23 / 66
第2章「秋」
4.ひつじ雲・イン・トラブル(7)
しおりを挟む
優勝者は、夕方に行われる閉幕式で発表されることになっていた。
しばしの待ち時間。ひとしきり泣いたあとふさぎ込んでしまった星野さん。私と陽菜はそんな彼女を誘い出し、ファミレスに向かった。お祭り騒ぎの表通りを望むボックスシート。こういうときは、甘いものに限る。
彼女が情けない声で「まだお腹の具合がおかしいです」と言って席を立ったすきに、私はここぞとばかりに陽菜に話しかけた。
「陽菜、正直に言うと……私、星野さんが優勝するべきだったと思うんだ。あの実力なら、本来なら私たちなんかに負けるはずがないもん」
言いにくい本音を小さな声でつぶやくと、陽菜も同意するように頷いた。
「あ、澪もそう思った?」
「うん。だってそうでしょ? 彼女のほうがきっと何倍も努力してきてるし、実際に実力もある。それに、着ぐるみの演技にも、ぴったりじゃない?」
本当は羽合先生にも相談したかったけど、残念ながら先生は「ごめん、先に帰らないと。明日の授業の準備があるんだ」って。せっかくレストランに誘ったのにさ。はぁ……隣にいる大地なんて、全然頼りにならないしなぁ。
「だいたいよ、澪。これって、お前が本気でやりたかったことなのか?」
「えっ……」
大地は坊主頭をかきながら、照れくさそうに私を指差した。野球部みたいな顔して――もとい、野球部顔の理科部員のくせして、こういうときは内角を深くえぐるような言葉を放ってくる。
「いや、長いことお前のことを見てきたけどさ。今回は、どうも本気を感じねぇ」
「そうかなぁ……。でも、陽菜とのダンス、すっごく楽しかったよ」
つい反論したくなって、ホットケーキを大きくほおばる。まるで子どものように。大地は呆れた様子で陽菜のほうをチラッと見た。
「ま、俺はよくわからんが、ダンスは良かった――なんていうか、可愛いかった」
そんな大地の言葉に、陽菜はあっという間に顔を真っ赤にして、うつむいてしまう。はにかむ仕草がまた可愛いんだけど。
「結局さ、気まぐれで、ちょっと遊びで応募してみたってところじゃないのか?」
「うーん……そうとも言えるかも……」
「なんでそんなに、着ぐるみのパンダになりたかったわけ? 星野の方があのコスチューム似合いそうなのに」
ステージから戻ってきた星野さんの顔を思い出す。悔しさと無念さで歪んだ表情。あの時の彼女の涙は、私の心にも突き刺さった。
「だ、だって! そんな風に詰め寄られても、う、うまく説明できないよ。…………確かにきっかけはあんたの言うとおりだったかもしれない。けどさ、私……」
「まあ落ち着けって」
大地があんみつを一気に頬張り、むせる。
「あんたが落ち着きなさい」
「ーーで、優勝してパンダになった後のこと、ちゃんと考えてんのかよ?」
「は? そんなの考えてないよ! そりゃあ、SNSでバズって有名人の仲間入りとかじゃん?」
「はぁ……。なんちゅう無計画。ま、そんなこったろうと思ったよ。お前のことだからな」
手元に目を落とした。閉幕式で読み上げるからと、学校名と氏名を書くように運営スタッフから渡された紙。これが公表されてしまえば、もうあとには引けない。
「お前が今日、ほんとうにしなきゃなんないことは何だよ?」
彼が不機嫌そうに言うのにも、なんだか一理ある気がした。
――そういえば今日って、誰かの大切な日だったような……。誰の何の日だったっけ? 思い出せない……。
ふと我に返ると、店内ではハッピーバースデーの歌が流れていた。となりの席では、家族に囲まれた男の子が目をキラキラさせながら、ケーキに灯ったろうそくの炎を見つめている。「わぁ、おめでとー!」と歓声が上がる。誕生日パーティーか……。素敵だな、こういうの憧れちゃう!
