eyes to me~私を見て~second――愛は無敵――

ペコリーヌ☆パフェ

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マリッジブルー・プリンセス①

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 テーブルの上にはところ狭しとカラフルなスウィーツが並んでいる。


 桃子の華奢な指が小さなタルトを掴み、口へ運んだ。


 満足げに頬を緩めるのも束の間、直ぐに眉を寄せてしかめ面になり、ブツブツ文句を言い出す。


 桃子を宥める為に三広はラウンジでデザートを振る舞っていたが、桃子はメニューのスウィーツ全種類を制覇するのではないか?という勢いで次から次へと食べ続けている。


 三広も甘い物は好きな方だが、流石に見ているだけでお腹一杯で、苦い珈琲を啜りながら唖然として桃子を見ていた。



「……ああっ!本当に気分悪い!こんなに立派なホテルなのに、従業員がなってないわね!」


 ケーキを頬張る桃子の頬にクリームが付いていて、三広は指で拭って笑った。



「桃ちゃん、お腹壊すよ?」





 桃子はフォークでガナッシュを突き刺し大きく口を開けた瞬間だったが、三広を見て動きを止めみるみる内に頬を鮮やかに染めた。



 三広はクリームの付いた指をペロリと舐めると


「うん、やっぱり甘いね……ん?これって酸味がある?……レモンかなあ?」と呟き桃子の紅い顔を見て笑った。


 桃子は居心地悪そうにフォークを皿に置くとアイスティーのストローに口を付け、ニコニコしている三広をちらりと見てまた更に紅くなる。



「桃ちゃん?熱でもあるの?」


 三広が掌で桃子の額に触れると、彼女は目を見開いて咳き込んだ。



「だ、大丈夫?」



「ゲホ……う、うん……」


三広が腕を廻し、桃子の背中を擦るが、まるで抱き締められる様な体勢になり、桃子の視界には三広の喉仏が見える。


華奢な彼の首には不釣り合いな程、存在を主張したそれは、唐突に桃子に彼の猛りの熱さを思い出させ、身体が益々火照っていく。






 三広は、身体を固くする桃子に怪訝な表情をするが、掌から伝わるその熱さに慌てた。



「も、桃ちゃん、やっぱり具合が良くないんじゃないの?……取り敢えず、クスリ!薬をフロントで貰って来るよ」



「……待って!」



 席を立とうとする三広を引き留めようと、桃子は咄嗟に彼の髪をワシッと掴むが、三広は痛みに絶叫した。



「ひぎゃああ」



 耳をつんざく三広の悲鳴に、ラウンジでお茶を飲んでいた客達が何事かと振り向いた。



 桃子は痛がる三広の頭を撫でながら、周囲にペコペコお辞儀した。


「すいません……な、なんでもありません」


 桃子の掌に残る三広の抜けた髪を見れば大事(おおごと)なのだが……



「ゴメンね?三広君……」


「う、う……うん……」


 三広は頭を押さえ涙目で笑った。






 桃子は、怒りに任せて彼氏に暴飲暴食する姿を見せてしまった事を今更後悔していた。


(久し振りに会えたのに……私ったら……マイカちゃんと女子会してるみたいなノリになっちゃった……こんなんじゃ、嫌われちゃう……)



 桃子は"女の子らしく振る舞って大和撫子を目指す!"という決心を昨夜したばかりだった。


 美名の結婚が決まり、桃子も自然とそういう事を意識する様になり、

 "お姉ちゃんは今や立派な芸能人=(イコール)式には沢山の有名人が来る=プリキーの美名の妹として姉に恥をかかせる訳にはいかない
=私も今から花嫁修業してしとやかな女性になろう!"という結論に至ったのだ。


