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君の罪は、僕の罪

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その晩は、祐樹は泊まりの外出で疲れたのか、夕飯を食べて直ぐ、寝に子供部屋へと行ってしまった。


夕飯のひととき、剛は悟志にいつも通り接している様に見えた。


剛が最近食事を作る機会が多かった為か、二人は料理談義に花を咲かせていた。


悟志も密かに料理を勉強しているらしく、時々本を読んでいるのを見たことがあるが、私には絶対に教えてくれない。


結婚当初は、全く家事が出来なかったのに、私が体調を崩した時に料理をしたのがきっかけで、どうやらその道に目覚めたらしい。



「定年までに免許をゲットしてお店でもやろうかな~」


と、冗談混じりに剛に話しているのを聞きながら私は洗い物をしていたが、手を滑らせコップを割ってしまった。



「――痛っ」



二人が弾かれた様に私の方を振り返る。






左の人差し指から赤い血が滴り落ちる寸前、剛は素早くその手を掴み、口に含んだ。


心臓が大きく跳ね、途端に早鐘を打ち始めるが、射る様な悟志の視線に背筋が冷たくなり、私は固まってしまう。


剛は、身体を強張らせた私と、険しい目を向ける悟志に気付き、指から口を離し微笑する。


「応急処置ですよ……」


「……っ」


私は、思わず彼の手を振り払ってしまう。


瞬間、剛は瞳を揺らすが直ぐにいつもの冷静な表情に戻り、言った。


「片付けはやって置きます……
悟志さん、菊野さんの手当てをしてあげて下さい」


「ああ……ありがとう」


悟志は剛から視線を逸らさないまま私の肩を抱き、寝室へと向かった。







寝室の照明を点け、悟志は私をベッドへ座らせる。


救急箱から消毒とコットンを出し、私の左手を取りそっと傷口に当てた。


「痛いかい?」


「うん……大丈夫……」


「止まったかな……」


「ありがとう……」


「……一番いい役を、剛に取られたな」


彼は、絆創膏を指に貼りながら呟いた。


軽口を返す事が出来ずに絶句してしまう私をじっと見詰めるが、突然両の手首を掴んできた。



「きゃっ……な、何」


悟志の目が、今まで見た事の無い色をしていた。


「どうしたんだ……これは」


私はハッとする。


手首に、剛に強く掴まれた痕が残っているのだ。


悟志は私の目を覗き込み、声を震わせた。



「……菊野……
何故、そんなに怯えている?」



彼に言われ、私は自分が身体も唇もわななかせていた事に気付いた。






「菊野……
どうしたんだ……」


「な……な、何でも……っ」


私は首を振り笑おうとするが、意志とは反対に勝手に涙が溢れてくる。


悟志は私の手首を掴んだまま詰問する口調で言う。



「――この腕は、何故こんな風になっている? 」


「……それは」


「まさか……誰かに、何かをされた……のか」


「――!」



私は、身体を一際大きく震わせてしまった。

それはつまり、肯定の意味だと悟志は解釈する。


「菊野……っ!」


悟志は私を押し倒し、組み敷いた。


「悟志さんっ……!
違う……違うのっ……
何でも……」


「何でもなくて、そんな風に泣くのか!
誰だ!誰がこんな――」



悟志は、不意に口をつぐみ低い声で言った。



「……剛……か」



私の全身が硬直する。






悟志は私を組み敷いたまま手を離し、頭を振りこめかみを押さえ大きく息を吐き、吸い、また吐いた。

拳を握り、胸の前で組み、瞼を閉じて歯を食い縛り苦悶の表情で呻く様に私に聞く。


「菊野……
剛が……君に何かっ……した……のか」



「ち……ちが……違いますっ」



必死に否定するが、後から後から流れる涙が言葉の嘘を証明していた。



「君が言えないなら、剛に聞く」



悟志はベッドから降りると、ドアノブに手を掛けた。



「や……やめて」



私は、悟志に追い縋り止めた。



「……何も無いなら、彼に聞いても不都合はないだろう?」



悟志は背を向けたままで低く言う。



「だ、ダメっ!
疑ったりしたら……剛さんが傷付いてしまうわ……」


私は必死に哀願した。


いつもなら、私のお願い事を聞いてくれる。


”菊野にそんな顔で言われたら……
聞くしかないなあ”