――あっ!
すぐに立ち上がり
「大地、ゴメン。でも、ありがと」
とだけ言い残して走り去る。
店を飛び出したところで、入れ違いに入ってきた星野さんとすれ違った。
「え、先輩? どこ行くんですか!?」
星野さんの驚いた声が背中に突き刺さる。本当にごめん、星野さん。今はそれどころじゃないの。また後で謝るから! そう心の中で呟きながら、私は一目散に駆け抜けた。向かう先はたった一つ。一刻も早く、あの人に会わなきゃ。
しばしの待ち時間。ひとしきり泣いたあとふさぎ込んでしまった星野さん。私と陽菜はそんな彼女を誘い出し、ファミレスに向かった。お祭り騒ぎの表通りを望むボックスシート。こういうときは、甘いものに限る。
彼女が情けない声で「まだお腹の具合がおかしいです」と言って席を立ったすきに、私はここぞとばかりに陽菜に話しかけた。
「陽菜、正直に言うと……私、星野さんが優勝するべきだったと思うんだ。あの実力なら、本来なら私たちなんかに負けるはずがないもん」
言いにくい本音を小さな声でつぶやくと、陽菜も同意するように頷いた。
「あ、澪もそう思った?」
「うん。だってそうでしょ? 彼女のほうがきっと何倍も努力してきてるし、実際に実力もある。それに、着ぐるみの演技にも、ぴったりじゃない?」
本当は羽合先生にも相談したかったけど、残念ながら先生は「ごめん、先に帰らないと。明日の授業の準備があるんだ」って。せっかくレストランに誘ったのにさ。はぁ……隣にいる大地なんて、全然頼りにならないしなぁ。
「だいたいよ、澪。これって、お前が本気でやりたかったことなのか?」
「えっ……」
大地は坊主頭をかきながら、照れくさそうに私を指差した。野球部みたいな顔して――もとい、野球部顔の理科部員のくせして、こういうときは内角を深くえぐるような言葉を放ってくる。
「いや、長いことお前のことを見てきたけどさ。今回は、どうも本気を感じねぇ」
「そうかなぁ……。でも、陽菜とのダンス、すっごく楽しかったよ」
つい反論したくなって、ホットケーキを大きくほおばる。まるで子どものように。大地は呆れた様子で陽菜のほうをチラッと見た。
「ま、俺はよくわからんが、ダンスは良かった――なんていうか、可愛いかった」
そんな大地の言葉に、陽菜はあっという間に顔を真っ赤にして、うつむいてしまう。はにかむ仕草がまた可愛いんだけど。
「結局さ、気まぐれで、ちょっと遊びで応募してみたってところじゃないのか?」
「うーん……そうとも言えるかも……」
「なんでそんなに、着ぐるみのパンダになりたかったわけ? 星野の方があのコスチューム似合いそうなのに」
ステージから戻ってきた星野さんの顔を思い出す。悔しさと無念さで歪んだ表情。あの時の彼女の涙は、私の心にも突き刺さった。
「だ、だって! そんな風に詰め寄られても、う、うまく説明できないよ。…………確かにきっかけはあんたの言うとおりだったかもしれない。けどさ、私……」
「まあ落ち着けって」
大地があんみつを一気に頬張り、むせる。
「あんたが落ち着きなさい」
「ーーで、優勝してパンダになった後のこと、ちゃんと考えてんのかよ?」
「は? そんなの考えてないよ! そりゃあ、SNSでバズって有名人の仲間入りとかじゃん?」
「はぁ……。なんちゅう無計画。ま、そんなこったろうと思ったよ。お前のことだからな」
手元に目を落とした。閉幕式で読み上げるからと、学校名と氏名を書くように運営スタッフから渡された紙。これが公表されてしまえば、もうあとには引けない。
「お前が今日、ほんとうにしなきゃなんないことは何だよ?」
彼が不機嫌そうに言うのにも、なんだか一理ある気がした。
――そういえば今日って、誰かの大切な日だったような……。誰の何の日だったっけ? 思い出せない……。
ふと我に返ると、店内ではハッピーバースデーの歌が流れていた。となりの席では、家族に囲まれた男の子が目をキラキラさせながら、ケーキに灯ったろうそくの炎を見つめている。「わぁ、おめでとー!」と歓声が上がる。誕生日パーティーか……。素敵だな、こういうの憧れちゃう!
