ばあちゃんの豆しとぎ

ようさん

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通夜三日目 4〜受付か雪中行軍か〜

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「受付のテントはこちらで用意しますので」

 父と畑中君の打ち合わせはまだ続いていた。

「テントを立でんのさ人手ぁ要りますべぇな」

「いえ、それはこちらでやるので大丈夫です」

 ん?テント立てるって言った?受付のテントって何?

「そういえば受付ってどこでやるの?」

 我ながら今さら過ぎる質問だ。普通の住宅の玄関ではさすがに狭すぎるだろうから、てっきり茶の間かサンルーム辺りに座卓を出してスペースを作るのだと勝手に思っていたが……

 父が呆れ顔で「外さ決まってんべ」とさも当然のように答えた。

 は?

 無理無理無理無理……!

 私はかれこれ二十年近く雪の積もらない関東の暖冬をぬくぬくと越してきている。自慢じゃないが、氷点下の戸外で一時間以上も立っていたら分厚いベンチコートを着てたって凍死してしまう自信がある。

「黒いコートは一応持ってきたけど、あれじゃ薄すぎるだろうし……お母さん、何か貸してもらえない?」

「馬鹿でねえ。コート着て受付するだのって、見たごどぁねえ」

 父に一喝されたが、「馬鹿じゃないのか」はこっちのセリフだ。いくらこちらの寒さに慣れてる人だって、真冬の平時にスーツ一枚で戸外を歩いている人がいたら頭の中を心配するだろう。

「コートって本当に着ちゃいけないの?だって私達、氷点下の外で朝から一時間以上、下手すると二時間近く立ってなきゃいけないんだよ。それに明日は雪なんでしょう」

 私は悲壮感たっぷりに、畑中君に目でSOSを出した。
 こちらに来てずっと晴れのおだやかな日が続いていたがよりによって明日の天気予報はここに来て初めての雪マークだった。

「この時期はコートを着る家もありますよ」

 と、彼はもっともな事を言って助け船を出してくれたのだが、父はそれでもうんと言わない。

「喪主様の意向が第一ですから」

 彼はあっさり折れ、それ以上説得しようとはくれなかった。

「天は……天は我々を見放した……!」

 昭和の名画「八甲田山」の悲劇的クライマックス、北大路欣也演じる神田大尉が極寒の吹雪の中、極限状態で男泣きするシーンが脳内で再生された(もっともリアルタイムの子どもの頃は怖くて観られなかった)

「業務用のストーブを用意します。吹雪や大雪ではなさそうですし、喪服の中に厚着をすればどうにか我慢できるかと」

 何とフォローされても裏切られた気分に変わりはないし、お隣県の青森第五連隊199名が遭難死した史実も変わらない。
 いや、第五連隊全然関係ないし畑中君だって仕事なのだから仕方ないのだが。

 どだいこの地域の人たちは「人目が悪い」という言葉に象徴されるように、外面は良いが身内に厳しい傾向がある。
 いくら凍えようが後で熱を出そうが、私はこの家の娘なので我慢もするが「父の従兄の連れ合いの姪」という血縁的にはほぼ他人に近いのに、厚意だけで手伝いに来てくれる咲恵ちゃんにまで雪中の荒行を押しつけてよしとする感覚はよくわからない。

 もっとも咲恵ちゃんはこちらの人だし、本家繋がりの弔事で慣れてるからということなのかもしれないが……葬式の手伝いが毎度毎度厳寒期だったとは限らないではないか。
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