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glassの鎧②
しおりを挟む眠れない……
亮介は夜中、ベッドの上で何度も寝返りを打った。
結局あの後男三人でアイスクリームを食べて。
しかもトリプルに挑戦して。
しかも、早食い勝負でビリになったら明日のライヴで罰ゲームをやろう!と言い出して……
まあ、言い出したのは他ならぬ自分なのだが……
なんと、亮介がビリになってしまった。
久しぶりにアイスクリーム頭痛に襲われて、早食いが出来なかったのだ。
自分のバカさ加減が悔やまれた。
明日は朝からZepp入りだから早めに休まなくてはならないのだが、三広が退屈だとか部屋が変わると眠れないとか言って、亮介の部屋へやって来た。
二人はノンアルコールビールを飲みながらホラー映画をひたすら観賞していたのだが、三広の方が先にベッドで寝てしまったのだ。
今隣で鼻ちょうちんを膨らませて気持ちよさげに眠っている。
「全く……自分の部屋で寝ろよな」
思わずボヤく。
「あ――あ、何が悲しくて男と一緒に寝なきゃならんのだ……
いっその事、ソファで寝るか……」
時計は夜の0時になろうとしていた。
野村はとっくに寝ただろうし、祐樹達は部屋で仲良くやっているに違いない。
まあそれは良い事なのだが。
ふと景子の事が思い出された。
初対面の時の初々しさを装った女豹の様な獰猛さと、今日見せた態度――何処か一歩引いた所から世の中を褪めた眼差しで見ている様な……
そして、子供服を手に取っている時の柔らかい表情。
色んな景子がぐるぐると頭の中で浮かんでは消える。
亮介は頭をブルブルと振った。
……何故、あんな女の事が今、出てくるんだよ!
コンコン、とノックの音がした。
「誰だ……?」
亮介は穴を覗くと、その景子の姿があって、飛び退いた。
「ひ――!?な、何故!?これは何かの呪いか――っ」
「これは夢だ。そうだきっと俺は夢を見てるんだ!さあ、夢の続きを見ようじゃないか!
ベッドに入って目を閉じたらすぐに夜が明けるさ。わははは!」
亮介はベッドに倒れ込み、枕に顔を埋める。
コンコンコン
「……」
コンコンコン
「…………」
コンコンコンコンコンコン
「………………」
ドカッドカッ!
ノックはやがて蹴っている様な音に変わった。
ぎょっとして起き上がり、恐る恐るドアの覗き穴を見ると、景子が今まさにハンマーを振り上げるところだった。
「ひい――!む、無茶苦茶な事は止めてっ」
亮介はドアを開けた。
当然、ハンマーを降り下ろした景子がバランスを崩しよろめく。
さっと腕を出してその身体を受け止めると洗い髪のシャンプーのような香りがフワッと漂った。
景子が素っぴんで髪が少し濡れている事に、亮介はドキリとした。
昼間のカッチリしたパンツスーツではなく、ギンガムチェックの大きめのサイズのパジャマ姿で黒縁の広い幅の眼鏡をして、髪は無造作に一つに束ねられている。
その姿には鋭い印象は無く、寧ろ可愛らしさを感じたが、その事に亮介は大いに戸惑っていた。
「ど、どうしたんすか」
「きて……」
亮介のシャツを掴む指が震えている。
「へ?」
「お願い!
部屋に来て――!」
景子はガタガタ唇を震わせながら亮介の首を締めてガクガク揺さぶった。
「ひっ…… 何っ」
視界が揺れて酔いそうになるのを、亮介は必死で気合いで止めていた。
景子は目を血走らせて亮介の胸ぐらを掴み、そのまま引き摺るように部屋の前まで連行する。
景子がドアを開けようとするが、手を伸ばしかけて小さく悲鳴を上げて引っ込めた。
「お……お願い、開けて」
「え?」
「代わりに開けてよ!」
「は、はい」
亮介はドアを開ける。
景子が背中にしがみついて来てドクンと胸が鳴る。
しがみつきながら、部屋の中を覗いている様だ。
景子がはあ――と大きく息を吐いた。
「……は、入って」
「……?」
亮介は不審に思いながらもドキドキしていた。
夜中に、男を部屋に招き入れるとはどういうつもりなのか。
(――まさか俺に気がある!?
