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第2章「秋」

6.はね雲ファースト・フライト(6)

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 私たちは天文ドームに入り、夜空を見上げた。天窓を通して見えるのは、短冊のように切り取られた秋の星空。壮大な天の川も明るい一等星も見えなかったけれど、それでいい。

 先生が淹れてくれた紅茶を、飲食禁止のドームの中ですすった。ルールを破る背徳感と、誰にも咎められない自由さに、胸が高鳴る。

 ずっと胸につかえていた思いを、私は先生に打ち明けた。

「私、小さい頃からとにかく世話焼きで、お節介だってよく言われてたんです。だから、なんとなく、自分の気持ちを素直に表すのはいけないことなんだって、刷り込まれちゃってたみたい」

 先生は星空を見上げたまま、時折優しい眼差しを向けて、ちゃんと聞いているよと合図してくれる。

「誰かに必要とされるなんて、私には無理なんじゃないかって、そんな風に思い込んでもいたんです。だから反対に、もっと必要としてもらいたいって、無意識に求めてることもあって……」
「それは自然なことだよ。俺だって、そう思うことがあるからね」
「でも、先生は違うんです。自分の信念を持って生きている。周りがなんと言おうと、自分を貫いているように見えました」
「そうかな? ただの会議サボり魔人なだけな気もするけど」
「あはは、それも先生らしいっていえば、先生らしいのかも。そんな先生を見てると『いいなぁ』って思うようになって。気づいたら、自分のことも大切にしたくなってきたんです」
「霜連。急がなくていいよ。大丈夫。ちゃんと見てるから」

 私がかすかな声で「キスがしたい……」とつぶやくと、先生は少し戸惑った様子。私だって、自分からそんなこと言うなんて……その後のことは何も考えてない。
 頭の中が真っ白になる中、私はそっとテーブルの写真立てを裏返した。

(ごめんね、お姉ちゃん。ちょっとだけ、あっち向いててね)

 背伸びをするようにそっと目を閉じ、先生のシャツの裾を引っ張る。先生は恥ずかしそうに私の肩に手を回すと、優しく唇を重ねてきた。ふわりと優しい、小さなキス。その後、頬とおでこに口づけを落としてくれる。

「これからは、色々と大変だな」

 先生の胸に頬を寄せ、熱を感じながら「うん……」と答える。卒業までの間は、きっとたくさんガマンしなきゃいけない。

「でも、陽菜には話しちゃおうかな」
「おいおい」

 秘密にしておきたいことほど、親友に言いたくなるのは仕方ない。

「先生とつきあってる」

 たったそれだけの報告なのに、なんだかくすぐったくて、とても声には出せそうにない。

 冷たい秋風が天窓から入り込み、私たちは思わず寄り添うように空を見上げる。「恥ずかしよ」と言いながら重ねた手の中で、先生の手のひらはほんわかと温かかった。

 キラキラと瞬く星空は、まるで私たちの心を映し出しているかのよう。今までに見た夜空とは、なんだか違って見える。期待と希望に満ちて、いつもより少し明るく輝いているみたいだ。その美しい光景に見とれていると、ふと身体が震えた。初めて歩み出すこれからが、少し不安で怖くて……。でも、そんな私の思いに気づいたように、先生の手が優しく、そっと握り返してくれる。
 誰かを好きになることがこんなにも心強いことだったなんて、今日まで知らなかった。
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