ばあちゃんの豆しとぎ

ようさん

文字の大きさ
10 / 151

祖母の最後の日 

しおりを挟む
 
 つい昨日のこと。

 祖母はいつものように昼近くに起きてきて、母が作った鳥そばの昼ご飯を平らげたという。

「どっこいしょ」とダイニングキッチンの椅子から立ち上がった途端に倒れた。何かにつまづいたのだと思った母はとっさに骨折の心配をした。
 駆け寄って名前を呼んだところ意識がなく「おばあちゃんが大変だ」と畑に出ていた父を呼んだ。
「なに、漏らしたか」なんて呑気に戻ってきた父もさすがに青くなって救急車を呼んだ。

 病院で蘇生措置も受けたが、祖母が還ってくることはなかった。診断名は「大動脈乖離かいり」だと説明されたそうだ。

「救急車呼んだんだども病院でも どうもせえねえでどうしようもなくて……心臓の近くの太い血管が切れだじょうたそうだ

 蘇生措置を断念し、色々の手続きを終えて祖母を連れ帰ってきた後であの留守電を入れたらしい。改めて申し訳なく思った。

「……だって私、こないだ電話で話したばかりだよ」

「家でだって倒れるまでぁいつもどおりだったもの」

 嫁姑の確執は世間のお約束とはいえ、ネガティブなのに気が強く、何でも自分流を貫こうとする祖母と同居する母の苦労は人並み以上だったと思う。

「何年かはおむつの世話をするんだべなあと、思ってだったが」

 母は打ちひしがれていた。目の前で家族が亡くなったことがとてつもなくショックだったようだ。

「でもお祖母ちゃん、昔から口を開けば私にも晃夫あきおにも『病まねえで死にてえ、お祖父ちゃん早く迎えさ来ねえべえか』って、くどくど言ってた人だからねえ。何だかんだ米寿まで元気に生きられたんだし、寝たきりになるより本人もよかったんでないの」

 満年齢では八八だが実家流の「数え」の行年だと、早々に楽隠居を決め込んで八九で亡くなった曾祖母より二才多い九一になるーーというのは後になって知った話だ。
 北関東こちら流ならお祝いの「長寿銭」を配る。

 昭和の半ば頃、父が大きくなるまでは祖母が女一人でこの家の生計を立てていた。
 早世した祖父が遺した田畑を女一人で切り盛りし、小さな町の市で野菜や自家製の食材を売りながら一人っ子の父と姑である曾祖母を養った。宮沢賢治の詩よろしく雨にも雪にも負けず、寒さの夏はおろおろ歩きながらつつましく辛抱強く生きていた人だった。

 無事高校を卒業した父が念願の勤め人になり、農業の方は他に担い手がいないものだから「 すねぁ病める足が痛い」「こえぇ疲れた」と愚痴りながら、しばらくは続けていた。

 私は実家を出、家庭をもってからも帰省するたびに祖母の長い愚痴の聞き役になった。

 父は長年、労働組合や自治体の役員を引き受けて土日も多忙な生活を続けていたが、トラックの運転や力仕事などできる範囲で祖母を手伝ってはいた。
 定年退職を迎える頃には土日農業にシフトをし、再雇用契約が満期になると本格的に畑を引き継ぐ宣言をした。

 祖母はいよいよ身体がきかなくなったこともあり、ようやく念願の楽隠居生活に入っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

完結 辺境伯様に嫁いで半年、完全に忘れられているようです   

ヴァンドール
恋愛
実家でも忘れられた存在で 嫁いだ辺境伯様にも離れに追いやられ、それすら 忘れ去られて早、半年が過ぎました。

ことりの古民家ごはん 小さな島のはじっこでお店をはじめました

如月つばさ
ライト文芸
旧題:ことりの台所 ※第7回ライト文芸大賞・奨励賞 都会に佇む弁当屋で働くことり。家庭環境が原因で、人付き合いが苦手な彼女はある理由から、母の住む島に引っ越した。コバルトブルーの海に浮かぶ自然豊かな地――そこでことりは縁あって古民家を改修し、ごはん屋さんを開くことに。お店の名は『ことりの台所』。青い鳥の看板が目印の、ほっと息をつける家のような場所。そんな理想を叶えようと、ことりは迷いながら進む。父との苦い記憶、母の葛藤、ことりの思い。これは美味しいごはんがそっと背中を押す、温かい再生の物語。

人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―

ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」 前世、15歳で人生を終えたぼく。 目が覚めたら異世界の、5歳の王子様! けど、人質として大国に送られた危ない身分。 そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。 「ぼく、このお話知ってる!!」 生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!? このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!! 「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」 生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。 とにかく周りに気を使いまくって! 王子様たちは全力尊重! 侍女さんたちには迷惑かけない! ひたすら頑張れ、ぼく! ――猶予は後10年。 原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない! お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。 それでも、ぼくは諦めない。 だって、絶対の絶対に死にたくないからっ! 原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。 健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。 どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。 (全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)

元Sランク受付嬢の、路地裏ひとり酒とまかない飯

☆ほしい
ファンタジー
ギルド受付嬢の佐倉レナ、外見はちょっと美人。仕事ぶりは真面目でテキパキ。そんなどこにでもいる女性。 でも実はその正体、数年前まで“災厄クラス”とまで噂された元Sランク冒険者。 今は戦わない。名乗らない。ひっそり事務仕事に徹してる。 なぜって、もう十分なんです。命がけで世界を救った報酬は、“おひとりさま晩酌”の幸福。 今日も定時で仕事を終え、路地裏の飯処〈モンス飯亭〉へ直行。 絶品まかないメシとよく冷えた一杯で、心と体をリセットする時間。 それが、いまのレナの“最強スタイル”。 誰にも気を使わない、誰も邪魔しない。 そんなおひとりさまグルメライフ、ここに開幕。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双

四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。 「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。 教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。 友達もなく、未来への希望もない。 そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。 突如として芽生えた“成長システム”。 努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。 筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。 昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。 「なんであいつが……?」 「昨日まで笑いものだったはずだろ!」 周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。 陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。 だが、これはただのサクセスストーリーではない。 嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。 陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。 「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」 かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。 最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。 物語は、まだ始まったばかりだ。

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

課長と私のほのぼの婚

藤谷 郁
恋愛
冬美が結婚したのは十も離れた年上男性。 舘林陽一35歳。 仕事はできるが、ちょっと変わった人と噂される彼は他部署の課長さん。 ひょんなことから交際が始まり、5か月後の秋、気がつけば夫婦になっていた。 ※他サイトにも投稿。 ※一部写真は写真ACさまよりお借りしています。

処理中です...