 だが自分をそうそう直ぐに変えられる訳もない。


 大好きな美名と三広に久々に会えるという高揚感と、明日まで休みという解放感でテンションが高かった反動で桃子はドーンと落ちてしまった。


 シュンと下を向いてしまった桃子の顔を、三広は頭を押さえながら覗き込む。


「桃ちゃん……マジで、部屋で休んだ方がいいかも……て……ひぎっ!」


「み、三広君のエッチ――!」



 桃子がいきなり三広の顎に頭突きした為に、彼はその場に転倒してしまう。



「きゃ――!ご、ゴメンねゴメンね――!だってだって……へっ……部屋へ行くとか三広君が言うから私っ……」






 彼にドキドキするあまりにおかしな行動を取ってしまった自分に嫌気が差すが、嘆いている暇は無かった。


 倒れた三広の鼻からつつ、と鼻血が垂れて来て、桃子は青ざめる。


「ああっ……大変!」



 桃子が屈んで彼の身体を起こそうとした時、背後から低い耳障りの良い声がした。



「――お客様、大丈夫ですか」



 桃子が振り返り涙目を向けると、日比野が優雅な笑みを溢し胸ポケットからハンカチを差し出した。



「あ、ありがとうございます……か、彼を……彼を助けて下……」


 しゃくり上げる桃子に"大丈夫"と微笑み、日比野は三広の脈を測り胸の音を聞くと、軽々と彼を抱き上げた。



「気を失ってるだけの様ですね……お部屋までお運びします」


「は、はいっ」



 周りの人々が注目する中、三広を抱えた日比野は歩き出し桃子も後へ続くが、日比野の前に綾波が立ちはだかった。



「……綾波様?」



 日比野は目を僅かにしばたかせた。



 綾波は髪を乱しシャツを着てはいたがボタンが殆ど嵌められて居なかった。


 高級ホテルのラウンジには相応しいとは言えないいでたちだが、彼の瞳は煌々と輝き、その佇まいからは何とも言えない色気が漂う。


 その場に居合わせた女性客は眉をしかめる者も居たが、顔を赤らめる者も居た。






「綾波っ!なんて破廉恥なカッコしてんのよっ!」


 桃子が目を剥くが綾波は耳を貸さず、日比野の腕に抱かれている三広を見て眉をひそめた。


 日比野は静かに言った。


「軽い脳震盪でしょうね……彼を部屋へ運びますから、とりあえず道を開けていただけますか?」



 綾波は鋭い目を日比野に向けて一歩近付いた。



「俺が運ぶ」



「綾波様……?」


 首を傾げる日比野だったが、綾波の眼光に何かを感じたのか、三広を綾波に託し礼儀正しいお辞儀をした。



「――綾波様、宜しくお願いいたします。もし必要なら、医者を呼びますので……」



 綾波が無言で三広を抱えエレベーターに乗り込むと桃子も追いかけて来た。



「三広君……大丈夫かな……」


「心配ないだろう。疲れが溜まっていたのかも知れん……今日はこのまま休ませてやれ」


「うん……」



 エレベーターが閉まる瞬間、お辞儀をしていた日比野が僅かに顔を上げ綾波と視線が合わさり、二人の間に青く静かな火花が散った。






 美名は、その時ベッドの上でシーツにくるまり綾波がプレゼントしてくれた――ホテルに着く前に寄ったコンビニで引いた"バニッぴーくじ"で当てた
「ラストワン賞」の"しましまバニッぴー"を胸に抱き、不安げに彼が出ていったドアを見詰めていた。



