風船ガール 〜気球で目指す、宇宙の渚〜

嶌田あき

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第3章「冬」

8.凍雲リグレット(1)

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 もし同級生に生まれていたら、幼なじみに生まれていたら。
 そんなことばかり繰り返し考え、鬱々とした気分のまま新年を迎えていた。私の心は、叶わぬ想いでいっぱいだった。

「もう自分1人でやるしかない」

 そう決心したまでは良かったのだが、どんなに頑張っても望む結果は得られなかった。釣り糸のゆるみ、発泡スチロールの強度不足、電源系統のトラブル……。次から次へと失敗が重なり、私は焦った。

「先生に頼るのは最後の手段。今はまだその時じゃない」

 何度も自分に言い聞かせた。陽菜と大地も受験勉強で忙しい。こんな時に手伝ってなんて頼めるはずがない。
 そして、不幸は続いた。ついに無線の不調で、大切な気球を見失ってしまったのだ。

「ど、どうしよう……」

 声が震えた。大切なカプセル、カメラ、無線機、小型PC、全てを失ってしまった。回収するつもりだったから、代わりの機材を買う予算はない。予備のヘリウムガスはあったけれど、カメラなしで気球を飛ばしても意味がない。

 全てを失った。これで終わりだ。もう諦めるしかないーーそんな選択肢は不思議と浮かんでこなかった。

「探すしか、ないよね」

 ピンチの時こそ発揮される、お姉ちゃん譲りの諦めの悪さ。宇宙の渚へとつながる一筋の希望の糸。その、今にも切れそうな糸を手繰り寄せるように、私はカプセル探しに奔走した。

 先生に教えてもらったウェブサイトで気球の飛行ルートをシミュレーションし、GPSの位置情報から落下予想地点を割り出した。その場所は、あの高台にある神社の近くだった。私は躊躇なく電車とバスを乗り継ぎ、海沿いの集落へと向かった。

 時間との戦いだった。

 カプセルに埋め込まれたビーコンのバッテリーは、今日が限界。明日の朝には電波が止まってしまう。今日中に見つけないと、もう二度と見つからないかもーー。

(お願い、見つかって!)

 祈るように呟きながら、受信機を片手にあちこち駆け回った。民家を一軒一軒訪ね、チラシを配りながら情報を集める。不安と焦りで喉が渇き、脂汗が滲んでくる。お姉ちゃんの気球が無くなったとき、大学生だった羽合先生も、こうして必死に探してくれていたのかと思うと、なんだかこみ上げてくるものがあった。

「誰か助けてくれる人がいたらな……」

 そんな願いを込めながらも、叶わぬことだと分かっていた。
 夕暮れが迫る中、ダメ元で神社へ向かった。ビーコンの反応はない。それでも折角来たのだから、とお参りをしていく。

(神様、仏様、お姉ちゃん様ーーどうか、カプセルを……)

 心の中で必死に祈った。
 日没が迫り、捜索打ち切りの時間が近づいていた。宮司さんへの挨拶もそこそこに、許可をもらって社殿裏の藪に分け入った。
 獣道を進みながら、息を切らせてアンテナを四方に向けた。

(もしかして、探している場所がぜんぜん違うのかな……?)

 不安な思いが頭をよぎる。神頼みも虚しく、カプセルは一向に見つからない。刻一刻と時間だけが過ぎていく。予測が外れていて、カプセルはもう海に沈んでしまったあと、という恐ろしい可能性が頭から離れなかった。
 これを諦めたら、今までの努力が全て水の泡になる。宇宙の渚の映像を撮影する夢も、叶わなくなってしまう。

「先生を裏切るなんて、絶対にできない。陽菜や大地にだって、顔向けできなくなる……」

 踏み出した小さな勇気を、先生は何も言わずに受け止めてくれた。その期待を裏切るのが、何より悔しかった。

(お姉ちゃんには、どうせ敵わないし……)

 脳裏に、劣等感がよぎる。肩を落として歩いていると、突然、手元の受信機がピーピーと甲高い音を響かせた。

「あっ!?」

 思わず飛び上がった。ビーコンが反応したのだ。信号の方向を慎重に見定めながら、その方向へと一歩ずつ近づいていく。次第に大きくなっていく信号の強さに、希望が湧いてくる。

「やった……かな?」

 受信機を頼りに藪をかき分けた。高台にある神社だということも、すっかり忘れていた。
 そのとき、不意に足元から地面が消えた。

「きゃああああああああっ!」

 悲鳴とともに体が宙に舞い、ざざあという埃っぽい音とともに砂煙に包まれた。
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