愛しては、ならない

ペコリーヌ☆パフェ

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遊園地での賭け④

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「――いちっ!にっ!さ――んっ!」


私は、身体を解す為にお化け屋敷の入り口前で、手首をブラブラさせたり、アキレス腱を伸ばしたり屈伸したり、真剣に体操をやっていたが、受け付けのお兄さんが、まるで変質者を目撃したかの様な目で見ているのに気付き、急に恥ずかしくなり、咳払いをして体操の代わりにその場で足踏みをする。


祐樹は、ベンチで座って口をポカンと開けていた。


剛は、笑いを堪えるとも怒っているとも判断し難い表情をして唇を結んでいた。



今から入ろうとしているのは
『スリラーハウス』
という名前のアトラクションだが、乗り物に乗る形式ではなく、お化け屋敷内をコース順に歩いて回るという、昔ながらの作りなのだ。









順路がAとBと二通りあり、洋風お化け屋敷と和風お化け屋敷に趣向も分けられている。


私は子供の頃にパパの背中におぶさって、和風の方へ一度だけ入った事があったが、あまりの恐怖でその時の記憶が無いのだ。


Aが和風、Bが洋風だが、どちらもウォークラリーさながらの様式で、カードにスタンプを押さなくてはお化け屋敷を出れないというシステムになっている。


ただスタンプを押せば良いという物では無く、スタンプの側には客を驚かせたり、怖がらせる仕掛けが設置してあるのだ。


自分の足で進まなくてはならないので、乗り物形式のお化け屋敷よりも怖い、という評判で、一応
『苦手な方や、心臓の弱い方はご遠慮下さい』


という事になっている。







「剛さんっ!」


私はキッと彼を見て、拳を高々と振り上げる。


「は、はい?」



彼が、キョトンとするが、私は気合いを入れて声を張り上げた。



「どっちのコースに行くのか、ジャンケンで決めましょうっ!」



「は、はい」



「ジャーンケーンッ!」




私がパー、剛はグーだった。



「勝ったあああっ!よしっ!
私、洋風コースね!」


鼻息が荒い私に剛は呆れているかも知れないけれど、他人からはどんなに馬鹿馬鹿しく見えようが、私には真剣勝負なのだ。



洋風がどんな感じなのかは知らないが、いかにも和のお化けよりは、西洋の方が、ライトな怖さなのではないだろうか、と考えたのだ。









「じゃあ……僕はこっちに」


剛と私は左右に分かれ、入り口の前に立った。



「ママ――!
ムリしなくてもいいからね――!
どうしても怖かったら、係員のお兄さんを呼ぶんだよ――!』




祐樹が、ベンチから手を振っている。



私は手を振り返し、剛を見た。


「じ、じゃあ、参りますかっ!
スタート!」



キリッとした声で言いたかったのに、緊張で声がまた裏返った。


でも、もうそんな事を気にしている暇は無い。


剛よりも早く、クリアしてお化け屋敷を出なくてはならないのだから。




「大丈夫……怖くない~怖くない~
お化けは全部作り物かカボチャ……」



呪文を唱える様に、自分に言い聞かせながら意を決して中へ入ったが、入るその時まで剛に見つめられていた事を、私は気付かなかった。



――――






「ひっいいい――――っ! 」


私は、腕時計を気にしながら、順路を進み、次から次へと仕掛けられる恐怖のカラクリに悲鳴を上げ、カードにスタンプを押していった。



西洋タイプのほうが怖くないのでは?と思ったのだが、それが中々どうして、結構な恐怖を煽って来るのだ。



今の処の最強の仕掛けは、やはり、ピアノの前に腰掛けているフランス人形の目玉が飛び出して来たやつだ。


目玉が飛び出した上に、首が360度回転もしたのだ。


ピアノの鍵盤の上にスタンプがあり、私は絶叫しながらカードに判を押した。



以前、悟志に驚かされた時には情けない事に倒れてしまったが、今日はそういう訳にはいかない。



「そうよっ……
こ、怖くない……怖くないっ!
剛さんが懸かってるんだから――!」



拳を握り締めた瞬間、辺りが急に真っ暗になった。




「キャアアアア!」









仕掛けかと思い、叫んで身を縮めたが、何秒経っても次に何も起こらないまま、暗闇のままだった。



「え……?」