 此処に来る道中は、あんなに楽しかったのに――と、溜め息を吐かずにはいられなかった。



「小腹が空いたな」


 と綾波はホテルに着く前にコンビニの"スクエアK" に寄り、好物の「激辛チキン」を買ったのだか、美名が店先に置いてあるバニッぴーを見て立ち止まる。



 そのバニッぴーは、黒とグレー、ホワイトのモノトーンの縞模様で、スクエアK限定モデルだった。



 バニッぴーが大好きな美名は思わず「カワイイ~」と声を上げ目を輝かせた。






 綾波は、そんな美名を見て頬を緩めるとレジの店員に人形を指差して見せた。



「あれを、欲しいんだが」


「一回五百円になります」


「むむ?売り物とは違うのか?」



 店員はクジの箱を出し綾波に引くように勧めた。


 いつの間にか美名は横で両手を組み、必死に祈っていた。



 綾波はクスリと笑い腕捲りし、息を吐くと箱の中へ右手を入れ、軽く掻き回し一枚紙を掴んで手を引き抜いた。



 店員がハサミで糊の部分を切り取り開くと「あっ」と声を上げ、小さなベルをカランカランと鳴らした。



「おめでとうございます――!ラストワン賞出ました――!」



 綾波はドヤ顔で美名にピースしてみせる。



「えっ……当たった?当てたの――!すごーい!」



 美名は店員からバニッぴーを受け取ると、嬉しくて跳び跳ねた。






「ありがとう剛さん……凄く嬉しい……!」



 綾波は無邪気に喜ぶ美名の耳元にそっと囁く。



「一発で当たるとは幸先がいいな……この勢いで……赤ん坊も出来るかも知れんな……ん?」



「――!」



 美名は真っ赤になり、綾波の背中をバシバシ叩くが、彼は屈託無く笑った。



 その笑顔に美名の胸がキュンと鳴る。




 最近の綾波は、以前と少し変わった様な気がする。


 出逢った時の様な、何処か張り詰めた鋭さや、時折見せる寂しい表情をする事が無くなった。



 柔らかく、包む様な優しさをその眼差しから感じるのだ。



 美名が喜ぶ事を先回りして用意してくれたり、美名が悲しむ事のない様に、今まで以上に心を砕いてくれているのが分かる。





「剛さんが元々優しいのは知ってるけど……」



 美名はベッドの上でバニッぴーを抱き上げ粒羅な瞳のその顔を見詰めて笑い、ふと真顔になる。



 まさか、こんな事になるとは思っていなかった。


 結婚式の打ち合わせに来たホテルで、見ず知らずの男性にいきなり唇を奪われ、掻き乱されるなんて。


 しかもその男性がここの従業員だなんて――


 だが美名は、あの男が日比野だと確信が持てずにいた。



 いや、日比野に違いないのだが、あの時の狂った様な甘美な口付けをした人物と、その後で現れた彼とのイメージが余りにも結び付かない。


 日比野はいかにも「良き社会人、良き上司」という風采で、道に外れた行為をする人物には到底見えない。



 だが、自分に口付けたあの唇も、焼ける様に見詰めたあの瞳も、形の良い眉も、彼そのものだ。



「信じられない……」


 美名は、バニッぴーを抱き締めて目を瞑り首を振る。





 バニッぴーの顔に、先程の綾波の表情が重なり、美名はまた深く長い溜め息を吐いた。


「剛さん……無茶しなければいいけど……」



 先程、日比野との一件を告白した時、美名は思わず目をギュッと瞑り身体を縮めたが、綾波は笑い出したのだ。



 唖然とする美名の鼻を摘まみ綾波は額をコツンとぶつけ、至近距離で見詰めて軽い調子で言った。


「何を言うかと思えば……こう言ったら何だが、今更なんだ?元カレの翔大の事か?それとも、バカ真理か?」

「……っ」



 美名は、首を振り綾波の澄んだ瞳を見詰めるが、上手く言葉が出てこない。



