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①
しおりを挟むクラスメイトの叶くんは、この高校で一番の人気者だ。
イケメンで優しくて、勉強もスポーツもできて、朗らかに笑う顔は太陽のように眩しい。
誰にでも分け隔てなく接する彼の人気は女子だけに留まらず、一部の男子や教師、果ては保護者までをも虜にしてしまう。
誰もがみんな彼に夢中だった。
もちろん、私だって例外じゃない。
「ねえねえ、聞いた? 三年の佐々木先輩、今度叶くんとデートするらしいよ」
同じクラスの結衣が言った。
ええっ、とその場にどよめきが起こる。
私を含めた女子三人が、目の色を変えて結衣に詰め寄った。
「佐々木先輩って、あのお嬢様でしょ? 美人だけど周りから浮いてるっていうか、なんていうか……そういう付き合いとかは全然しなさそうなのに」
「ほんと! 男子とつるむどころか女友達と遊んでるところすら見たことないよ。家が厳しいとかで、部活にも入ってないんでしょ? そんな人がどうやって叶くんと……」
彼女たちの言う通り、佐々木先輩はお嬢様すぎるが故に、私たち下々の者とは無縁の生活を送っているような人だった。
美人でお淑やかで、男子からも人気があるけれど、習い事などで忙しいのか、周りの生徒と深い付き合いをしているところは見たことがない。
そんな彼女が一体どうやって、学年も違う叶くんとコンタクトを取ったのだろう。
「二人はもう付き合ってるの?」
「ううん、まだみたい。初デートだって」
「なぁんだ、よかった。……でも、佐々木先輩がもし告白でもしたら、叶くんはOKしちゃうのかなぁ」
憂鬱な未来がぼんやりと頭に浮かぶ。
そりゃあ、あんな綺麗な人に交際を申し込まれたら断る選択肢はない。
そう、普通の男子ならば。
「でも……——」
私は一縷の望みにかけて言う。
「でもさ、相手はあの叶くんだよ。いくら佐々木先輩でも、絶対ってことはないんじゃないかな。それにほら、当日は台風でデートがキャンセルになるかもしれないし、どちらかが風邪をひいて行けなくなることだってあるかも」
「そんなの、また日を改めて行けばいいだけでしょ。ずーっと台風だの風邪だのが続くわけじゃないんだから」
「ずーっと続く可能性だってあるかも」
そんなことがあるはずはないと頭ではわかりつつも私が言うと、
「なに。めちゃくちゃ必死じゃん、あんた」
半ば呆れた顔で、結衣に言われてしまった。
◯
当日は記録的な大雨が降りますように——と、ドス黒い願いを書いたメモを持って、私は校舎の屋上へと上がった。
広々とした屋上のフェンスには、所々に折り畳まれた紙が結んである。
ちょうど神社でおみくじを結んでいるのと同じような状態だった。
この高校に伝わる、おまじないの一種だ。
紙に願いを書いて、それをこのフェンスに結ぶと、神様がそれを叶えてくれるという言い伝え。
もちろん、本気で信じているわけじゃない。
こんなことで全ての願いが叶うなら、今頃はこの高校の女子生徒はみんな叶くんと付き合っているはずだ。
(でも、願うだけならタダなんだし……)
このまま何もしないよりは、神様に縋ってみたいと思うことだってある。
ダメで元々、叶えば儲け物。
どうせなら叶って欲しいな、と思いながら紙を結んでいると、フェンス越しに見えたグラウンドの真ん中に、見覚えのある姿があった。
叶くんだ。
サッカー部に所属する彼は、こうして放課後には毎日グラウンドでサッカーの練習をしている。
コートの周りでは女子のギャラリーができていて、黄色い声があちこちから上がっていた。
いつだって人気者の彼。
私には到底手の届かない存在。
願わくば、誰の色にも染まらず、いつまでも孤高の人でいてほしい。
そんな身勝手な思いを抱えながら、私はひとり屋上を後にした。
◯
そして迎えたデート当日。
この日は急激に発達した雨雲の影響で、記録的な大雨となった。
『やーばいね、この雨。あんたの言った通りになったじゃん!』
結衣からSNSでメッセージが来ていた。
家の屋根や雨戸を叩く激しい雨音に紛れて、時折雷の唸る音が響く。
たまたまだろう、と思いつつも、この奇跡に私は内心歓喜していた。
(願いが、叶った……!)
さすがにこの雨の中をデートに誘うほど、叶くんは無神経な男ではないだろう。
本日のデートは中止。
おそらくは私の他にも喜んでいる女子は少なくない。
神様ありがとう。
できれば次のデートも、その次も、ずーっとキャンセルになりますように。
応援ありがとうございます!
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