続・愛しては、ならない

ペコリーヌ☆パフェ

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それぞれの訣別③

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「ご迷惑掛けてすいませ――ん」



森本が、真歩の車の後ろに停車しているドライバー達に頭を下げ、運転席に座り車を発進させる。

踏み切りを渡りきり、その先の待避スペースに停車し、ハザードを点灯して降り、道の脇で清崎と座り込む真歩に声をかけた。

青い顔で震える彼女達に、森本は顔をしかめて説教する。



「全く、本当におねーさん、牽かれてぺっちゃんこになったかと思いました」

「もうっ……私が飛び込むのを止めるとか言って……なにしてんですか」

「てへへ……」



真歩は震える手を握り締めて頬をひきつらせ笑った。

電車が真歩の1メートル程前を通過し、腰が抜けてしまった彼女を森本と清崎が二人がかりで運んだのだった。



「てへへじゃないですよ~!ミイラ取りがミイラになる所だったじゃないですか」

「あはは……少年……うまいっ!座布団――!」

「ばっかじゃないの」



清崎がボソリと呟き立ち上がるが、真歩が腕を掴み止める。



「少女よ、何処へ行くっ」

「――帰るのよ!」

「本当にっ?……家で首つったりとか、手首切ったりしないでしょうね――っ」

「しないわよっ!……なんか馬鹿馬鹿しくなっちゃった」







真歩は、清崎の腕をまだ離さずに疑り深い目を向ける。



「本当に本当でしょうね――?これで三面記事にあんたの名前が載ってたら、許さないからねっ」

「もうっ……しつこい――っ」

「ねえ、晴香、歩いて帰るの危ないじゃん。車で送って……」



当然のように真歩の車のキーを持って運転席にまた座ろうとする森本に、真歩は怒鳴る。



「ちょ――!少年、無免許――!!」

「今頃気付いたんですか」


森本は呆れ顔を真歩に向けるが、真歩は立ち上がり彼からキーを奪い取った。



「私が送るわよっ!」

「震えてたじゃないですか。もう大丈夫なんですか?」

「も……もう平気よ――っだ!」



真歩は二人を追い立てる様に後部席に乗せて、運転席に乗り込んだ。



「そうだ……少年に少女、ちょっといい所に連れてってあげる」

「?」



首を傾げる二人を乗せ、真歩はある場所へと車を走らせた。







五分程走り、細い路地に入り車を左に寄せて停める。

真歩は先に降り、二人にも来るように目線で促す。

森本は降りて開口一番、「うわ――しっぶい」と呟き、清崎は目を丸くする。

そこは、真歩がここのところ毎日お参りに通っている神社だった。

鳥居をくぐり、祭壇まで真っ直ぐに歩く真歩に二人が続く。



「なあに、お姉さん、夜にこんな場所へ来る趣味があるの?
痴漢とかにあわない?」



軽口を言う森本を振り返り、真歩は「まあ、此処には真剣にお願い事をする人しか来ないわね。
人妻を押し倒すような痴漢少年は来ることはないかな――」

と言い、森本を絶句させた。



「……キツいな――お姉さん」



苦笑する彼だったが、祭壇に登り手を叩き、一礼してから目を閉じて手を合わせる真歩に習い、手を合わせた。






清崎も、お手本のような綺麗な所作で、彼に続いて手を合わせる。

真歩は二人がお祈りを終えるのを見届けると、ニッコリと笑って二人の肩を叩いた。



「ねえ、少年に少女よ。あんた達、今神様に祈ってた?」

「……え……う――ん……なんだろう……そんな様な気もするしそうでないような気もするし……」



森本がフワフワの前髪を指でかきあげ、清崎を見るが、彼女も首を傾げていた。

真歩は小さく笑うと、大きく伸びをして夜空を見上げる。



「そうよね、こういう場ってさ、神様とか信じていなくても、なんかそういう気持ちになるって言うか……
大体が、自分と縁もゆかりもないこの神社の神様……何て言う神様が祀られてるのも知らない私らの俗っぽい願いなんて……聞いてくれるはずがないじゃん、て思うけどね」






清崎は黙って真歩の話を聞いている。

その様は、先程までの荒れた印象は無く、真歩が彼女と初めて会った時の印象の「純粋な少女」そのものに見えた。

森本は腕を組み、真歩に少し突っ掛かる様な口調で言った。



「――だったら、何でお姉さんはこんな所来るわけ?」

「それは……自分自身を確認するためかな」

「……?」



真歩は踞り、神社の石を手に持って並べ始める。

整然と横一列に並べられたそれを、突然掌でグシャグシャにすると、溜め息を吐いて二人を見る。



「――思い通りにいかない事ばっかよね?」

「……っ」



二人の瞳が僅かに揺らめくのを見て、真歩は小さく笑う。



「子供の頃なんて、余計にそう思うよね……
親のせい、家のせい……あいつのせいだって……でもさ……そんなの、大人になったておんなじよ」







真歩は、今頃悟志と菊野が何をしているだろうか、とふと思う。

穏やかに、優しい時間を過ごせているだろうか?