「う――ん?それともまさか、マンションにあいつらが押し掛けて来た時に俺の目を盗んで真理にチューでもされたか?だとしたら、ぶっ飛ばしてやるだけだがな」



「……ち、違……真理君じゃなっ……」





 美名の怯えた目に何かを感じたのか、綾波は笑いを止めた。


 額を付け合ったまま、美名が顔を逸らす事が出来ない様に両の掌を頬で挟む。



「つまり……どういう事だ?」



「……」



「いつもお前と一緒に居たし、お前に誰か近付かない様に俺は目を光らせていたつもりだ……いつ、何処で、誰がお前にちょっかいを出せる隙があると言うんだ?ん?」


 彼の切れ長の瞳に吸い込まれそうで、美名はこんな時にもかかわらず烈しく胸をときめかせる。


 綾波は、瞳を一瞬揺らし低い声で呟いた。



「そうか……このホテルで、お前と離れた時間があったな……まさかとは思うが、その時にか?」



 バクンと心臓が跳ね、美名は小さく頷いた。






 頷いた途端、美名の頬から彼の手が離れ、代わりに肩を押されてベッドへ沈められた。



「――!」



 美名は、彼の目が冷たく燃えているのを見て凍り付く。


 この目を以前も見た事があった。


 プリキーの長野合宿で美名を犯そうとした翔大を暴行した時の凶暴さが潜む目――



「剛さ……あっ」



 美名は、両手首を一つに纏められ、彼の手が首筋にかかると身体を震わせる。


 優雅ささえ感じさせる手付きで綾波は美名の白い首筋を撫でた。




「誰にやられた……触れられたのは……唇だけか?」



「……っ」



 美名は、彼の怒りに燃える表情に魅せられながら恐怖も感じていた。


 翔大を撲り、蹴ったあの日の綾波の姿が蘇り、首を振る。



「お願い……あ、危ない事は……止めて……」




 綾波は一瞬笑うが、直ぐに凍る様な瞳を美名に向けた。



「……危ない事?俺が……そいつを半殺しにするとか?」


「――っ」


 美名が涙を目に溜め首を振ると、彼は指先でその雫を拭う。



「……何故今、泣いている……?そいつを庇ってか?ん?」


「違……私はただっ……」



 綾波の、糸が切れたら何をするか予想が付かない危うさに惹かれているのも事実だが、今は彼のそんなところが怖くて仕方が無かった。



(お願い……剛さん……私……もう、何があっても揺れたりしないから……だから……)



 胸の思いを言葉にしたいのに、喉が詰まった様に声が出せず、美名は咳き込んだ。



「……大丈夫だ、お前が心配する様な事はしない」



 綾波は、美名の背中をそっと擦り優しく言った。



「つ……剛さん……」



 美名は、思わずしがみつく。






 綾波も、美名を胸に引き寄せて髪にキスをした。



「……どうせ、無理矢理やられたんだろ……?」


「……う、うん」



 あの口付けを思い出すと身体が火照る、等とは間違っても言えない。


 美名は彼の胸に顔を埋めたまま頷いた。


「で……?誰に?」


「……っ」



「まさか、全く知らん奴が襲ってきたのか?」



「……ひ」





 美名は、日比野の名前を口に出しかけるが押し黙る。


 綾波は、美名のそんな態度に目をキツく光らせた。





「……何だ?心当たりがあるのか」


「そ……それは」



 美名は何故か躊躇ってしまう。日比野の事を庇うだとか、そんなのでは無い。


 だが今にしてみるとあの出来事がまるで夢か何かの様にも思えて確証が持てない。






 綾波は、目をギラリと光らせ美名の身体を再びベッドに沈め組み敷くと、美名が抵抗する間も無く太股を掴んで左右に拡げた。


 