包み込む様な笑顔で、承諾してくれる。




だが、悟志は燃える様な目を向けこう言った。



「分かった。
彼に聞けないなら、君の身体に聞く」








悟志は振り向き様に、私のエプロンのリボンをほどいて脱がし放り投げる。


「や……止めて」


逃げようとドアノブを掴むが、後ろからブラウスを強く掴まれビリビリと引き裂かれた。


「いやあっ」


手ではだけた胸元を掻き集めるが、悟志に掴まれ左右に広げられ、舐める様に見詰められる。




「……この格好で、剛に助けを求めに行くのかい?」


「さ……悟志さんっ」



私が涙目を向けても、彼は顔色を変えない。
ただ、その瞳の中は蒼い焔が揺らめいていた。




「胸の周りにも……
痕がある」


「――っ」




昨夜と今日の昼間、剛に愛を囁かれ、触れられた痕跡があちこちに付けられている。




「他の場所はどうだ……」

「や……いやっ……
止めて!」




悟志は私を抱えてベッドへ乱暴に倒し、スカートを剥ぎ取り太股を掴んだ。








「やあっ……」




叫んでも泣いても、悟志は許さない。

太股をゆっくりと左右へ広げ、際どい場所に付いた痕を見て、唇を歪める。



「……身体を、剛に許したのか……」

「悟志さん……
ち……違うの……」



泣きながら、胸の中で二つの想いがせめぎあっていた。



――違う、違う……
私は、貴方の妻……
剛との事は、もう心の奥底に閉じ込めて、私は西本家の妻として、母として、これまで通り生きていくから…

剛に揺れた心を、何とか封じ込めてみせるから……だから、許して――




――違わない。
何も違わない。
私は、剛に愛され、嬉しいと思っている。
だから、拒めずに、身体を触れる事を許した。
幾度も、数えきれない程口付けを許し、身体じゅうに触れられ、私は恋する男に求められる悦びに震え、喘いだ――







「見ただけでは分からない……
今から……調べてあげる……」



悟志は目をぎらつかせシャツを脱ぎ去ると、ベルトをガチャガチャ音を立て抜き取りズボンを膝まで降ろす。

トランクスから突き出てしまいそうに屹立している獣の形を目にして、私は恐怖に震え、同時に身体が熱く熟れていく。



――怖いのに……
嫌なのに……
どうして私……っ……



「いやっ……止めて……止めっ」


「剛はどんな風に君に触れた……ん?」


「ああっ」



悟志はブラを乱暴に押し上げると、乳房に吸い付きながらまさぐる。




「ここにも……ここにも、彼の痕がある……」


「あっ……あん……
いやあっ……
お願い止めて……
聞こえたら……」



悟志の浅黒く逞しい指は、やわやわと巧みに膨らみを揉み上げ、唇と舌で突起を刺激する。




「聞かせてやればいい……君が、僕の物だと、分からせてやればいい……」



私の哀願を、彼は微笑ひとつで撥ね付け、ショーツの上から蕾を摘まんだ。


電流の様な快感が全身を駆け抜け、私は大きく仰け反った。



「ああっ!」







悟志は、布の上から蕾を摘まんだり撫でたり、焦らす様に太股をまさぐったりしながら息を荒くしながら私の耳元に囁く。



「イイのかい……?
彼の指とは、比べ物にならない位に良くしてあげるよ……」



「あっあっ……」



喘ぐ私を見下ろし、悟志はニヤリと笑うと突然手を止めて離れ、ビジネスバッグの中を探り始めた。


突然解放され、呼吸を整えようと胸を掌で押さえるが、悟志の愛撫で身体の中心は既に甘く淫らに疼いている。


彼が背中を向けたままバッグから何か黒い塊を出したのが見えた時、
"ギイイ――ン"


