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glassの鎧

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「何故あなた達のおままごとに私が付き合わなきゃならないのよ?
西本さんはいつ来るの!?」


景子に静かに凄まれて、亮介と三広は背中に嫌な汗をかきながら必死に誤魔化す。


「あ――ま――その内来ると思いますけど――なあっ?」

「え?……ウンウンウン!」


ヘラヘラする二人を一瞥して景子は軽く溜め息を吐いた。



「はいはい……わかったわよ。来ない事は。
どうせ夫婦でいちゃついてるんでしょうよ……」


彼女は、細い華奢な指先で眼鏡コーナーの隣のきらびやかなネイルグッズを一つ一つ探し始める。



「あははっ。ばれた?」


亮介は頭を掻いた。


「そんなのすぐに分かるわよ……
まあ、いいわ。熱いのはどうせ今だけよ」


「いや――あの二人はいつまでもラブラブしてると思うけど?」


三広は付け爪の種類の多さに目を丸くしながらカラフルな商品を眺めた。


「ふんっ。だって所詮……不倫の成れの果てでしょ。そういう事をする女はね、また同じ事を繰り返すのよ」


景子は鼻を鳴らし冷たく言い放った。



三広がムッとして何かを言いかけたが、亮介はそれを遮る。


「北森さんは、そう思うのかな?」


景子は自分の手と見比べながら薄紫がベースの小さな蝶の飾りが付いた付け爪を熱心に見ている。


「そうよ。離婚した人間は結婚に失敗した人間でしょ。
まして離婚の原因が不倫なんて、再婚したって上手く行く可能性は低いわ」



「ふ――ん、ひょっとして~それは北森さんの経験から来た持論だったりして――?」


亮介はわざとおどけて言ってみせた。


景子の眼鏡の中が一瞬だけ揺れた様に見えたが、たちまち強い光を宿して亮介を睨む。



「その質問、セクハラね」


「え――!?」



「女の過去を聞き出そうとするなんて質の悪いセクシャル・ハラスメントだって言ってるのよ」



「い、いや……俺はそんなつもりじゃっ」

亮介と三広は身を寄せあい後退り、野村の助け船を期待してチラリと視線を送ったが、奴は帽子を試着したまま立って居眠りをしている。



「この際だからハッキリ言って置きますけど、私は仲良く楽しくなんてするつもりはありません。
私はマネージャー、あなた方はタレント。
私の仕事は貴方がたのスケジューリングの管理とそれに纏わる諸々の事務。
公私はきっちり分けさせて頂きます。
余計な質問等は一切しないように」



細い眼鏡がキラリと光る。


亮介達は呆気に取られ口をポカンと開けた。




「では私はもう失礼します。皆さんもあまり羽目を外さない様に。
自分達が一般人でない事を忘れてはいけませんよ」


景子は平坦な口調で言い放ちキビキビとした足取りでエスカレーターに乗り込んで行ってしまった。


三広は脱力して亮介に寄り掛かり深い溜め息を吐いた。


「ああ……つ、疲れた。
全く……祐樹の奴がテキトーな事言うから……」


亮介は大きな手で彼の背中を労うように叩いた。


「お疲れリーダー!
……あ――言われてみりゃ疲れたな。
なんか甘いもん食いたくなったな~
フォーティーワンアイスクリームでも寄るか」


三広はワーイと手を挙げて賛成した。


「おい!野村、アイス食いに行こうぜ」



寝ぼけた野村を引っ張り男三人でエスカレーターに乗り込むが、ふと三広がボソリと呟いた。


「ねえ……
なんか、野郎三人でアイスクリームショップ……痛いね」


「ハハハハ!そんなの気にしてたら生きていけねーよ!」


亮介は三広の尻をバーンと叩いた。



「ギャッ!お前、何故挨拶代わりみたいに俺を殴るのさっ!
野村は殴らないのに――!」




「まあまあ、叩かれて揉まれて子供は育つんだ!」


「子供じゃねーし!」


三広とギャンギャン言い合いながらエスカレーターで下降する途中の階でふと景子の姿を見掛けて亮介は目を奪われる。



景子は子供服売り場で服を物色しながら、ふと眼鏡を外した。

その表情の女らしい柔らかさに、ハッとするが、また眼鏡をかけるとその色は失われる。


ほんの一瞬の出来事だったがスローモーションの様に脳裏に焼き付いてしまった。



幻を見たのだろうかと思わず頬をつねるとその痛みに自分で悲鳴をあげて三広に笑われた。





さっきまでの景子のとりつくしまの無い頑なさと、柔らかい無防備な表情がどうしても結び付かず、亮介は何故かその事で一晩悩む事となった。

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