気がつけば、効果音の悲鳴やすすり泣き、音楽も全て止んで、自分の息遣いだけが響いている。



「な、なんで?」



私は、周囲を見回すが、やはり何も見えない。



「ま……まさか、停電、とか?」




そう呟いた時、目の前に女の姿がぼうっと浮き上がり、私は腰を抜かす。



良く見れば、姿見に映った自分だった。



「なんだあ……
もうっ……びっくりし……」



安堵したのも束の間、目が慣れてくると、仕掛けの人形達の姿まで浮き上がって見えてきて、私は息を呑んだ。







人形達は皆一様に大きな目を開き、こちらを見ている

いや、そんな訳はないと分かっては居るが、沸き上がる恐怖がそんな錯覚を起こさせるのだ。



私は目をギュッと瞑り首を振ると、深呼吸をした。



「お……落ち着け……私っ……
きっと、今に復旧するはず……」



不意によろめき、何かが首筋に触れ、背筋が凍る。



真後ろに、頭が割れて骨が見えている男の人形があったのだ。




「きゃあ――――っ」



私は堪らず悲鳴を上げ、その場に踞る。



「……だ……大丈夫……大丈夫っ……
これは……ウソものなんだから……っ」


嫌な音を立てる心臓をどうにか落ち着かせるよう、私は必死だった。










だがいくら待っても暗闇のままだ。


防音のスリラーハウスの中は、外の遊園地の賑わいを完全にシャットダウンして、重く不気味な無音の暗闇の世界と化した。


「……そうだ、電話……電話してみよう!
遊園地のスタッフさんが気付いてくれるかも……」


ズボンのポケットを探ると、空振りの指の感触に、落胆する。



「やだ……
私、祐樹に携帯を預けて来たんだっけ……」



途方に暮れて周りを見回し、頭の中をフル回転させる。



「あっ!
何処かに、非常ベルか、非常ボタンがあるはずだわ……!」



私は、勇気をふり絞り立ち上がると、ゆっくり、注意深く歩を進めた。



「懐中電灯があればいいのにねえ……
――て、大体がそんな物、常に持ってる訳がないじゃないっ!」



怖さを紛らす様に、ノリツッコミをしてみるが、自分の空元気の声が、虚しく辺りに響くだけだった。



「……ふっ……ぐ」



我慢の糸が切れて、涙が溢れ出す。








「だ……駄目……
また泣いたら……っ!
私は……私は、大人なんだから……っ」



私は、唇を噛み、目の奥に力を込める様に瞑るが、次から次へと溢れる涙は止まらない。



腰が引けた情けない体勢で、壁伝いに歩くが、出口に向かっているのかさえ分からない。


暗闇の中で方向感覚が狂ってしまった様だ。



呼吸がヒューヒューと鳴り始め、私は口を押さえる。



「ま……まず……
喘息……が」



空気が、そこはかとなく薄く感じられ、自分の気管が狭くなるイメージが脳裏に浮かんでしまう。



「ゲホッ……」



不安になると、症状が出てしまう事があるのだ。


「もうっ……
こ、こんな作り物に怖がるなんて……
私ったら……意気地無し……」



唐突に、剛の諦めた様な色が常に沈む達観した瞳や、何処か悲しげな口元を思い出す。



――そうよ、剛さんは、うんと小さな頃に、もっと怖くて辛い思いをして来たのに――









剛さんは……
長い間両親に放って置かれて独りで家に居る間に、何を思っていたのだろう……


いや、かえって、独りの時の方が、彼には安息の刻(とき)だったのか?



私には、分からない……

彼に、聞く勇気も持っていない……




私は、涙を拭い、唇を結び前を向いた。



――どっちが前でも後ろでも構わない……


とにかく、此処から進んで見せる――




浅い呼吸で、肩で息をしながら私はゆっくり進んでいた。


どれ程歩いたのか、今、何時なのかさっぱり分からない。



「――ゲホッ……ゲホッ」


大きく咳き込み、壁に凭れた時、何処からか靴音の様な音が響いた。



「……だ、だれ……?」



「――さん……
菊野さん――!」




反響しながら耳に届いた、低い、でもまだ少年ぽさの残る声――




私の胸に、火傷しそうな程の恋しさがせりあがって来た。




「つ……
剛――さん――!」










眩い灯りがどこからか、こちらを照らし、私は眩しさに手を翳す。



「菊野さん……
そこに居ますか?」



初めて聞く、焦りの混じる剛の声に、私は嬉しい、と思ってしまった。


――私を、探しに来てくれたの?