という機械音が響き、私は何事かと目を見張る。


悟志はクツクツ笑いながらゆっくりと振り向き、黒い塊を手にベッドへ上がって来た。








私の目は悟志が手に持つ、黒く艶々と光り微かに振動する塊に釘付けになる。


「や……やだ……
そんな物……止めて……」



後ずさるが、ベッドの上で逃げ場がある筈もなく、私は呆気なく押し倒され手首を一つに纏め上げられる。


悟志が黒い塊を私の鼻先まで近付け見せ付ける。



「覚えているかい……
君が、泣いて嫌がったやつだよ……」



「――っ」



記憶が甦る。
新婚当時、悟志が突然玩具を出して、私に使おうとした事があった。


私がセックス自体が好きでなく、そんな物を目にするのも初めてで恐怖に泣き叫んだ為に、彼は使うのを諦めたのだ。




"ゴメンね菊野……
君が嫌なら、絶対にしないから……
もう、怖がらせたりしないからね……"



あの夜、怯えて泣く私を優しく抱き締めた悟志はもう居ない。


目の前に居るのは、嫉妬と凶悪な情欲に支配された男だ。







「いやっ……怖い……
止めて……悟志さん……止めて……!」




首を振り懇願するが、悟志はベッドの脇に畳まれて置いてある、ピンクのキャミソールとショートパンツに視線を移し目を一層ぎらつかせ低く笑いながら言う。



「ふふ……
怖い事は何も無いよ……
あの頃の君と、今の君は違う……

あれを着て……
十五歳の義理の息子を誘惑する程までに、淫らな女になったんだからね……」



――しまった、と思う。
悟志に
"また着て見せてよ"
と言われる度に拒否していた、セクシーな部屋着。

昨夜着て洗濯をし、迂闊に出したままだった。



「ご……誤解よ!
そんなつもりじゃ……
ああっ!」



悟志は、電源を入れた黒い玩具をショーツの上から押し当てた。


経験した事の無い快感に、私は絶叫する。






「――――っ!
……っ……!
―――――」



正気を保つのが困難な程の快感に苛まれ、身の置き所が無く身体を捩り、涙を流し声にならない叫びをあげた。


悟志はスイッチを弱にしたり強にしたりして、私の敏感な場所を巧みに責めながら低く笑う。




「ほらね……やっぱり、感じてるじゃないか……

もっと早く使って君をイカせてあげれば良かったね……

そうしたら……
剛とこんな事をしなくて済んだかも知れないのにっ……!」




悟志は玩具と指で同時に私を責め始めた。


蕾から止めどなく淫らな蜜が溢れ、更に快感に拍車をかけ、悟志を興奮させる。






「どう……菊野?
……剛にされるのと……どっちが……いいか……
答えてごらんっ……」


「い……あっ……
違……違うわっ……
ああっ」


「……素直に言わないなんて菊野らしくないね……
……これならどうかな……」


悟志の指が素早くショーツを足首まで下げ、蜜口へと当てると、中へと震える玩具を少しずつ押し込む。


「ひっ――――」


何が起こったのか分からなかった。


衝撃が脳天まで走り、私は気を失った。


悟志は、ぐったりする私の太股へ手を滑らせ、溢れる蜜を確かめる様に指で伸ばし、ゴクリと喉を鳴らす。



「……今から、俺を満足させて貰うよ……
菊野……」


悟志は、太股を掴み膝を折ると、真上から一気に獣で貫いた。








突いたと同時に、悟志は快感に顔を歪め、呻く。


「くっ……菊野……っ」


更なる快感を得ようと、彼は烈しく律動する。

秘所を突かれると同時に乳房を指で弄ばれ、私は直ぐに目を覚まし、はしたない声を上げてしまうが、今、この扉の向こう、少しだけ離れただけのリビングに剛が居る事を思い出し、絶望が沸き上がる。


