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眼差しのテンプテーション①

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 朝の柔らかい陽射しが射し込む部屋で、美名はテーブルの上の籠盛りのパンを無心に食べていた。

 綾波は、向かいに座り上品な手付きでミルクティーをポットからカップに注ぎ、然り気無く美名の前に置く。


 玉子と野菜のたっぷり入ったサンドウィッチを平らげ、レーズン入りのスコーンに手を伸ばし大きな口を開けたが、微笑む彼と目が合い、恥ずかしくなり俯く。


 結局昨夜は二人とも燃え上がったまま一晩お互いを求め、食事も摂らなかったのだ。



 昨日の朝から何も口にして居ない美名は、いつにないペースでルームサービスの朝食を次から次へ平らげていた。


 ここまで空腹を覚えたのは久々で、いつもの倍の量は食べているのではないだろうか。





 綾波の長い指が口元に触れて美名は息が止まる。


「……うん。ここのパンもなかなか美味いな……」


 パンの欠片が頬に付いたままで居たらしい。


 綾波はそれを指で取り、事も無げに口へ運んだのだ。



 美名の頬がみるみる間に紅く染まる。


 綾波は可笑しそうにくつくつ笑いながらバスローブの腰の紐を締め直す。


 そんな仕草にも彼特有の色気が醸し出され、美名は手にスコーンを持ったままでぼうっと見とれた。


「おい、姫様……しっかり食っておけよ。また何時間も抱き合う予定だからな」



 美名の全身がカアッと熱を持ち指が震え出す。



「だ、だだだだって……」


 どもる美名を、首を傾げ彼は笑い見つめる。


「――落ち着いて、ゆっくり食え……沢山エネルギーを蓄えて置かないと、持たないぞ……」



「だって……っ」



 美名の目が潤み、唇が何かを言いたげに開いては閉じる。


 綾波は、その唇を摘まみ魅惑的に囁いた。



「だって――何だ?……ん?」






「むっむむ!むにゅーむんむにむにあっらみゃみゃりむゃにゃいの――!バキャア!」


 言いかけた言葉の先を催促した癖に、綾波は美名の唇を指で摘まんだままだ。


 真っ赤になりながら必死に抗議する彼女を、綾波は可笑しそうに見る。



「昨夜のエッチだけじゃ足りないに決まってるわ~バカア?……と言ってるのか?」



「ふぐ――っ!ちみゃう――!」


 首をブンブン振る美名の唇から指を離すと、綾波は顎を掴みチュッと音を立てキスした。



「――っ」


 ますます紅くなり唖然とする美名をよそに、彼は山盛りのサラダを口に運び頷く。



「うん、サラダもまあまあだな……ほら、お前も食え。炭水化物だけじゃなくビタミンも摂れよ」



「は、はいっ」


 美名がフォークで豆サラダを掬い口に含むと、また彼がさらりと爆弾を落とす。



「――しっかり食べないと丈夫な赤ん坊を産めないからな」



