったミラーダンスのところも、完璧に踊りきることができた。長年連れ添ってきた私たちだからこそ生み出せる、二人三脚の一体感。重なり合う表情とシンクロした動きに、ペアでなければ出せない魅力があったはず。

 最後のポーズで固まった瞬間、会場から大きな拍手と歓声が沸き起こった。耳を澄ませば、あちこちから「かわいい!」「息ぴったりだね!」なんて声も聞こえてくる。2人同時にほっとした表情で顔を見合わせ、思わずニッコリ。審査員席を見やれば、上々の評価をつけてくれているようで、今のところ私たちが1位みたい!

 私たちが満面の笑みを浮かべて控え室に戻ると、先生が青い顔をしてうなだれるように座っていた。

「だ、大丈夫? 顔色悪いですよ」
「うーん。急に冷たいもの、飲んだからかなぁ。さっきから、お腹痛くてさ……」

 星野さんが心配そうに先生のもとに駆け寄ってきた。 

「先生どうしました? コーヒー、傷んでましたかね? て、そんなわけないか。んーどれどれ……」

 そういって星野さんは、先生の飲みかけのコーヒーに手を伸ばした。一瞬、嬉しそうというか、どこか勝ち誇ったような表情を浮かべたように見えたけど……。

「べつに変な味はしませんけ――どぁあああっ。えっ、あっ、まさか、私……」
「どうしたの? 星野さん、大丈夫?」
「えっ、あっ、はい。だだだ、大丈夫です」

 ぜんぜん大丈夫そうに見えないんだけど? 何があったんだろう。まさかほんとうにコーヒーが傷んでいて?

「ああ、不幸だ……」

 と星野さんはひたすらわけのわからないことをつぶやいていた。だんだん顔色もあおざめてきた。かがみ込む彼女が心配になり、そっと背中をさすってあげた。すると彼女は「ごめんなさい。霜連先輩に飲ませるつもりだったんです」ととんでもないことを白状した。何を思ったのか、下剤の入ったコーヒーを私に飲ませれば、このコンテストで少しでも有利に立てると考えてのことらしい。そんなことしなくても勝てるだろうに……。

「うーん……お、お腹、いたい……」

 画面では3組目の演者による、ユニークなマジックショーが展開されていた。演じている男の子がイケメンなので気になって横目でチラチラ見ていたんだけど、どうも理科実験のデモンストレーションとしてはありきたりな内容。案の定、得点も振るわない。

「最後。出番ですよ」

 係の女性が無情にも星野さんを舞台袖に呼んだ。

「大丈夫? あなた、少し顔色悪いみたいだけど?」
「は、はい……が、頑張ります……!」

 そう言って立ち上がる星野さんの足元は、今にも崩れ落ちそうに震えていた。必死に踏ん張る彼女の姿を見ていると、こみ上げる応援したい気持ちを抑えきれない。

 彼女は腹痛を抱えたままステージ立つことになり、自慢のパントマイムは散々の出来となった。手足の曲げ伸ばしにキレがなく、全体の流れにもメリハリがない。楽屋で見ていたステージの映像でも分かるくらい、投稿動画よりもクオリティーが明らかに低かった。それでも最終的に評点は2位につけたのは、流石というべきか。

 こうして、なんと私たちの優勝が決まった。控え室で結果を知らされたとき、私は素直に喜べず陽菜と「なんだかなぁ」と顔を見合わせた。
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