「いい声だ……菊野っ」


「あ……あんっ……
や、止めて……」


「止める訳が無いだろうっ……」


彼は、底知れぬ淫らな欲を私の身体に思う様ぶつけ、叫ぶのを我慢しようとする私を笑った。


「ふふ……
もっと聞かせてやればいい……
君が厭らしく感じる声をっ……
剛に――!」


烈しく揺さぶられ、私はまた意識を失いそうになるが、唇と舌を吸われて目覚めさせられ、また啼かされる。


「ああ……いやっ……
止めて……
もう止めてええっ」



絶叫すると、寝室のドアが強くノックされた。



「……盗人の息子が、君を助けに来たかな?」


悟志は、突き上げる動きを止めないまま、私の顎を掴み上を向かせた。



「ほら……剛に助けを求めてごらん……
なんなら、今、こうしているのを見せてやればいい……」


「……や……イヤッ……
そんな……」



涙を流す私を見て悟史は笑うと、獣を一気に引き抜き、また一気に中へと沈め、また引き抜き、また中へと沈めた。



「あ、あああ――っ」


叫んだ時、またドアがノックされ、剛の切迫した声が聞こえた。



「菊野さん……
菊野さん!
……悟志さん!
菊野さんに何をしているんですかっ……!」







「何をしているか……
だって?
ハハハハ……」


悟志は可笑しそうに顔を歪めた。



「剛さん……っ!
ダメ……来たらダメッ!……あっああっ」



様々な方向から突かれ掻き回され、私は声を上げてしまう。


「いやあっ……
止めて……あんっ……」



「止めてどうするんだ?
剛に続きを頼むのか……っ?
そんな事……
許さない……許さないぞ!」


「悟志さんっ……
違……」




悟志は、私の足首を掴み、肩に掛けると、一度引き抜いた腰を再び沈めた。



「やああああ――――っ」



「菊野さんっ……
菊野……!」



剛が叫び、ドアを叩く。







「つ……よしさっ……
ダメ……
あっちへ……あああっ」


「剛……っ!
良く聞いておけ……
菊野は……僕の物だ……
僕の……っ」



寝室から聞こえる菊野の悲鳴とも矯声ともつかぬ叫びと悟志の昂った声を、ドア越しに聞きながら剛は唇を強く噛み、呻いた。



「菊野さん……っ……
俺は……」



悟志が菊野の秘所を打ち付けているであろう、肉体がぶつかり合う音が耳に届き、カアッと下半身が熱くなると同時に、身悶える程の嫉妬で気が狂いそうになった。



「いやあっ……
もう……止めて……
ああ――っ」


「うっ……
凄い締まりだっ……
菊野は……何て厭らしい女なんだ……っ!」


「や、やや、やあ――っ……そんな事……
言わないでぇっ……」


「剛か……
剛が聞いているからか!
……そんなに、剛がイイのか……!」



「ああっ……
止めて止めて……
いやあ――っ」



ベッドのスプリングが壊れるのでは無いかと思う程大きな軋みが廊下まで伝わり、震動する。



「……クソッ……!」



剛は、拳を握り、衝動的に壁を殴った。







たったドア一枚。

自分と彼女を隔てるのは、このドアだけなのに。

今すぐ蹴破って、彼女を奪いたい。


だが、そんな事をする資格も権利もない。


それ処か、自分が恋情のままに彼女に触れた事で、彼女を窮地に追いやってしまったのだ。


剛は、ジンジン痛む掌を額に当て首を振り、ドアの前に凭れかかる。


いや、追い込まれたのは寧ろ自分だ。


――俺が菊野に何をしようと、悟志は菊野を離さないだろう。

悟志は俺に復讐するだろうか。


いや、今、復讐を実行しているのかも知れない……


彼女の身体を存分に犯す音を俺に聞かせて――




「……くっ……」



強く噛んだ唇が切れ、口の中に錆びた味が広がる。





※※



「これはどうだっ……」




悟志は私を俯せにさせ、腰を掴み後ろから一気に入ってきた。




「――――!」