…………
いやいやいや
ないない!
景子は祐樹にモーションをかけているんだから、俺になんか興味はないだろう。
じゃあ、一体……?)
景子が突然何かを持ってバッと亮介に向けた。
「ひいっ!な、何だよ!」
凶器で攻撃されるかと思い、とっさに防御のポーズを取ってしまう。
「これで、蜘蛛をやっつけて!」
景子が持っているのは蜘蛛の巣ジェットだった。
亮介はマジマジと、蜘蛛の巣ジェットと必死の形相の景子を見比べた。
「え――つまり、部屋に蜘蛛かなんかが出現して……
俺にやっつけてほしいと?」
景子が何回も頷いた。
「私はあなた方のマネージャー!
あなた方はタレント!
私は馴れ合うつもりはありません!
公私はキッチリ分けさせて頂きます!ふんっ!
……
だとか、確か言ってませんでしたか?」
意地悪をしたくなり、わざと低い声で脅す様にすると、景子は予想外の反応をした。
亮介の言葉に絶句して、目を大きく見開いて何度か瞬きをすると、その目から大粒の涙を溢したのだ。
ああ言えばこう言う、反論を5倍位にして返すタイプの景子だから、てっきり怒り狂うと予想していたのに。
景子はしゃくり上げて眼鏡を外し、手の甲で涙を拭うが次から次へと溢れるのが止まらないようだ。
亮介はすっかり面食らい、どうした物かと立ち尽くす。
「お……お願いっ……虫だけは……私、ダメなの……死ぬ程に嫌いなの……っ怖いの……」
潤んだ裸眼の景子は思いがけず儚げで、亮介はぼうっと見とれてしまったが、床に転がる蜘蛛の巣ジェットを見てハッと我に返った。
「え――つまり、蜘蛛をやっつければいいんだね?」
「うんっ……お、お願いっ……」
男たるもの、泣いている女子にお願いされたらこれは奮起するしかないだろう!
亮介はドヤ顔で拳銃を構えるスナイパーになりきり、ジェットを持つ。
親指を立てて、まだ泣いている景子にバシッと言った。
「俺に任せておきなさい!」
「どの辺に出たの?」
「べ……ベッドの下からサササ―って」
亮介は床に何かが居ないか目を皿の様に細めて探す。
「いた?いた?」
景子は震えてうずくまっている。
その時、白い壁を小さな蜘蛛が伝って動くのを発見すると景子が耳をつんざくような悲鳴を上げた。
「ひぃやあああ――っ」
「うわあっ」
その声にビビって亮介まで叫ぶ。
「は、早く何とかしてっ!」
景子は目を覆い喚くが、亮介は拍子抜けしてその小さな蜘蛛を見ていた。
「ねえ……これなの?
もっと大きな奴を想像してたんだけど……」
「早くそいつをどっかにやって――!いやあああ」
亮介は呆気に取られながらティッシュで蜘蛛をつまみ、窓を開けて外へ逃がした。
「もう居ないよ」
景子は顔を上げたが、まだ不安そうに震えていた。
亮介は急に瞼と身体中が重くなり、こめかみを押さえた。
「じゃあ、蜘蛛問題も解決した事だし……
俺は戻りますよ」
欠伸をして出ようとした時、足首を掴まれ、弾みでドアに顔をバーンとぶつけてしまう。
「い……痛いっ!何なんだよ!」
景子は亮介の足にしがみついて泣いて訴えた。
「い、行かないで――!
まだ、その辺に仲間が居るかも知れないじゃない!」
「な、仲間って!」
「蜘蛛の一族がこの部屋に潜伏して、驚かしてやろうって
"ひっひっひっ"
て笑って私を何処からか見てたらど――するの!?」
足をブンブン動かして振り払おうとするが、スッポンの如く景子は離れない。
異様なしぶとさと頑なさに亮介は絶句した。
「お、お願い……こわい……こわいよう……」
子供みたいに泣きじゃくる様子を見て、亮介はフーと溜め息を吐く。
「しょうがないな……あと少しだけ居てやるよ」
「!」
景子が涙でぐしゃぐしゃになった顔で亮介を見上げた。
「ただし、また虫が出てもさっきみたいに騒がない事!
ホテルマンがびっくりして飛んで来ちゃうよ」
景子はコクンと頷いた。
「え――っと……」
亮介はまだ足にしがみつく景子に頭を掻きながら言う。
「とりあえず……離してもらっていいかな?
何処にも行かないから」
景子の大きな目が一瞬揺れた。
「ね?」
亮介は子供に言い聞かせる様に優しく笑った。
「……何処にも行かない?」
「うんうん」
景子はやっと手を離して、床にペタンと放心して座る。
亮介もしゃがむと、景子の涙をティッシュでそっと拭き取りぐしゃぐしゃになった髪をほどいて手で鋤いて綺麗にしてやった。
何も考えていなかった。
目の前の景子がまるで手のかかる小さな女の子みたいに見えたからだ。
妹の小さな頃を思い出す。
自分の後をいつも付いて廻っていた。
小学校に上がるまでは母親の代わりに自分が髪をとかしたり結んであげたり、服を着せてあげたりしていたのだ。
でもあいつも思春期になったら生意気になって俺の事をパシリ扱いしたよな……
ふとそんな思い出が頭に甦る。
景子の目がトロンとして身体がグラッと揺れた。
「おおっと」
支えると、何の抵抗もなく腕の中に全体重をかけて来るが、その軽さにドキリとする。
「う、おほんっ」
思わず咳払いするが、景子は腕の中から出ようとしない。
「え――と、北森さん?眠るなら、ここじゃなくてちゃんとベッドへ……」
「んん……
眠……蜘蛛のせいで……寝れなくて……」
「うんうん。
だよね~でも、立てるかな?」
「…………」
開いた目がまた閉じかけて亮介の胸に景子の鼻先が当たり、亮介は身体じゅうに緊張が走る。
……大丈夫なんか、これ……
明日になって、セクハラだの暴行されただの訴えてやる!だの言われないだろうか……
だが、腕の中の景子はそんな毒を吐きそうもない、天使みたいにスヤスヤ眠っている。
亮介は「ふんっ」と掛け声を自分でかけ、景子を抱き上げてベッドへ運びそっと寝かせた。
「あ、そうだ」
眼鏡を外してテーブルに置く。
長い睫毛の寝顔はまるで少女の様だ。
亮介はしげしげと眺めていたが、ボソッと呟く。
「眠ってると可愛いのにな」
自分で、あっと口を押さえた。
……俺、今何を言った?
景子が寝返りを打ってタオルケットを蹴飛ばして、その足が亮介の顔を直撃した。
「――――!」
スヤスヤ眠る景子の側で亮介は鼻を押さえて声にならない悲鳴を上げた。
「こっ……この女!顔面崩壊させる気かよ――!」
痛みを堪えながら、タオルケットを身体にかけてやる。
小さな手が無意識にタオルケットを掴む仕種が可愛らしく見えた。
亮介は景子から背を向けて頭をぐしゃぐしゃに掻きむしる。
「あ――もう!
何なんだよ調子狂うな――!もう俺は帰る!帰ってやる!ふんっ」
ドアに手をかけたとき、小さな呟きが聴こえた。
「……洋……平……」
振り返ると、景子はまた静かな寝息をたてている。
亮介は起こさないように、そっと出ていった。
部屋に戻ると、三広はベッドから落ちて床で大の字で寝ていた。
「……全く、ここにも子供が居るな」
亮介は三広にタオルケットをかけてやると、ベッドに上がり横になるが、先程までの眠気はどこかへ飛んで行ってしまった様に目が冴える。
景子の涙でぐしゃぐしゃの顔、安心しきった無防備な寝顔、しがみついてきた小さな手を思い出すと、正体不明の痛みに苛まれた。
「……なんか俺、悪いもん食ったっけ?
アイスのせいかな……」
腹の辺りをさするが、どうやらその痛みは胸らしい。
(何故に胸が痛いのか……
ヤバイな。
病院に行った方がいいんだろうか)
ぼんやり考えていたら、ようやく瞼が落ちてくる。
『……洋……平……』
景子の声が聴こえたような気がした。
(……誰の事なんだろう……)
考えに頭を巡らそうとする前に、亮介も眠りに落ちた。
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