「……やっ……!」



 いきなりの事に、美名は恥ずかしさに悲鳴を上げるが、彼は脚の間に顔を埋め、唇と舌で巧みな責めを始める。



「ん……あ……ああっ」



 彼の吐息と絶妙な愛撫で美名は早くも絶頂に導かれようとしていた。



 綾波の切れ長の瞳が妖しい視線で秘蕾を犯し、尚も美名を狂わせようと指を沈める。



「やっ……ああっ!」




 今日の美名は、一段と敏感に反応している。

 綾波はゴクリと喉を鳴らし乱れる恋人の姿を愉しみながらも、尋問も忘れない。緩急を付けた動きで指を蕾の中へ出し入れしながら低い声で囁く。



「……誰に、やられた……」




 身体を時折仰け反らせながら甘い声を上げる美名だが、綾波の問いに答える事が出来ない程に乱れている様だった。



「……ふふ……そんなにイイか?」



 長い人差し指だけでなく中指も沈め掻き回すと、美名の瞳から涙が溢れる。




「やっ……ああんっ!」


「可愛くて……いやらしい姫様だ……お前を狙う悪い狼は……何処のどいつなんだ?え……?」


「ああっ……剛さ……んっ」




 美名は思わず腕を伸ばし、彼の猛りに触れる。


 綾波は顔を歪め、天井を仰ぎ唇を噛み締めた。



「――くっ……」



 美名の柔らかい指がそっと猛りの表面をなぞっただけで、綾波は狂った様な情欲に支配される。


 美名の太股を掴むと、自分の腰を割り込ませ一気に貫いた。





 核心を聞き出すまで虐めて焦らすつもりでいたのが、腕の中の恋人の淫らな乱れる様に我慢が出来なくなり、肉欲に敗北してしまった。



「あ……あっ……やっ……凄……いっ」




 美名は綾波の顔を見る余裕も無く、シーツを掴み烈しく喘ぐ。



 深く沈め、抜ける寸前まで腰を引き、また沈めて悩ましい動きで掻き回し、また腰を低くというやり方を美名が泣き喚くまで繰り返す。



「……お前の……全部……何もかも……俺の……ものだっ……」



 熱に浮かされた譫言の様に呟きながら烈しく掻き回し、自分が爆ぜそうになる瞬間、動きを止めて堪えると、美名は咎める様に軽く睨み、蕾に刺さる彼の獣の根本を握り締めた。



「――くっ!」


 刺激を与えられ、更に増大した獣を堰を切った様に高速で打ち付ける綾波は、最早尋問など頭に無かった。





「ああっ……剛さんっ……や……止めないで……っ」




 美名が綾波の胸にしがみつき切ない声を上げ自らも腰を振り、綾波は口の端を上げて低く笑う。



「誰が――止めるかよ……」



 一旦自分を引き抜き、美名の足首を持ち肩へ掛けると、真上から再び突き刺した。



「あ――やんっ……それ……ダメっ……!」


 
 美名が一番甘く狂い、そして綾波もよくなる態勢だった。



 息を乱し顔を歪め、長めの前髪が額にかかる彼の様に、美名はうっとりと見惚れながら彼の烈しい律動に酔い甘い息を漏らす。



「……ん……んっ……剛さ……ん、もっと……ああっ――!」



 綾波は、奥歯を食い縛ると、美名の乳房を鷲掴みにし揉みしだきながら更に深く突き刺した。





「――――っ!……あっ……あああっ」


「ふ……はっ……美名っ……!」




 風に舞う木の葉の様に飛んでいってしまいそうにベッドの上を跳ねる美名を綾波は抱き締めた。

 乳房に口付けながら深く烈しい律動を繰り返す内に、二人は絶頂に近付いて行く。

 綾波が動く度、蜜が溢れて内壁が収縮をし、獣を淫らに苛む。


 綾波は苦しげに呻いた。




「く……こんなに……っ……」


「わた……私……もう……っ……」



 美名の意識に白く靄がかかる。


 綾波は、自身も美名も壊そうとするかの様に烈しく打ち付け、身体を震わせた。


「ああっ!」


「――!」



 二人は同時に達し、綾波は美名の身体の上に崩れ墜ちた。





 荒れ狂う海面の様に波打ち軋んでいたベッドが、抱き合う二人の鼓動が鎮まって行く様に凪いでいく。


 美名は、達した余韻と疲労で強烈な眠気を覚え、綾波の胸の中で小さく欠伸をした。

 彼の指が髪を撫で、頬を摘まみ、唇をなぞる。


「ん……」


 トロンとした目で見上げる美名に、綾波は口付けた。


「お前の口を開かせるつもりが……開いたのは身体か……」



 くつくつと低く笑う彼の言葉に、美名は紅くなり絶句したが、やはり眠そうに瞼が落ちてくる。



「つよ……しさ……あのね……?」



「……なんだ?」



 眠気と闘い、美名は目を擦りながら呟く。



「……のしゃん……が」



「――何?」



「ひび――のしゃん……が……私……に」



 綾波は目を剥いた。


「日比野――!?日比野って……ここの日比野さんか!?」





「……」


「おい……美名、つまりどういう事だ?」



綾波は美名の手を握り訊ねるが、彼女は既に寝息を立てていた。



「おい、ひ……」



 頬に手を伸ばすが、諦めて溜め息を吐くと、眠る美名の身体に毛布を掛けてやり額にそっとキスした。



 小さな子供がスヤスヤ眠るかの様な彼女の顔を見たら、これ以上詰問するのが躊躇われてしまう。


(そうだ……美名は悪くない……美名が自分から誘う訳がないしな……悪いのは……美名の可憐さに目が眩み手を出した奴だ……)