――あっ!
すぐに立ち上がり
「大地、ゴメン。でも、ありがと」
とだけ言い残して走り去る。
店を飛び出したところで、入れ違いに入ってきた星野さんとすれ違った。
「え、先輩? どこ行くんですか!?」
星野さんの驚いた声が背中に突き刺さる。本当にごめん、星野さん。今はそれどころじゃないの。また後で謝るから! そう心の中で呟きながら、私は一目散に駆け抜けた。向かう先はたった一つ。一刻も早く、あの人に会わなきゃ。
21
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
学校一の美人から恋人にならないと迷惑系Vtuberになると脅された。俺を切り捨てた幼馴染を確実に見返せるけど……迷惑系Vtuberて何それ?
宇多田真紀
青春
学校一の美人、姫川菜乃。
栗色でゆるふわな髪に整った目鼻立ち、声質は少し強いのに優し気な雰囲気の女子だ。
その彼女に脅された。
「恋人にならないと、迷惑系Vtuberになるわよ?」
今日は、大好きな幼馴染みから彼氏ができたと知らされて、心底落ち込んでいた。
でもこれで、確実に幼馴染みを見返すことができる!
しかしだ。迷惑系Vtuberってなんだ??
訳が分からない……。それ、俺困るの?
月弥総合病院
僕君☾☾
キャラ文芸
月弥総合病院。極度の病院嫌いや完治が難しい疾患、診察、検査などの医療行為を拒否したり中々治療が進められない子を治療していく。
また、ここは凄腕の医師達が集まる病院。特にその中の計5人が圧倒的に遥か上回る実力を持ち、「白鳥」と呼ばれている。
(小児科のストーリー)医療に全然詳しく無いのでそれっぽく書いてます...!!
アルファポリスとカクヨムってどっちが稼げるの?
無責任
エッセイ・ノンフィクション
基本的にはアルファポリスとカクヨムで執筆活動をしています。
どっちが稼げるのだろう?
いろんな方の想いがあるのかと・・・。
2021年4月からカクヨムで、2021年5月からアルファポリスで執筆を開始しました。
あくまで、僕の場合ですが、実データを元に・・・。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
日本新世紀ー日本の変革から星間連合の中の地球へー
黄昏人
SF
現在の日本、ある地方大学の大学院生のPCが化けた!
あらゆる質問に出してくるとんでもなくスマートで完璧な答え。この化けたPC“マドンナ”を使って、彼、誠司は核融合発電、超バッテリーとモーターによるあらゆるエンジンの電動化への変換、重力エンジン・レールガンの開発・実用化などを通じて日本の経済・政治状況及び国際的な立場を変革していく。
さらに、こうしたさまざまな変革を通じて、日本が主導する地球防衛軍は、巨大な星間帝国の侵略を跳ね返すことに成功する。その結果、地球人類はその星間帝国の圧政にあえいでいた多数の歴史ある星間国家の指導的立場になっていくことになる。
この中で、自らの進化の必要性を悟った人類は、地球連邦を成立させ、知能の向上、他星系への植民を含む地球人類全体の経済の底上げと格差の是正を進める。
さらには、マドンナと誠司を擁する地球連邦は、銀河全体の生物に迫る危機の解明、撃退法の構築、撃退を主導し、銀河のなかに確固たる地位を築いていくことになる。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる