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第2章「秋」

6.はね雲ファースト・フライト(2)

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 長蛇の列に並ぶ人々を見やれば、どこか退屈そうな表情…… これはマズイ、なんとかしないと! サービス精神に火がつくが、具体策が思い浮かばない。

「霜連! とりあえずここは任せて。その間にコピー取りに行っといで」

 そんな時、校内巡回から戻った羽合先生が、窮地を察して助け舟を出してくれた。

「霜連が書いた太陽の観察レポートを、コピー室で大量に刷ってきて配ったら? あのレポート、出来が良かったから、きっと皆喜ぶよ」
「あっ、分かりました!」
「あと、気球の設計メモとかも配ったらどうかな。面白いと思うよ」

 そう言えば、このレポート、コンテストで入賞したんだった。正直、人に見せて喜ばれるようなネタじゃないけど、でも先生が言うなら、持っていくしかないか。

 大急ぎで階段を駆け下りる。その間、羽合先生は去年の文化祭のときに用意した展示を披露したり、天文の豆知識を紹介したりして、場を盛り上げてくれていたようだ。さすが理科教師、場数を踏んでいるだけあって、臨機応変の対応がお手の物だ。

 コピーを持って戻る頃になっても、列はまだあまり減っていなかった。待ち時間にイライラし始めた人々に、先生が「順番に案内してますから、もう少しお待ちくださいねー」と慣れた口調で声をかけている。それでも、特に小学生の間では、退屈そうな表情が目立つ。このままでは、帰ってしまう子もいるかもしれない。

「うーん、このままじゃヤバいかも……」

 でも、ここで待ち列の対応ばっかりしてる場合じゃない。だって、ドームの中には――

「あの、すみません。望遠鏡、星が見えないんですけど……」

 覗いていた生徒が、不安そうに声をかけてくる。その声に、羽合先生は慌てた様子でドームに駆け込んだ。私もすぐさま後を追った。

「せんせぇー」

 声をかけて振り返ってもらうと、先生の顔は「もう、霜連、早く帰ってきてくれ」と言わんばかりの表情をしていた。そんな先生の顔を見て、思わずクスクス笑ってしまう。すると、先生は分かりやすく頬を膨らませて不満げな顔をした。

 待ち列の人たちにレポートのコピーを配ると、みんな興味深そうに読み始めた。よし、これでなんとか時間は稼げるはず。私はドーム内の案内を先生に任せ、自分は外の待ち列を回って、色々と話しかけることにした。

 でも、2人で手分けしたところで、対応にも限界がある。屋上はまだまだ長蛇の列。待ちくたびれた小学生は鬼ごっこを始め、高校生たちは次の見学先の相談に夢中だ。

 野球場を見やれば、理科部のロケット打ち上げ大会が盛り上がっている。きっと理科室周辺も、人だかりでごった返しているに違いない。大地も陽菜も、今頃イベントの運営で手一杯だろう。助っ人は期待できそうにない。

(も、もうどうしたら……)

 やっぱり、一人ぼっちの天文部で文化祭を乗り切るのは無謀だったか……そう諦めかけた、まさにその時だった。階段室の扉が、バーンッ!と勢いよく開く音が響いた。

「ええっ!?」

 私の驚きの声に呼応するように、行列の視線がいっせいにドアの方へ向かう。そこに現れたのは……な、なんとあの有名な着ぐるみ、パンダの『るんるんちゃん』!

「きゃー! るんるんちゃんだ!」
「握手して~!」

 大人気ご当地キャラの登場に、子供たちが一斉に駆け寄る。

「わぁ、触り心地やわらかーい!」
「これって中に人が入ってるんでしょ?」

 好き放題に着ぐるみをモミモミしながら、無邪気に質問を投げかける子供たち。るんるんちゃんは、なすがままに揉まれるだけだ。

「ちょ、ちょっと! やめなさいって! 中の人なんで、いないんだから!」

 私が必死で制止しようとするが、子供たちの興奮はおさまらない。るんるんちゃんは無言のまま、容赦なく小学生たちに揉みくちゃにされている。それでもしゃべることなく、必死に身振り手振りで状況を打開しようとしている。その沈着冷静さに脱帽だ。

 しかも、パフォーマンスがまた巧みときている。パントマイムでクイズを出したり、男の子をからかってみたり。次から次へと小ネタを繰り出して、観客を楽しませようとしている。その様子があまりにも面白くて、私も思わずクスッと笑みがこぼれた。

(いったい、中の人は誰なの?)

 着ぐるみの中身を確かめる方法は、たったひとつ。そう、ドームの案内用に用意したスピーカーとスマホをつなげて、あの曲を流すんだ。そう、あの陽菜とペアで踊った、ノリノリなツインダンスのBGMを。

 途端に、るんるんちゃんと私の息の合ったダンスが始まった。上から注ぐ日差しの中、私たちはくるくるとポジションを変え、楽しげに踊り続ける。あのサイエンスフェスで披露したときと同じ、カジュアルなストリートダンスだ。

 もちろん、望遠鏡を覗くシグネチャーポーズも忘れない。ずんぐりむっくりとしたパンダの姿からは想像もつかないような、キレのあるダンスムーブの連続。ダイナミックに体を躍動させると思えば、次の瞬間にはピタリと静止する。メリハリの効いた動きのコントラストが、観る者を魅了してやまない。

 そう、これでるんるんちゃんの正体は間違いない。
 中の人は、演劇部の結ちゃんに違いないのだ。私はパンダの目をしっかりと見つめ、会心の笑みを交わす。そして、まるで鏡に映したかのように、シンクロしたダンスを披露した。

 ラストは屋上の中央で決めポーズ。私たちの頭上からは、まぶしい秋陽がスポットライトのように降り注いでいる。踊り終えた私たちを、大きな歓声と惜しみない拍手が包み込んだ。
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