 綾波は、静かにベッドから降りるといつもそうする様に、床に散らばった美名の服や下着を拾い丁寧に畳む。



 自分も下着とズボンを穿いてシャツの袖に腕を通しながら、美名の言った事を考えてみた。






「日比野か――」



 鏡を睨みながら呟くが、まさか、と思った。


 あの彼が、そんな野蛮な行動をする様にはとても見えないからだ。


 綾波は、鏡台に両手を突き、仮に彼が美名の言う「無理矢理唇を奪った日比野」だとして自分はどう対処すべきなのかを考えてみた。


 もしも彼が美名に本当に手を出したなら――客にセクハラをした日比野は重大なコンプライアンス違反を犯した事になるし、普通に考えてもこれは猥褻目的の暴行罪で訴える事も出来る。


(だが、あの彼がそんな馬鹿な事をするだろうか?)


 日比野とは今日会ったばかりだし、彼の事は何も知らないが、どうしても腑に落ちない。



「……美名が起きたら、詳しく話を聞くか……」



 深く息を吐き呟いた時、美名の譫言が聴こえてきて、綾波は振り返った。






「う……んん……っ」



「――美名?」



 苦しげな譫言に、綾波は美名の傍へ行きその手を握ろうと腕を伸ばすが、美名の唇から漏れた吐息混じりの声に身体を硬直させた。



「ん……はっ……ダメっ……ひ……び……のさっ……やあっ……」



 それは苦しそうなだけの譫言には見えなかった。眠りの中へと堕ちながら、美名は他の男に抱き締められ口付けられ、苛まれながら、甘く喘いでいるのだ。



 美名が自分に快感を与えられ啼く時の表情とは違う。


 他の男に触れられる事への恐怖と、背徳感に恍惚とする相反する感情だろうか。


 美名自身も戸惑いながら、日比野に与えられる甘美な刺激を受け入れている様な、そんな表情だった。



「――っ……日比野め……っ」



 眠りながらも悩ましく乱れる恋人の姿を目の当たりにした綾波は、日比野がどんな風に美名に触れたのか、また美名が彼の腕の中でどんな美しい喘いだ姿を見せたのか想像し、身体中が嫉妬で燃え上がる。






 綾波は、端正な唇を歪め、拳を握り締め壁を殴り付けたい衝動に駆られたが、自身の手を拳に充て深呼吸して気を逃そうと試みた。



 先程まで冷静だった筈の己の思考は今や理屈や理性を全く無視したどす黒い感情が暴走してしまい正常では無くなっている。


 頭の中で日比野が花嫁姿の美名を組み敷き、身体を開き犯す映像が展開してしまい、憤怒しながらも、甘く喘ぐ美名の姿を思い浮かべ烈しく欲情する自分が居た。



(――俺は……馬鹿か……!どこまで辛抱がないんだ……!)



 眠る美名の苦悶の表情は既に和らいで穏やかな寝息を立てていたが、綾波の目覚めた欲望は収まりそうにない。



「――くっ……」



 綾波は、髪を掻きむしり美名から背を向け鎮めようとするが、彼女の小さな呟きが綾波を振り向かせた。



「つよ……しさ……」






 綾波は、美名の姿を見て息を呑み込んだ。


 寝返りを打った時に捲れた毛布から彼女の美しい太股が惜しげなく晒され、ベッドの脇に垂れたほっそりとした右腕は、まるで誘っているかの様に見えた。



 彼女の悩ましい寝姿を目にしてしまい、怒りと欲情を鎮める処か、ますます獣は熱くたぎる。
 


(――見たらダメだ――!)