少しでも私を心配してくれたの……?



徐々に恐怖が薄れ、代わりに強烈な恋しい感情が沸き上がり、私は彼を呼んだ。



「剛さん――!
来て……ここに……」





「――菊野さん !」



靴音が迫って来て、私は闇に向かい手を伸ばした。



「剛さ……」




眩い白い光が瞼の裏まで照らした瞬間に、力強い腕が私を抱き締めた。




「良かった……
菊野……」



薄れ行く意識の中、その低い声に、私は身体を震わせた。



(――剛さんじゃ、ない……

この腕の力に、煙草の匂い……


私……が……今……


逢いたいのは……



貴方じゃない……の……に)




「――悟志……さん……?」



そう呟き、私は眠る様に崩れ落ちた。






――――







――私は、夢を見ていた。





暗闇の中で、小さな燭台を持ち歩いていた。


蝋燭の火は頼り無く、歩を進める毎に揺らめいて消えそうになる。



何処へ向かって歩いているのか。



そう、私は、ふたごの星の兄弟を探しているのだ。



一体いつからこうして探しているのだろうか?



ふと目眩を覚え、バランスを崩してしまうが、右足を踏み外しそうになり身体中が総毛立つ。



私は、細い細い、一本道の上を歩いているのだ。



やっと人が一人、通れる細い細い道。



道の下は深い崖で、ここから落ちたら、まず這い上がる事は出来ないだろう――




私は、小さな少女の姿になっている。



視界に入る自分の小さな手や足が、微かに震えていた。









私は、離れた場所から、幼い自分を見ていた。


(あ、危ない……
何故、そんな危ない場所を通ろうとするの?)



幼い私が、こちらを振り返り、真っ直ぐに見る。


『ジョンとマルコを見つけて、お家に連れて帰るの』



(その先には、魔女が居るのよ――?
あなたが食べられちゃうわ!)



幼い少女は、唇を震わせながらも、キッパリと言った。



『魔女は、火が苦手なの。
もし襲いかかってきたら、蝋燭で魔女を燃やしてやっつけるから……』



(駄目……
駄目よ!危ないから戻って!)



私が必死に呼び掛けるが、少女は首を振る。



『ふたごが……待ってるの。
私の助けを待ってるの』










少女は前を向いて、一歩一歩進み始めた。



私は、走って止めに行こうとするが、身体が動かない。



(今なら、引き返せるから……
戻って!)



叫んだ時、少女の目の前に巨大な木が突然現れ、行く手を塞いだ。



木は風に揺れ、木の葉が無気味にさざめき、枝の先から次から次へと新しい芽が生えて、大きくなっていく。



『そこをどいて……!
私は行かなくちゃならないの!』



少女が叫ぶと、木はミシリ、と神経に触る音を立て、幹からぎょろりとした巨大な眼が一つ姿を現した。




(ひっ―――)



私は、その眼を見た途端金縛りになった様に身体が固まってしまうが、少女は果敢に向かっていく。



『――お願い、そこを通して!
ふたごが待ってるの……
泣いて、私を待ってるの!』







巨木が瞬きをすると、睫毛の動きで強風が吹いた。


少女はよろめき、足を踏み外してしまう――が、辛うじて手で掴まり、踏みとどまる。



(――!大変……!)



私は、動こうともがくが、思うようにいかない。



少女は指先に力を込めて、歯を食い縛り耐えているが、限界は近い。



今や、少女の身体を支えるのは両の手の小さな指先だけだった。



巨木の眼が、せせら笑う。



『……自分の身も守れない奴が、他の人間を助けられると思うなど、なんて愚かな事……
ヒッヒッヒ……』



『お願い、そこを……どいて……』



少女は、苦悶の表情を浮かべるが、巨木の眼はおぞましい光を放ち、少女の目を眩ませる。



『あっ――』



少女の指が離れ、闇に堕ちていく。





(きゃああ――――っ)



私は顔を掌で覆い叫んだ。



巨木の化け物の高笑いが響く。


あまりのおぞましいその声に耳を塞ぐが、鼓膜の中から声は入り込み、私の身体を恐怖で支配しようとする。




『ほ~ら……
無茶な事をしようとするから、こういう目に遇うのさ……
お前もわかっただろう……
怖がりな甘ちゃんは、とっととお家にお帰り……ヒーッヒッヒ』




私は、キッと巨木を睨み、言い放つ。



(私は――
あきらめない!
……何があっても……
後悔しない!)



『ほう……?
その身体を引き裂かれてもかい?』



巨木は、眼を緑に光らせ、枝の触手を伸ばし、私の喉元を突っついた。



(――こ、こんなの平気よ!
どうせ夢なんだからっ!)








巨木は、ゲラゲラ笑う。


『いかにも……
だが、現実はどうだ……
お前のしようとしている事は……

皆が本当に幸せになる選択なのか?

ん?』



(……な、何が言いたいの)



『自分が一番良く分かっているだろう……え?
……お前が、剛をどんな目で見ているのか……』


心臓が大きく跳ねた。


そうだ、私はもう、彼を子供として見ていない。
息子と思う事など出来ないのだ。



『……道を踏み外したら……
まっ逆さまだよ?
その覚悟はあるのかい――?』



剛の、悲しげな、でも綺麗に澄み切った瞳が脳裏を過ると、私は拳を胸の前で握り締め、渾身の力を込めて叫んでいた。




(どうなっても……
構わない……
だって……
私は、彼が欲しいの――――!)








――――






「ほし……い……のっ」



手を伸ばすと、力強い温もりに包まれて、暗闇に一筋の光が差した。



「……野……
菊野……!」



「……さと……しさん?」


見慣れた寝室の天井と、心配そうに見る優しい夫の顔が目の前にあった。



悟志は長い溜め息を吐くと、私の手を強く握り締めて呻く様に言った。



「良かった……
菊野……」



私は、どの位眠っていたのだろうか?



時間の感覚がまるで無かった。



身体を起こそうとするが、目眩に襲われ、またベッドに沈んでしまう。


悟志が髪を撫で、目を覗き込み笑った。



「何か、食べるかい?
……実はね、お粥の次はうどんに挑戦したんだよ……」



得意気な悟志に私は思わず笑った。



「……おや、その顔は僕の腕前を疑ってるね?
見ててご覧、とびきり美味しいうどんを作ってあげるからね!
ちょっと、待ってなさい」


悟志は腕捲りをして寝室を出て行った。








私は自分の掌を眺めた。

夢の中で、手を伸ばしたが、何か掴めたのだろうか?



寝返りを打つと、壁の時計が目に入った。



――二時?


二時とは、夜なのか昼間なのか、遮光のカーテンをピッチリ閉めているから分からない。


私は、震える二の腕に力を込めて何とか起き上がると、ベッドから降りた。



いつの間にか、パジャマに着替えさせられている。


真新しい、赤とピンクのギンガムチェックのショートパンツのパジャマだ。


襟ぐりが開いていて、胸元には可愛いリボンが結ばれている。



(……なんか、女子高生が着そうなデザイン……
ママが買ってくれたのかな?)



私はよろめきながら、カーテンを開けた。


外は真っ暗だった。







ポツポツと灯りが点る景色を見ながら、剛の事を考えた。


勇んで遊園地に誘ったのに、お化け屋敷で倒れてしまうなんて……


剛の声がして、悟志に抱き締められた記憶があるけれど、一体あれはどういう事なんだろう。

悟志は、遊園地に行けないと言っていたのに……



剛は、今頃眠っているだろうか……


今度という今度は、完全に呆れられただろう。


(私が誘ったのに、こんな事になってしまって、申し訳なかったな……)



園長先生にも、謝りに行かなくてはと思い、私は自分のバッグを探り、スマホを出した。



ピカピカ光っている。



真歩からのメールだった。







「……真歩?
何だろう……」


画面にタッチして文面を読むが、背中が冷たくなって行った。


嫌な動悸が始まり、額に汗が滲む。



何度もそのメールを読み返すが、何度読んでも現実とは思えなかった。



キッチンから、悟志の呼び掛ける声がして、スマホを持つ手が大きく震えて落としてしまう。


「――菊野?
卵は"かきたま"
にする?
それとも"ぽとり"
て落とす?」



「あっ……う、うん……じゃ、じゃあ……かきたまで……」



「了解~」



悟志の鼻歌を聞きながら、私はまだ震える手でスマホを拾い上げた。








「出来たよ~!
さあ食べ……」


悟志は、鍋とお椀を載せたお盆を持ってくるが、その目を少し曇らせてテーブルにお盆を置き、私の額に手を充てた。


私は思わず身体を固くしてしまうが、悟志は安堵した様な溜め息を吐いた。



「顔色が良くないけど……熱は無いみたいだね……」


優しいその笑顔が、今は堪らなく怖かった。


けれどそれを隠す為に、私は何とか笑ってみせる。



「う、うん。
多分お腹が空いたせいかな?
うわあ、美味しそう!
いただきます!」



私は、掌を合わせて拝むとお椀にうどんをよそった。


手が、まだ震えている。








「寒いのかい?
何か羽織る?」


悟志に言われるが、私は努めて平静を装い、うどんを一口啜る。


「大丈夫だよ!
……美味しい……!
身体が温かくなってきたかも……
悟志さん、ひょっとしてお料理教室でも通ってる?」


悟志は、嬉しそうに目尻を下げた。



「良かった……
いや、それは企業秘密だよ!ふふ」



「え――?
教えてよ~
……本当に美味しい!」



私は笑い、うどんを啜り頷いてみせる。


――普通に、振る舞えているだろうか?

と、思いながら。




『隠し事は、あんたには無理ね~』


真歩の言葉が甦る。


そうなのかも知れない。けれど、私は既に大きな秘密を持ってしまっている。


――この胸の中にある、想い。


剛への、熱くて苦しい想い……



誰にも、知られてはいけない。



時には、自分にも嘘を付かなくてはならない……








鍋から立ち上る湯気の向こうの優しい笑顔を見れずに、私はひたすらうどんを食べていたが、ふと、悟志が口を開いた。



「……仕事が早く終わってね、遊園地へ行ってみたんだ……
そしたら、祐樹と、あの……男の子」



「……」


私は無言で汁を飲み込む。


「剛――くん、だったね」


その言葉が、妙に重い響きを持って胸に迫るが、私は素知らぬ振りをするしかない。



「うん……そうだよ……
お化け屋敷で、競争してたの……
どっちが早く出られるか」


私はうどんを完食し、箸を置き悟志にペコリと頭を下げた。



「御馳走様でした。
ありがとう……悟志さ……」



顔を上げた時、目の前に悟志の胸があった。









力強い腕でぎゅうと抱き締められ、息苦しさを覚える程だった。



「……祐樹と剛君が、君がまだ出て来ない、と心配してお化け屋敷の前で右往左往していて……」



「ごめんなさい……」




悟志の腕の力が更に込められて、私は恐怖を覚えた。



「……良かった……
こうして、君が無事に帰って来て……」



「……大袈裟だってば……」



「君は、何も分かっていない!」



頭上で響く、かつて聞いた事も無い悟志の鋭い怒鳴り声に、私は一瞬呼吸する事を忘れた。



悟志の腕の拘束が解かれたと思うと、身体を抱き上げられ、ベッドへ倒される。






「悟志さ……」


身体を起こそうとする前に、覆い被さられて首筋に歯を立てられ、私は悲鳴を上げる。



この先何をされるのだろう、と震えた時に、悟志は肩先に顔を埋めたまま、嗚咽を漏らし始めた。



「――っ」


驚く私の頬を大きな指が優しく撫でる。


「僕は……
本当に……怖かったんだ……
君にもし何かっ……」


涙目で見つめられ、胸が痛くなるが、心の隅にはまだ恐怖が残っていた。


悟志は、私にしがみつき震えている。



こんな彼を見るのは初めてで、どうしたら良いのか分からなかった。



「ごめん……なさい……
心配をかけて……」


そう言って、彼の髪を撫でた。







悟志は顔を上げ、私の手を握り締める。



「あんなに……怖がりな君が……
お化け屋敷なんてっ……無茶をして……
喘息の発作で呼吸困難になるところだったんだよ?
君にもしもの事があったら……祐樹はどうなるんだ!」