「――!!」


 美名は、豆を喉に詰まらせそうになり胸を叩いた。







「おい、豆を掻き込むからそんな事になるんだぞ」


「ゲホッ……ちがっ……!つ、剛さんがっ」


「……俺が、なんだ?」



 綾波は冷蔵庫から栄養ドリンクらしき瓶を取り出し、一気飲みをする。


 そのドリンクのパッケージには"今を盛りな男の為に!スーパーマグナムドラゴンEX"と書かれていて、美名は目が点になる。


 綾波は、その視線に気付き妖しく微笑み美名にゆっくりと近付き、椅子の背に回り込むと耳元に囁いた。



「……咳はもう収まったか?なんなら……擦ってやろうか」



「ひっ!だ、大丈夫ですっ!それには及びませんっ」



 声を裏返す美名に苦笑すると、綾波は指を頬に伸ばし、軽くつねる。



「いっ」



 痛い、と口にするよりも早く、長い指は首筋に降り、キャミソールの肩紐を少しずつずらし膨らみに触れた。



「やあんっ!バカア――!」


 美名は思わず裏拳で綾波を吹っ飛ばす。






 気持ち良く決まったその一撃で、綾波は2、3メートル飛びソファにぶつかり倒れた。



「キャアア!剛さん――ごめんなさっ……まさか当たるなんて思わなくて――!」



 美名は慌てて椅子から立ち上がり彼の側へ駆け寄り頬を叩いた。


 顔をしかめながら、綾波は睨む。



「おい……もう少し優しく介抱出来ないのか」


「ご、ごめんね?」


 美名は、優しく介抱と聞いて膝枕を思い付き、綾波の頭を無理矢理引っ張り膝に乗せた。


 彼は目を白黒させる。


「い――っ!おい!いきなり頭をふんづかまえて引っ張る奴があるか――!膝枕するなら、すると事前に言え!」


「う……ご、ごめんなさい……だって……」


 美名は口ごもった。


――だって、そんな事、恥ずかしくて言い出せる訳がないじゃない……





 綾波はそう言いながら、美名に頭を撫でられて満更でもない様に頬を緩ませている。



 目が合うと、やはり照れて美名はそっぽを向くが、彼の厳しいダメ出しが飛ぶ。



「おい、せっかくのプレイ中に顔を逸らすとはどういう事だ」

「プ、プレイ!?なのっ?」



 美名は真っ赤になり、余計に恥ずかしさが増して彼を見れない。


 綾波は溜め息を吐いて笑った。



「全く……昨夜あんなに色んな事をしたのに、こんなんで恥ずかしいのか?」


「だ、だって……下から顔を見られるのが恥ずかしいの!」



 美名はキレ気味に小さく叫ぶ。



「……何がそんなに恥ずかしい?」


「う……だ、だって、下から見ると……ぶ、不細工じゃない……?」


 美名がそっぽを向いたまま頬を膨らませて渋々答えると、綾波は目を丸くした。





「だ、だって!写真だって下から撮らないでしょ普通――!正面か気持ち上からとか斜めだとか……下から見られたら……は、鼻の穴まで見えちゃうし……
しかも、すっぴんだし……てキャアッ」