 綾波は顔を逸らすが、美名がまた譫言で綾波を呼び、それが彼に消えない火を点してしまった。



「……つよし……さ」



「――!」



 綾波は唇を結ぶとベッドに眠る美名の身体の脇に両手を突いて、自らもベッドへ上がる。



 ギシリ、とスプリングが軋んだ。







 スヤスヤと少女の様に眠る彼女の顔を見ると、欲望に身体を熱くする事に罪悪感を覚えるが、また寝返りを打ち、弾力のある双丘が揺れ、そんな思いは跡形もなく崩れ去りそうになる。


「――っ……ダメだ」


 綾波は目を瞑り、毛布を捲ろうとした手を離す。



 今抱いたら、滅茶苦茶にしてしまう様な気がした。


 美名を思いやる事など関係なしに我の怒りと欲だけを際限なくぶつけて、美名をきっと壊してしまう――



 美名を大切に愛する、と決めたのだ。


 傷付けたり、泣かせたり……


 少なくとも、自分だけは彼女をそんな風に苦しめたくないと思う。




「つよし……しゃ……」



 美名がまた呟き、綾波はギクリとするが、彼女はにへらと唇を歪め笑いながら眠っている。



 その間抜けな表情に綾波は吹き出し、笑いを噛み殺してそっと美名の髪を撫でた。



「……後でまた……可愛がってやるからな」






 綾波がそう言うと、美名は一瞬カッと目を見開き、彼をマジマジと見る。


「ひ……美名?」


 綾波はたじろぐが、まだ美名は寝惚けているらしく、また瞼が堕ちて半目になり欠伸しながら彼の首に腕を回し、引き寄せて来た。



「お……おい……美名」


「つよししゃ……ムニャ」



 耳元で囁かれ、抑えようとしていた淫らな波がまた押し寄せて来る。


 綾波は甘い香りに吸い寄せられる様に、彼女の唇にキスした。



「ふ……んん」


 寝惚けながらも、応えて僅に舌を動かす美名がいとしくて、綾波は彼女を寝かしておこうと決心した事を忘れ、巧みに舌を絡ませて掻き回した。


「――ん……ん」


「美名……」



 唇を離し彼女を見詰めると、その瞳の色がいつもと違って見えた。


 気のせいかと思い、確かめる様に頬に触れると、美名の唇が小さく動いて呟いた。




「ひ……びのさ……」





「――」



 綾波の顔色が一瞬白くなり、絶句した。


 美名の頬に触れていた手はそのまま硬直する。



「……ん……剛……さ?」



 美名は、今度こそ目を醒ました様だ。

 目を擦り、両手で口を押さえ小さく欠伸をするが、人形の様に動かない綾波を見て目を丸くする。



「……剛さん?どうしたの?それ何の遊び……?」



 綾波は、邪気の無い笑顔を浮かべて見つめてくる美名の顎を掴むと、先程とは比べ物にならない烈しい口付けをした。


「――っ……」


 顎を掴む綾波の指も、唇も舌も、彼の吐息も焼ける程に熱く、ほんの何秒かのキスだったが美名の眠気を醒まし、蕩けさせるのには充分すぎた。



「剛さん……」



 彼の唇が離れ、美名はベッドに静かに沈められた。


 彼は服を着ては居たが、シャツの前が全部開いていて、程よく鍛えられた胸筋と腹筋が覗き堪らなくセクシーだった。



(また……私を……抱くの?剛さんったら……)



 美名は、困ったような嬉しいような気持ちで、だが身体の真芯は確実に熟れて再び彼を求めていた。



 綾波のすらりとした腕が伸びてきて、美名は思わず瞼を閉じた。







「ふぐんっ?」



 顔に何か柔らかい物が押し付けられ、てっきり彼の更に烈しいキスが来るかと思っていた美名は面食らう。



 美名の目の前に、しましまバニッぴーの粒羅な瞳があった。



 人形を手に綾波に声を掛けようと身体を起こすが、彼は素早くドアまで歩いて行ってしまう。



「剛さん――?」



 綾波はドアノブに手を掛けると振り向かずに低く言った。




「日比野と話してくる。お前は部屋から出るな」


「えっ……!?」



 美名がその言葉の真意を確かめようとする前に彼は部屋から出ていってしまった。



 ――それからどれ程の時間が経ったのだろうか。


 美名はベッドに寝そべり、バニッぴーを相手に時折呟いていた。



「……バニちゃん、剛さん、遅いねえ?」



 勿論バニッぴーが返事をする訳がない。


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