「……本当に、ごめんなさ……あっ」



また、強い力で抱き締められて、私はそれ以上喋れなくなる。



「菊野……っ菊野……
君を……どんなに僕が大事に思っているのか……
分かっているのか……!」



頬を両手で挟み、悟志の方を向かせられ、私は彼を見つめるしかない。








悟志の男らしい顔が歪み、呻く様に呟いた。

「……頼むから……
無茶をしないでくれ……
僕の側に居てくれるなら……
君が例え……何をしていても構わない……
だから……」



その言葉に、背筋に寒気が走り、私は真歩からのメールの文を頭の中で反芻しながら、精一杯とぼけてみせた。



「やだ……悟志さんったら……
何の話?ふふ……
私は……ずっと悟志さんの側にいるよ?」




『菊野、身体は大丈夫?
実はね……
悟志さんには内緒にしといてって言われてたんだけど、私、悟志さんと一緒に遊園地に来てたのよ。
なんか、あんたの事が心配だからって、一緒に様子を見に来てくれって頼まれてたの……

そんなに心配なら、普通に最初から家族で行けばいいのにねえ?


ごめんね?
つい、賄賂に釣られちゃったの!

……なんか、菊野が、あまりにも剛さん剛さん言うから、変な疑いというか……まあ、ヤキモチ妬いてるみたいよ?

まだ小学生の男の子にヤキモチ妬くとか、笑っちゃったわ。

菊野、つくづく愛されてるわね~(笑)


そうそう、賄賂に
"ムーンバックスコーヒー"
のスペシャル優待券貰ったのよ!
今度一緒に行こうね☆

じゃあ、お大事に~


真歩』










「菊野……
本当かい?」


悟志が、涙を目に浮かべて切なく見つめ、掌を首筋に滑らせて来て、私は身体を震わせてしまう。


「ん……ん……
当たり前……でしょう?」


(――悟志さんは、私を疑って、見張って居たのだ。
私だけでなく、祐樹にまで嘘を付いて……

真歩まで巻き込んで……
真歩が私に話すかも知れない、とは考えられなかったのだろうか?

……それとも、真歩が私に話す事まで見越していたとか……?


それで、私の反応を見ようとして……?)




悟志に首筋に唇を這わせられながら、頭の中は忙しく考えを巡らせていたが、彼の指が太股へと移動して、敏感な蕾をまさぐり始め、私は甘く声を漏らす。







悟志は右手の指で蕾を愛撫し、その巧みさで私を溢れさせ、左手は胸のボタンを外し乳房をはだけさせ、唇に突起を含み舌で転がす。



「あ……ああ……っ!」


胸の中に暗雲が広がりつつあるけれど、彼に与えられる刺激に私は反応してしまい、乱れて彼にしがみついた。



「菊野……
好きだよ……」



悟志は、上擦る声で囁きながら自らも服を脱ぎ、大きく反り勃った獣を、濡れた蕾に押し宛てた。



「あっ……ん……
悟志さ……っ!
はや……く……」



身体から込み上げる甘く淫らな欲に私は支配され、彼に突き上げて欲しい、と自らの腰を動かしてねだると、悟志は顔を歪めた。


「菊野……っ」


そして、一気に貫かれ、烈しい律動が始まった。








悟志の浅黒い大きな指が胸の膨らみを巧みに揉みしだき、円を描く動きで私を掻き回す。



「あ……あああ……
ダメっ……そんな……ダメぇっ」



狂ってしまいそうな快感に、私は声を限りに叫んでしまう。

真夜中とは言え、隣の子供部屋で祐樹が寝ている。

起こしてしまうかも知れない、と思うのに、声を抑える事が出来ずに、悟志にしがみついてはしたなく喘ぐ。



悟志は、突き上げながら微かに笑って、私の頬に触れた。



「大丈夫……
今夜は……君の実家に祐樹を預けてあるから……
どんなに叫んでも……
かまわ……な……い」



更に緩急を付けた動きで突かれ、蕾の中はジュクリと溢れ、二人の快感に拍車をかけていく。







悟志は、口の端を上げて最奥まで貫き、溢れる泉を掻き回し水音を立てさせた。

もう、正常な思考が出来ない程に乱れる私の耳に低く囁く。


「素敵だよ菊野……
最高だ……うっ……!」


眉を歪ませて、身体を仰け反らせるが、目をキツく閉じて爆発しそうなのを悟志さんはやり過ごして居るが、私は緩やかになった夫の動きが焦れったくて、自ら腰を振った。


途端に、甘い快感が再び押し寄せる。



「あ……ああっ……」


「うっ……
菊野……っ」


一度動きを止めた悟志も、堪らず烈しい律動を再開し、寝室には熱い吐息と水音が響いた。








喘ぎながら私は、今までの自分には考えられない事をしている自分に、今更呆然としていた。


自分から、更なる快感を求めてはしたなく腰を振るなんて――


私は、悟志以外の男性を知らず、悟志も今までは私を腫れ物を触る様に扱っていたのだ。


こんなに熱く、烈しく求められる事が、男女の
”愛している”
という証明なのだろうか。


こんな感覚は、今まで、知らなかった。


切なく、熱に浮かされた様な悟志の瞳は潤み、私を見つめ、愛を囁く。


「可愛いよ……
好きだ……菊野……」



悟志に一層深く貫かれ、大きく揺さぶられ、私は呼吸するのさえ困難になり、ただ快感に喘ぐしかない。



「あ……っ……やあっ……」








悟志に揺さぶられながら、私は甘く叫び続ける。


指で花弁を摘ままれ突き上げられ、キュウッと最奥が締まり、止めどなく熱く濃密な蜜が溢れ出して、悟志と私は同時に痙攣する。



「……菊野……
彼……は」



「ん……んっ……
なあ……に?」



「剛君は……
こんな……風に……
出来ないだろう……?」



快感に震えながら、悟志の瞳の奥は底知れず赤く燃えていた。


私は、瞬間背中が凍るが、頂点まで昇り詰めた快感の方が勝り、二人は同時に果てた。









熱い精を受け止めながら、私の胸はけたたましく鳴っていた。


(今……
今、悟志さんは、何を?)


呆然と見上げる私を悟志は燃える様な目で見ていたが、くしゃりと歪ませると、私の胸に顔を埋めてきつく抱き締め、啜り泣いた。



「ごめん……
ごめんね……菊野……
冗談だよ……
そんな……泣きそうな顔をしないでくれ……」



「――えっ……」


私は、自分の頬に涙が伝っているのに、初めて気が付く。


――私は、何故泣いているの?


悟志の言葉が蘇り、今更ながら胸が抉られる痛みを感じた。



『剛君は……
こんな風に出来ないだろう?』



彼の美しい瞳、そのしなやかな指を思うだけで、胸が躍り、そして締め付けられる。


私は、彼を引き取り一緒に暮らす事は出来ても、成長する彼を見守る事しか出来ない――



悟志が私を抱く様に、彼もいつか、他の女性を愛する様になるのだろうか――



「……ひっ……く」



そんな当たり前の事に思い当たると、私は肩を震わせてしゃくり上げていた。







悟志の抱き締める力が更に強くなる。


「ああ……
泣かないで……
本当にごめんね……
僕は何を言ってるんだ……
こんな悪い冗談を……」


(剛さんは、何年か後に、こうして泣く女を腕の中で宥めたり、するの――?

……嫌だ……
考えたく……ない)



せりあがってくる切ない涙を止められずに苦しくしゃくり上げながら、私はやっとの思いで話す。



「ほ……本当にそうね……悟志さんったら……酷い……ふふ……」



何とか笑ってみせたが、また嗚咽が洩れて、悟志はそんな私を見て顔を更に歪めた。



「菊野……
ごめんよ……
おかしなヤキモチなんだ……
忘れてくれっ……」



「……悟志さ……」



悟志は、私の両手を握り締めてキスした。








悟志は、母親に置いて行かれた小さな子供みたいな顔をして涙ぐんでいて、私は泣きながら吹き出す。



――悟志さん、ごめんなさい。


心の中で、私は目の前の優しい悟志に謝る。


心の中は剛への憧れで溢れているのに、貴方の優しさに甘えて、身体に与えられる快感に身を任せて気を紛らせるなんて、なんという卑怯な私だろう。



私は、悟志の涙を指で拭い、出来るだけ、甘い声で囁きかけた。




「もう……
二度とバカな事を言わないで?
私……悟志さんを……」


そこで、息を呑み込む。


「……愛してるから……だから……」



「――菊野っ」


逞しい悟志に、身体中で包まれ抱き締められる。



私は、彼の腕の中、虚ろな目で部屋の暗闇を見ていた。



(――こうするしか……ない。
私は、こうして生きていくしか……)




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