118 / 151
祖母の晩年 5〜介護認定と瓶牛乳〜
しおりを挟む
八十代後半に差し掛かった祖母は、昼間は自分の部屋か茶の間かサンルームでうつらうつらしている時間が多くなり、昼夜が逆転するようになった。
祖母の姑である曽祖母は、父の自立を見届けて六十代後半で楽隠居を決め込んでいたのだが、それも祖母の愚痴の定番ネタだった。
祖父との苦労と辛抱と努力の碑である農地は売ったり諦めたりした残りを父に引き継ぎ、稀客に櫂を渡すまで此岸と彼岸を永遠に往復し続ける渡守の役目に、祖母はやっと終止符を打つことができた。
市日の収入は無くても年金は入ってくるし、衣食住や税金の心配もない。念願のストレスフリーな隠居生活を叶えたにしては、お盆の帰省の時に会う祖母にはどこか覇気が無かった。
それでも昼間、私の夫や子どもたちに対する「外づらのよさ」は健在だったが夜中になると「あれがない、これがない」と騒ぎ出したり、発作的に母の悪態を吐き出したりして、父と弟が二人がかりでなだめるーーといったことがたびたびあった。朝になると本人はけろりと忘れていて「ゆんべな寒ぐながったが」などと聞いてくる。
その頃の故郷の真夏は窓を開けてさえいたらエアコンなど必要ないほど夜は涼しく、朝方には風邪を引いてしまいそうなくらいだった。
颯也は夜中の修羅場について覚えてはいないようだが、それはそれでいいかと思っている。
さて、祖母の元の言動が言動なものだから、体が利かなくなって機嫌が悪いのか認知症の始まりなのか、両親もしばらくは判断に迷っていた。
「爺様先生と大喧嘩事件」「孫捜し事件」「花売り事件」「金庫の鍵事件」ーーと立て続けに起きるに至ってついに、介護保険の利用を決めた。
本人を医者に診せるまでがまた一騒動あったそうなのだが、ケアマネージャーさんが家に来た時だけはニコニコと愛想良く、しっかり受け答えしていたという。
祖母をデイサービスに通わせたりカウンセリングを受けさせたりするのはかなり難易度が高かったが、専門の医者に通わせる事は何とかできた。服薬も最初は嫌がったが父が根気強く言い含めて薬を飲ませていた。
母と祖母はそれぞれの主治医から骨粗鬆症対策を勧められ、メーカーの違うカルシウム入りの牛乳を、自分のお財布でそれぞれ別な販売店に配達を頼んでいた。
しかし、祖母の方は時々飲むのを忘れてしまい牛乳が溜まりがちになってしまう。父が「牛乳飲め」なんて事で怒鳴るので、さすがにあんまりだと思っていたが、医者からも頭ごなしに怒鳴るのは止められたそうだ。それでもたまに時々怒鳴っているが、気をつけてくれるようになったのはよかった。
ところで子どもたちが配達用の瓶の瓶の牛乳を珍しがるもんだから、祖母と母はそれぞれ週3で配達される自分達の牛乳を彼らにあげてはご機嫌になっていた。余剰在庫も捌けておばあちゃん二人はニコニコ、家内は平和なのだが何の改善にも解決にもなっていない。
そんな平和でしょうもない夏休みが当たり前のように繰り返され、望むと望まざるとに関わらず私達も祖母も一年ずつ歳をとっていく。
祖母と最後に会った去年の夏、玄関のいつもの場所に祖母宛の葉書が配達されているのをふと見つけた。
祖母の姑である曽祖母は、父の自立を見届けて六十代後半で楽隠居を決め込んでいたのだが、それも祖母の愚痴の定番ネタだった。
祖父との苦労と辛抱と努力の碑である農地は売ったり諦めたりした残りを父に引き継ぎ、稀客に櫂を渡すまで此岸と彼岸を永遠に往復し続ける渡守の役目に、祖母はやっと終止符を打つことができた。
市日の収入は無くても年金は入ってくるし、衣食住や税金の心配もない。念願のストレスフリーな隠居生活を叶えたにしては、お盆の帰省の時に会う祖母にはどこか覇気が無かった。