瞬間果てそうになるが、両腕を掴まれ引っ張られながら烈しい律動が始まり、奥まで当たる感覚に私は感じ、泣き喚く。



「ああっ!
あんっ!
いやあっ!」


「剛とは……
何回、したんだ……!
どんな体位で……
言ってみろ……っ」



「もういやあっ……
止めて……っ」



悟志の猛りは私の中で時折ビクリと痙攣し熱を持ち、益々質量を増して圧迫する。


言葉と身体で責められ、私は涙を流し彼に赦しを乞うしかなかった。


――赦し?
赦されたら、それから私は、どうするのだろうか。

剛への想いを永遠に消せと命じられたら、それを出来るの?


水で流す様に、消しゴムで掻き消す様に、無かった事になるなど、あり得ないのに――






「お願……
悟志さ……
止めて……っ」



涙が、後から後からハラハラと落ち、ラベンダーのシーツに濃い色の点を描いていく。



「僕が……もう嫌なのか……
だから剛と……っ」



悟志の動きが速さを増して私の身体が烈しく揺れる。



「あっ……あっあっ……
ヤメッ……」



「――菊野っ……!
僕は……
君を愛してる……
誰より愛してるんだ……っ」



悟志は叫ぶと同時に渾身の力で獣を中へと押し込み、熱い精を吐き出し、私も果てた。




「ああっ――」


「…………ッ!」



悟志は身体をブルリと震わせ、精を残らず出し切るかの様に腰を廻し、振った。



「……はあっ……はあ……う……うう……ああ……」



俯せになりシーツを掴み泣き出す私の背中に、悟志が被さって来て、反射的に震えてしまう。



「……僕が、怖いかい?
憎いかい?」



悟志は、今しがたまで狂った様に私を犯していた男とは思えない程、優しく背中から包み込む様に抱き締め、囁いた。








苦しい嗚咽で私はまともに喋る事も、相槌も打てず、涙を流す。

悟志が私の背中に唇を押し当て、呟いた。




「菊野……
僕の前から……
……消えないで……く……」




消え入る様な声が途切れ、背中がズシリと重くなり、私は顔が枕に埋もれてしまう。

手を突いて何とか身体を起こすと、悟志がその弾みでゴロリ、とベッドから転げ落ちた。



「さ……悟志さん……?」



驚き、ベッドから降りるが、彼の蒼白な顔色と、目の焦点が合っていないのを見て、私は息を呑んだ。



「……くっ……む……胸がっ……」



「さ……悟志さんっ!」



唇まで色を失い、いつも生き生きと輝くその目は左右違う動きをしていた。
身体が大きく痙攣し、悟志は床を転げ回り断末魔の叫びを上げ喀血(かっけつ)し、絨毯や壁が一瞬で赤に染まる。




「キャアアアアア――!」




私は叫びながら、血溜まりの中で横たわる悟志の手を取った。









「悟志さん――!
悟志さんっ!」




私の絶叫にただならぬ物を察したのか、剛がドアを開け入ってきたが、目の前の光景に言葉を失い立ち尽くした。


私は、悟志を抱き起こし、剛に言う。




「救急車……
救急車を――!」



剛は、青ざめながら頷くとリビングに走っていく。



「悟志さん……悟志さん…しっかりして……っ」



流れる涙が血で濡れた彼の頬に落ちた時、その瞼が僅かに開き、この場面に似つかわしくない、そして今まで見た中で最も優しい笑みを私に見せた。


だが、それは刹那の出来事だった。


再び瞼が閉じ、悟志の頬はみるみる間に生気を失って行った。




「悟志さん……っ」




呼び掛けても彼の唇は動かない。
握りしめたその逞しい手には、力の欠片も感じられない。



私は、彼の胸に顔を埋め叫ぶ。




「やだ……
嫌……いやあっ……
こんなの嫌――っ!」





遠くから聞こえる、途切れ途切れに響くサイレンが、やがて途切れた――


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