悟志は、菊野を抱き締めているだろうか?

その光景を思い描くだけで胸が傷み、涙が滲んだ。

もう、悟志の人生と自分の人生を重ね合わせるのは止めた。

彼は何があっても、菊野を一生涯愛するだろう。

自分はもう、彼の事で心を煩わせるのは止めにするのだ。

ただ暫くは、辛いだろう。時々、泣いてしまう夜もあるだろうけれど……

そう、今みたいに。



頬に涙が伝う前に、指で素早く拭って二人の背中を押した。



「ささ!今度こそ帰るよ!……それとも、おねーさんとどっか遊びに行く?」

「僕らは未成年なんで、もう帰らなきゃならない時間ですから」



冷静な森本の答えに真歩は軽くずっこけて彼の頭を軽く叩いた。



「な――によ、急にイイコぶっちゃって!」



※※




帰りの車中、後部席で窓の外を眺めていた清崎は、ふと小さく呟いた。



「……私、もう一度、剛君にぶつかってみる……」



森本は、その言葉に目を見開くが、柔らかく微笑み彼女の頭を撫でた。



「うん……頑張れ」

「菊野さんとの仲を壊すとかどうとかじゃなくて……ちゃんと正面から自分の気持ちを伝える……」

「えっ……やっぱり、剛さんと菊野って、そうだったの?」



運転しながら目を剥く真歩は、危うく赤信号を突っ切りそうになり、急ブレーキをかけた。

弾みで後ろの二人は前の座席に顔をぶつけ、ブーイングが起こる。



「もうっ!運転中は集中して下さいっ」



清崎に怒られるが、真歩はミラー越しに二人を見て、もう一度訊ねた。



「剛さんと菊野は……そういう仲……なの?」



森本は掌で口を押さえ狼狽えるが、清崎はあっさりと頷いた。

真歩は、その返答に怒りよりも、自分の中の腑に落ちなかった部分が判明してスッキリとした物を感じた。



「そう……そうなの……そっか……」



信号が青に変わり、真歩はアクセルを踏んだ。






ブツブツと、口の中で呟く真歩をよそに、清崎は森本の手を握り締めて小さく言う。



「ママと……パパにも……ハッキリ言う。元の、二人に戻って欲しいって……」

「晴香……」

「それで無理なら……もう仕方がないって諦める」

「剛の事は?」



清崎は、大きな目を潤ませて声を震わせた。



「うん……剛君にも……フラれちゃったら……沢山泣くよ」

「泣いて、また死ぬとか言うなよ?」

「言わないよ……」

「その時には、僕の胸を貸すよ」

「もうっ……彰ってば……調子いいんだから」



ミラーの中で二人が笑い合うのを、真歩は白い目で見て溜め息を吐いた。



「はあ……私だって、誰かの胸で慰めてもらいたいわあ……」




※※






「ふあああ……じゃあ、少年に少女よ、おやすみ~」



真歩は、駅前の高層マンションの前で二人を降ろしてドアを開けて欠伸しながら手を振る。




「お姉さんも、帰り居眠りしちゃダメだよ――」

「ふん……わがっでるぼ……」



真歩は半分閉じた目を二人に向け、車を再び走らせるが、エントランスに入っていく森本達の後ろ姿を見て、あっと口を大きく開けて頷いた。



「てか……あの子達、当然みたいに一緒のマンションへ入ってったわね……
て、私も気付くの遅……ふあああ……なんだか疲れちゃったわ……今夜はスペシャルパックして寝よ……
なんか、エネルギー吸いとられて十年くらい老けた感じが……あああ嫌だ嫌だ」



喉の奥が見えてしまう程の大きな欠伸をしていると、スマホが大音量で鳴った。



『いいでしょう奥さん――!一度だけっ一度だけだからさ――!いいでしょう奥さん――!一度』



こんなふざけた着メロにしてしまったことを心の底から後悔しながら真歩は路肩に停車して電話に出た。







『……もしもし……ま……っ……うううっ』



いきなり大泣きの声が聴こえてきて、真歩はこめかみを押さえて溜め息を吐く。



「菊野?菊野ね?……どうしたの、落ち着きなさい」

『まっまぼ……わた……わたじ……っ……』

「はいはい、聴こえてるから」

『ごめんべ……あじだ早いのに……電話じちゃっで』

「いいわよ。私は自分の事だけやって寝るだけだから……
あんたこそ、悟志さんとラブラブして寝たかと思ってたわ」



真歩は、自分でそう言っておきながら切なくなって胸が痛む。

菊野が悟志との事をのろけて電話して来る訳がないとは思っていた。

何かあったのだろう。それも、あまり良くない事が。



「……ねえ、どうしたの?」


しゃくりあげて上手く話せない状態の様で、苦しそうな息遣いに真歩まで息苦しさをおぼえてきた。



『さ……悟志さんが――』

「悟志さんが、どうしたのよ」



真歩は思わず声が大きくなっていた。







菊野が咳き込むのが聴こえ、真歩は狼狽える。



「菊野……落ち着きなさい……また過呼吸になったら大変よ」

『う……うん……』

「大丈夫だから、ゆっくり話して」



何が大丈夫なのかも分からないが、取り敢えずそう言ってやるしかない。

真歩は電話で声しか掛けられないのを焦れったく思った。

暫くすると、大分落ち着きを取り戻した菊野が辿々しく話し始める。



『何とか……大丈夫なんだけど……悟志さんね……自殺未遂したの』

「そんな!なんでよ!」



真歩の背中に寒気が走ったが、直ぐ様怒りが込み上げてくる。

折角目を醒ましたのに。毎日毎日、彼の快復を、目覚めを願っていたのに。報せを聞いたときには本当に飛び上がって喜んだのに。

皆が彼を待っていたのに。彼だって、そう言う周囲の人たちの気持ちが分からない人ではない筈なのに。なのに何故?






『私のせい……私のせいだわ』



菊野のその言葉にギクリとして、真歩はつい黙ってしまう。

先程、清崎達から聞いてしまった話から思い当たる事があるからだ。

でも、悟志は剛の事に関しての全てを忘れてしまっているのに、どうしてそうなるのだろうか。

腑に落ちないと思いながら、真歩はその先を自分から訊ねられないでいた。

菊野の口から、剛との関係を聞かされてしまうのだろうか。

出来れば聞きたくない。いや、聞くのが怖い、と言った方が正しい。

彼女から聞かされなければ、自分は知らないで通る。知ってしまったら、彼女に何を言えば良いのか。

自分はどんな態度を彼女に取れば良いのか。

菊野の口からその事実を聞いたら、今までと同じ様に彼女に接して行けるのか自信がなかった。






『私……私……他に愛している人がいるって……言ったの』

「――」



真歩は思わず瞼を閉じて、首を振った。



――菊野のバカ。聞きたくないのに、何でわざわざ私に言うのよ……

友達だからって、なんでも言えば良いってもんじゃないのよ?

知ってる癖に……私が、悟志さんも、あんたの事も大好きだって知ってる癖に……

そんな事を聞いたら、堪らなく辛いだけなのに――




『そしたら悟志さんが……っ』

「ごめん、菊野、それ以上聞きたくない」

『……っ、真歩……』

「私にはどうにも出来ないよ……私にそんな事打ち明けられても、どうにも出来ないよ?
勘弁してよ……っ」

『――っ』



菊野が息を呑む気配が伝わる。





喉の奥が焼ける様に熱くて痛かった。

一刻も早く電話を切ってしまいたかった。菊野の辛そうな息遣いと掠れた声をこれ以上聞きたくない。

それに、酷い言葉を彼女にぶつけてしまうかも知れない――そうなる前に。



「菊野は悟志さんの家族じゃない……菊野の方が、悟志さんの事を良く分かってる筈でしょう?
とにかく……しっかりしなさいよ……泣いてても何も変わらないわ……
ごめん、あんたの事は好きだけど、暫く距離を置きたい……
私も一人で考える時間が欲しいの」

『真……歩』



震えるか細い声が、真歩の心の奥を悲しく抉った。

真歩は泣いてしまいそうなのを堪えて、絞り出す様に声を出した。



「悪いけど、剛さんの家庭教師も辞めるわ……誰か他の良い人を紹介するから……」

『……』

「ごめん……少し、時間を頂戴」

『真歩……っ』

「頼むから……ごめんなさいとか言わないでよね」

『……!』

「別に、喧嘩してる訳じゃないんだからさ……」

『真歩……真歩おっ……私――』



電話の向こうで、多分菊野はグシャグシャに泣き崩れているのだろう。目に浮かぶ様で、真歩まで泣きたくなるが、歯を食い縛り耐えた。






「しっかりするのよ……あんたには祐樹だってついてるじゃない……花野さんや貴文パパだって……
でもね、結局は、決めるのはあんた自身なの。他の人には何も出来ないのよ」

『う……うん……うんっ……真歩……ごめん、ごめんなさいっ』

「んも――っ!謝るな言ったのに――!バッカじゃないの――?」

『う……ご……ごめん』

「ほらまた――っ」



真歩は、思わず笑ってしまうが、とうとうスマホを持つ左手の甲に涙が落ちる。

菊野も吊られて吹き出して、何秒間か二人は笑っていたが、束の間の温かい時を終わらせたのは菊野の方からだった。



『じゃあ……真歩……色々ありがとう……またね……』

「――菊野」



真歩が何かを言おうとした瞬間、電話は切れていた。




 
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