それでも昼間、私の夫や子どもたちに対する「外づらのよさ」は健在だったが夜中になると「あれがない、これがない」と騒ぎ出したり、発作的に母の悪態を吐き出したりして、父と弟が二人がかりでなだめるーーといったことがたびたびあった。朝になると本人はけろりと忘れていて「ゆんべな寒ぐながったが」などと聞いてくる。
その頃の故郷の真夏は窓を開けてさえいたらエアコンなど必要ないほど夜は涼しく、朝方には風邪を引いてしまいそうなくらいだった。
颯也は夜中の修羅場について覚えてはいないようだが、それはそれでいいかと思っている。
さて、祖母の元の言動が言動なものだから、体が利かなくなって機嫌が悪いのか認知症の始まりなのか、両親もしばらくは判断に迷っていた。
「爺様先生と大喧嘩事件」「孫捜し事件」「花売り事件」「金庫の鍵事件」ーーと立て続けに起きるに至ってついに、介護保険の利用を決めた。
本人を医者に診せるまでがまた一騒動あったそうなのだが、ケアマネージャーさんが家に来た時だけはニコニコと愛想良く、しっかり受け答えしていたという。
祖母をデイサービスに通わせたりカウンセリングを受けさせたりするのはかなり難易度が高かったが、専門の医者に通わせる事は何とかできた。服薬も最初は嫌がったが父が根気強く言い含めて薬を飲ませていた。
母と祖母はそれぞれの主治医から骨粗鬆症対策を勧められ、メーカーの違うカルシウム入りの牛乳を、自分のお財布でそれぞれ別な販売店に配達を頼んでいた。
しかし、祖母の方は時々飲むのを忘れてしまい牛乳が溜まりがちになってしまう。父が「牛乳飲め」なんて事で怒鳴るので、さすがにあんまりだと思っていたが、医者からも頭ごなしに怒鳴るのは止められたそうだ。それでもたまに時々怒鳴っているが、気をつけてくれるようになったのはよかった。
ところで子どもたちが配達用の瓶の瓶の牛乳を珍しがるもんだから、祖母と母はそれぞれ週3で配達される自分達の牛乳を彼らにあげてはご機嫌になっていた。余剰在庫も捌けておばあちゃん二人はニコニコ、家内は平和なのだが何の改善にも解決にもなっていない。
そんな平和でしょうもない夏休みが当たり前のように繰り返され、望むと望まざるとに関わらず私達も祖母も一年ずつ歳をとっていく。
祖母と最後に会った去年の夏、玄関のいつもの場所に祖母宛の葉書が配達されているのをふと見つけた。
0
あなたにおすすめの小説
ことりの古民家ごはん 小さな島のはじっこでお店をはじめました
如月つばさ
ライト文芸
旧題:ことりの台所
※第7回ライト文芸大賞・奨励賞
都会に佇む弁当屋で働くことり。家庭環境が原因で、人付き合いが苦手な彼女はある理由から、母の住む島に引っ越した。コバルトブルーの海に浮かぶ自然豊かな地――そこでことりは縁あって古民家を改修し、ごはん屋さんを開くことに。お店の名は『ことりの台所』。青い鳥の看板が目印の、ほっと息をつける家のような場所。そんな理想を叶えようと、ことりは迷いながら進む。父との苦い記憶、母の葛藤、ことりの思い。これは美味しいごはんがそっと背中を押す、温かい再生の物語。
人質5歳の生存戦略! ―悪役王子はなんとか死ぬ気で生き延びたい!冤罪処刑はほんとムリぃ!―
ほしみ
ファンタジー
「え! ぼく、死ぬの!?」
前世、15歳で人生を終えたぼく。
目が覚めたら異世界の、5歳の王子様!
けど、人質として大国に送られた危ない身分。
そして、夢で思い出してしまった最悪な事実。
「ぼく、このお話知ってる!!」
生まれ変わった先は、小説の中の悪役王子様!?
このままだと、10年後に無実の罪であっさり処刑されちゃう!!
「むりむりむりむり、ぜったいにムリ!!」
生き延びるには、なんとか好感度を稼ぐしかない。
とにかく周りに気を使いまくって!
王子様たちは全力尊重!