 綾波は、突然起き上がると美名の腕を掴み荒々しく唇を奪った。


 低血圧で朝が弱い美名だが、彼の烈しいキスで一気に目が覚めてしまう。


 彼が先程飲んでいたドリンクだろうか。


 まるで強い酒か媚薬の様に、美名の身体を熱く火照らせた。



「ん……んん……」


 綾波はようやく唇を離すと、額を軽くぶつけ、そのままの体勢で美名を見詰めた。


 切れ長の瞳に射抜かれ、胸が高鳴るのが止まらない美名は、やっとの思いで呟く。



「……だ、だから……は、恥ずかしい……の」



 綾波は、瞬間目尻を下げて吹き出した。






 彼は、もう我慢できない、という風に身体を震わせて笑い、美名に抱き着く。



「つっ……剛さんっ」


「ハハハ……全く……可笑しくて……腹が捩れ……くくっ」


「ええ――っ!?私真剣に恥ずかしいのに!」


「真剣に恥ずかしいってなんだよ……ハハハ……あ~……盛大に笑わせて貰ったな……フフ」



 綾波は、美名の胸に顔を埋めて笑っていたが、ふと真顔になると、キャミソールの胸元に唇を落とす。



 美名はビクリと身体を震わせ、抵抗するように彼の胸を押すが、彼は更に胸元に痕を付けながらキスをする。



「やっ……んっ」


「美名は……何処から見ても……
可愛い……」




 囁きながら落とされるキスは、布の上から指で愛撫されながら胸の頂に移動する。



「ああっ……」







 昨夜、あれ程濃密に抱き合って満足した筈なのに、彼の甘い眼差しを向けられ、その声で囁かれ触れられると"もっと、彼に愛されたい"と身体が、心が正直に反応する。



「ああ……ダメっ……」


 布の上から突起を指で愛撫され喘ぐ美名を見て綾波は喉を鳴らす。


「……そのダメ、は……指じゃ無く……舐めて欲しい、のダメか?」


「も……もうっ……違っ……ああっ」



 綾波は、キャミソールを下からグイッと押し上げ、露になったたわわな双丘に口付け、指を美名のショートパンツの中へ侵入させた。


 太股を撫でられただけでゾワゾワと、寒気が昇って来る。



「ん……ん……だ、ダメえっ……」


「ダメじゃないだろ……俺の好きに抱かせろ……」


「や……やあっ……」



 綾波は既に獣と豹変していた。


 美名を床に組み敷き、ぎらつく目で彼女を射抜きながらショートパンツを素早く脱がし、小さな下着の上から秘蕾を撫でたり摘まんだり、巧みな指の動きで美名を溢れさせる。





「あ……ああ……つ……剛さ……っ」



 美名は、彼の愛撫に翻弄され身を捩り啼く。


 その声に、表情に、綾波の身体の中心はまた狂暴に猛り、今すぐにでも貫きたい欲に駆られる。



「……いい声だ……美名……もっと聴かせろ……」



 乳房を揉みしだきながら突起に口付け、もう片手では美名の花弁を弄り、蕾に絶妙な圧を加え、そして中へ指を差し入れる。


 美名が喘ぐ度に蜜が溢れ、綾波の指が締め付けられる。



「ふ……厭らしい姫様……何処まで我慢出来るかな……?このままイカせてやろうか……ん?」


「あ……あん……っ!剛さんの……バカアッ……あああっ」



 キャミソールは肩まで上げられ、白い胸が綾波の手の中で形を変え、小さなショーツはもう脱がされる寸前だった。


 何も着ていない姿よりも、より淫らに綾波を欲情させている事に美名は気付いていない。


 息を荒く吐きながら、綾波は限界まで自分をギリギリまで押し止めていた。



――美名から、"欲しいと言わせてやる――



 そう企みながら、下着越しに綾波が熱い獣を押し付けると、美名の切ない声が部屋中に響いた。








「――」



 日比野はその頃、デスクで今日の宿泊客リストをチェックしながら、イヤホンを通し二人の部屋の音を盗み聴いていた。


 声が遠いが、今確かに美名の甘く啼く声がした。


 昨夜のベッドでの一部始終の彼女の息遣いや喘ぎを楽しんだが、まさかまたこんな早くから淫らな声を聴けるとは――


 日比野は端正な口元を歪めニヤリとし、資料に目を通す振りで耳に神経を集中させた。



『ああ……ダメ……っ!其処は……やああんっ』



 声は、近くなったりまた遠退いたりしている。


 恐らくベッドではない場所で交わっているのだろう。



『美名……っ……欲しいと言え……え?』


『やあんっ……意地悪……あああっ』


 
 これ以上ない程に蕩ける矯声は、日比野の全身を震わせ、猛らせた。



「ふっ……堪らないですね……美名……」



 頭の中で、彼女の肢体を思い描き、悦に入る。






『意地を張るな……素直に欲しがれ……っくっ……』


『やあっ……ああんっ……剛さんのバカっ……』


『――くっ……もう……俺が限界だ……』


『……ひっ……!やああ――――っ』



 日比野は、息を呑んだ。今正に、美名は綾波に貫かれ快感に啼いたのだろう。

 澄みきったソプラノのファルセットを思わせる美しい声に、日比野は聞き惚れて目を閉じる。

 断続的に聞こえる美名の喘ぐ声と、煽る様な綾波の低い呻き。

 日比野は眉を寄せ、呟く。



「ふっ……結局、焦らし切れずに自らの欲が勝り、彼女を貫く……か。……辛抱のない男だ」



――そう、自分なら。もっと彼女を花開かせる事が出来る。



 日比野が淫靡な笑みを浮かべた時、ノックの音がした。



「――はい、どうぞ」



「失礼します」



 笑顔の柳が顔を覗かせた。

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