続・愛しては、ならない

ペコリーヌ☆パフェ

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埋まらない溝①

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清崎は、ベッドの上でスマホを睨み付けながら時折爪を噛んでいたが、頬に走る冷たい感触に驚き、画面から顔を離す。

森本が片手でコンビニの袋を持って、もう片手でスムージーを持ち彼女の頬に押し付けている。



「こら、そんなしかめっ面してると、そう言う顔になっちゃうぞ」



彼は柔らかく笑い、彼女の隣に腰かけて袋の中身を並べた。

果物が入ったゼリーに、サンドイッチに、幕の内弁当に、肉団子スープにサラダ。



「何食べる?晴香も夕飯まだなんだろ?」

「……要らない」



彼女はスムージーにストローを差し、口に含む。

森本は肩をすくめて溜め息を吐いた。



「まさかとは思うけど、いわゆるダイエットてやつ?
美容にも健康にも良くはないと思うけどね――。
まあ、我慢できなくなったら後ででも食べなよね」



彼がサンドイッチの封を切り、ハムサンドを口にした時、清崎は唸るように呟いた。



「……剛君から、返事がないの……」





森本はサンドイッチを三口(みくち)程で平らげ、眉を少しあげた。



「ああ……僕もメールしてるけど、返事ないよ?
まだ具合が良くないんじゃないの?」

「……」

「カルシウム足りないんじゃないの?
ゼリーじゃなくてヨーグルト買ってきた方が良かったかなあ」



爪を噛むのを止めない彼女に嗜める様に言うが、逆にきつい目で睨まれる。



「そうよ……足りないの」

「え……?」

「剛君が足りないっ……
彰……抱いてよ……っ」



彼女は小さく叫ぶと、森本の胸に抱き着いて頬ずりする。

彼は彼女の身体を受け入れ、艶のあるまっすぐな髪を指で撫で、昼間抱き締めた菊野の髪を思い出していた。




「晴香……どうしたの?
今夜は来ないって言ってたのに……」

「……来たらいけなかった?」

「いや……違うけどさ」

「――そんなに、あの女とのセックスが良かったわけ?
私と居るのに心ここにあらずになる位――!?」



彼女は爆発した様に叫び、彼の背中に爪を立てた。






森本は鋭い痛みに眉を少ししかめるが、その険しい表情さえも彼を魅力的に見せてしまう。

清崎はうっとりと見惚れながら彼の頬を指でなぞる。



「ふふ……あの女にも、こんな風に爪を立てられた?」

「……晴香」

「きっと、あの女は甘い声で啼いて……剛君を虜にするんでしょうね……」



彼女は彼の頬に触れていた指を少しずつ下へ降ろしていき、首筋をなぞり、突き出た喉仏に触れ、くるくる指を回した。

彼はゾワッと寒気をおぼえるが、擽ったさからではなくて、彼女の目付きに異様な色を見た故の震えだった。



「ねえ……あの女は……どうだったの」

「……」

「挿れてみて、私より良かったのっ?」

「――ぐっ」



清崎の細い指先が彼の喉に食い込む。






「晴香……っ」



森本は、彼女の手を首から引き剥がそうと試みるが、細腕でか弱い筈のその手首は驚異的な力で離れない。

時には柔く真綿を絞める如く、かと思えば彼の皮膚が白くなるほどの力を指先に込める。

危険を感じた森本は、思いきり彼女を蹴り上げてやろうかという考えが一瞬頭を掠めるが、彼女の瞳に涙が浮かぶのを見て、躊躇った。

その唇が微かに震えてか細く言う。



「彰も……私よりっ……菊野さんの方が……っ……いいの……?」

「晴……香」



彼女は、彼の白い皮膚が鬱血するのを見てハッと我にかえり、首から手を離し胸にしがみついた。



「彰っ……ごめんなさいっ……私――」

「晴香……もう……止めよう」



彼は咳をこらえながら小さく言った。






清崎は大粒の涙を流し、首を振る。



「な……何?何の話なの……?」

「僕と晴香の関係は……何なのかな」

「何って……いいじゃない何でも!
私は彰を好きなの……剛君が一番で……彰はその次だけど、それでも私は彰を」

「――晴香」



彼は瞳を曇らせて、彼女の頬に触れた。



「僕は、器用な人間なんだと思ってた……
でも違うんだ。晴香の言うように……器用に心を使い分ける事なんか出来ないよ」

「彰……っ」



彼女の瞳が、瞳孔が開くのではないかと思うほど大きく開かれた。





「僕は……菊野さんを抱いていない」

「なっ……」



清崎の頬が痙攣するのを見詰めながら、彼は胸の中で思う。



――嘘は付いていない。

彼女の身体に触れ、絶頂へ導いたけれど、自分自身を彼女の中へ放った訳ではないのだ。

彼女にはもう触れない。二度と触れるつもりはない。

彼女は、俺が汚してはならない。




「晴香も……剛と菊野さんを引き裂くとか、もういいんじゃないかな?
大体が、あの二人は結ばれるのは不可能なんだから……
周りが壊そうとしなくても……じきにダメになるさ」



そう言いながら彼は心を痛めていた。

剛と離れる事になったら、あの女(ひと)は泣くだろうか。

悲しんで、何日も、何十日も涙を流すのだろうか。

だが、そんな彼女に手を差し伸べる事も自分には許されない。

そんな資格は自分にはない……








菊野の綺麗な瞳が涙をたたえ、落ちる寸前の表情も彼を魅了した。

昔、こんな感情になった事があった――

今よりもずっと幼い頃、好きになった女(ひと)のくるくる変わる瞳の色に心が踊った。

憎しみの言葉をぶつけて彼女と別れてしまったが、剛と菊野も、あんな風になってしまうのだろうか?

出来れば、憎み合ったり悲しまない最後がいい、と彼は思う。

だがそんな都合の良い結末などあり得ない事も知っている。

あの二人がもっと図太く狡猾なら、表面上は仲の良い母子の振りをして、関係を「上手に」続ける事が出来るのかも知れない。

だが、二人は純粋に惹かれ合った本物の恋人だ。

そんな器用な二人ではない。





彼の物思いは、清崎の小さな指の爪が彼の胸元に突き立てられた瞬間、強制的に中断される。

彼女は涙の引いた爛々と輝く目で彼を見て、可笑しそうに言った。



「……なあに?今更、純愛に目覚めたとでも言うわけ?」

「……晴香」



彼は痛みを堪えながら、彼女を宥める様にその細い背中を撫でる。

彼のそんな仕草さえ、敏感になった彼女を啼かせてしまった。



「ああ……っ……彰――っ」



いつの間にか彼に跨がっている彼女は、腰を振って彼の下腹部に刺激を与えてしまう。



「く……晴香っ……降りるんだ」

「嫌よ……」

「晴香――」

「彰だって、欲しがってる癖に……っ」



彼女は、胸元に更に爪を食い込ませると同時に、彼の猛りに太股を押しあてた。



「くうっ……っ……やめろっ」



彼は、急速に熱くなっていく自分の身体を鎮める事が出来ない。







「晴香……君は……うっ!」



言い掛けた彼の猛りを彼女の小さな手が握った。

ほんの僅かに手を上下させただけで限界近くまで獣は増大し、彼は気持ちよさに顔を歪める。

彼女は緩急を付けた絶妙な手の動作で彼を乱れさせ、可憐な笑みを溢した。

だが、彼女の胸の中は黒い感情が噴き出す寸前だった。



「なあに?
君は……もっと自分を大切にするべきだ……とか、言っちゃう?」

「く……っ」

「あはははは!」

「う……あ……晴香っ」



清崎は高らかに笑い、ベルトを外してファスナーを降ろし、トランクスの中へ手を差し入れ、迷わず彼自身を直に握った。







彼女は、自分の掌の中で痙攣し質量を増す獣にクスリと笑った。



「……やめろ、とか言ってる癖に、こんなに大きくなってるじゃない」

「はっ……るか……っ」



彼は歯を食い縛り、自分にブレーキをかけるかのように両の手でシーツを握り締める。

彼女はそんな風に苦悶する彼に色気を感じ、悩ましげな溜め息を吐きながら手を動かした。

彼の身体が魚の様に跳ね、彼女はそんな様子を見て楽しむ。



「ふふ……彰ったら……感じるのを我慢してシーツをギュッてするとか、女の子みたい」

「……じ……冗談言うな……よ」

「私も……そんな風だった頃があったわ」



彼女の瞳が妖しく光ると、身を屈めて猛りの先端に舌を這わせた。








「……っ」




声にならない叫びをあげるかの様に、彼は仰け反り口を大きく開け、そしてまた歯を食い縛る。

その耐える姿は優美ささえ醸し出し、彼女の身体を熱くさせた。



「私をこんなにしたのは、彰じゃない……」

「う……っ……晴香……っ……
すまな……い」

「謝るとか、何なの?」



彼女は、鋭く叫び、彼のシャツを左右に開き、胸板をはだけさせる。

呼吸を荒くし、欲と闘う彼を見て楽しそうに喉を鳴らし鼻で笑った。



「あんたも、今までこういう事を、散々やって来たんでしょ」

「――っ」



彼の瞳が大きく揺れた。

菊野に襲いかかった時の光景が瞼の裏に甦ると、自分に対する嫌悪と同時に、あの時の興奮までが思い出されてしまう。

菊野の吸い付くような肌、この手の中で揉まれて形を変える美しい乳房――

映像が止めどなく彼の中で再生されて、体温は上がり、清崎の手の中にある獣はこれ以上ない程に硬くなっていった。







「私の身体を……散々楽しんだ癖に……何が……すまない、よ!」

「くうっ」



彼女は、彼の猛りを垂直に上下させた。

烈しい愛撫に、彼は爆発しそうになるのを必死に耐える。

彼女は薄く笑うと、彼から手を離し、跨がったままで服を脱ぎ始めた。

ブラウスのボタンを外していき、彼女の肌が露になり始めると、森本は思わずゴクリと喉仏を大きく動かした。

菊野を抱かず、だが彼女の身体を目の前にしながら触れるだけで終わった彼は、発散されなかった欲を自分の中に押し込めていたのだ。

それが、清崎の強烈な誘惑によって狂暴に姿を現そうとしていた。

彼女はボタンを全て外し、スカートのファスナーを外して立て膝になりながら脱ぎ去った。

彼を見おろしながら見せ付ける様にゆっくりとブラウスを左右に広げていき、魅惑的な溜め息を吐き、囁く。



「彰っ……早く……挿れて」



その言葉を言い終わる前に、理性を失った森本は彼女を組み敷いていた。








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