侍女さんたちには迷惑かけない!
ひたすら頑張れ、ぼく!
――猶予は後10年。
原作のお話は知ってる――でも、5歳の頭と体じゃうまくいかない!
お菓子に惑わされて、勘違いで空回りして、毎回ドタバタのアタフタのアワアワ。
それでも、ぼくは諦めない。
だって、絶対の絶対に死にたくないからっ!
原作とはちょっと違う王子様たち、なんかびっくりな王様。
健気に奮闘する(ポンコツ)王子と、見守る人たち。
どうにか生き延びたい5才の、ほのぼのコミカル可愛いふわふわ物語。
(全年齢/ほのぼの/男性キャラ中心/嫌なキャラなし/1エピソード完結型/ほぼ毎日更新中)
異世界ママ、今日も元気に無双中!
チャチャ
ファンタジー
> 地球で5人の子どもを育てていた明るく元気な主婦・春子。
ある日、建設現場の事故で命を落としたと思ったら――なんと剣と魔法の異世界に転生!?
目が覚めたら村の片隅、魔法も戦闘知識もゼロ……でも家事スキルは超一流!
「洗濯魔法? お掃除召喚? いえいえ、ただの生活の知恵です!」
おせっかい上等! お節介で世界を変える異世界ママ、今日も笑顔で大奮闘!
魔法も剣もぶっ飛ばせ♪ ほんわかテンポの“無双系ほんわかファンタジー”開幕!
苦手な冷徹専務が義兄になったかと思ったら極あま顔で迫ってくるんですが、なんででしょう?~偽家族恋愛~
霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「こちら、再婚相手の息子の仁さん」
母に紹介され、なにかの間違いだと思った。
だってそこにいたのは、私が敵視している専務だったから。
それだけでもかなりな不安案件なのに。
私の住んでいるマンションに下着泥が出た話題から、さらに。
「そうだ、仁のマンションに引っ越せばいい」
なーんて義父になる人が言い出して。
結局、反対できないまま専務と同居する羽目に。
前途多難な同居生活。
相変わらず専務はなに考えているかわからない。
……かと思えば。
「兄妹ならするだろ、これくらい」
当たり前のように落とされる、額へのキス。
いったい、どうなってんのー!?
三ツ森涼夏
24歳
大手菓子メーカー『おろち製菓』営業戦略部勤務
背が低く、振り返ったら忘れられるくらい、特徴のない顔がコンプレックス。
小1の時に両親が離婚して以来、母親を支えてきた頑張り屋さん。
たまにその頑張りが空回りすることも?
恋愛、苦手というより、嫌い。
淋しい、をちゃんと言えずにきた人。
×
八雲仁
30歳
大手菓子メーカー『おろち製菓』専務
背が高く、眼鏡のイケメン。
ただし、いつも無表情。
集中すると周りが見えなくなる。
そのことで周囲には誤解を与えがちだが、弁明する気はない。
小さい頃に母親が他界し、それ以来、ひとりで淋しさを抱えてきた人。
ふたりはちゃんと義兄妹になれるのか、それとも……!?
*****
千里専務のその後→『絶対零度の、ハーフ御曹司の愛ブルーの瞳をゲーヲタの私に溶かせとか言っています?……』
*****
表紙画像 湯弐様 pixiv ID3989101
元Sランク受付嬢の、路地裏ひとり酒とまかない飯
☆ほしい
ファンタジー
ギルド受付嬢の佐倉レナ、外見はちょっと美人。仕事ぶりは真面目でテキパキ。そんなどこにでもいる女性。
でも実はその正体、数年前まで“災厄クラス”とまで噂された元Sランク冒険者。
今は戦わない。名乗らない。ひっそり事務仕事に徹してる。
なぜって、もう十分なんです。命がけで世界を救った報酬は、“おひとりさま晩酌”の幸福。
今日も定時で仕事を終え、路地裏の飯処〈モンス飯亭〉へ直行。
絶品まかないメシとよく冷えた一杯で、心と体をリセットする時間。
それが、いまのレナの“最強スタイル”。
誰にも気を使わない、誰も邪魔しない。
そんなおひとりさまグルメライフ、ここに開幕。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜
来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、
疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる