あばらやカフェの魔法使い

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第2章

既視感

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       〇


 次の日から、私があの店へ行くことはなくなった。

 学校への行き帰りには必ずあの森の前を通るけれど、そのときは横目でちらりと確認をするだけで、足早にその場を去る。

 脳裏には、流星さんから言われたことがずっとこびりついていた。

 ――あいつはいつか死ぬかもしれねえ。

 死ぬ、という言葉の響きを思い出すたび、私は身震いした。

 自分よりも他人のことを優先する、心優しいまもりさん。
 彼はその優しさから、自らの身を滅ぼしてしまうかもしれない。

 私がそばにいることで、彼は私のために魔法を使って、いつか死んでしまうかもしれない。
 それはつまり私の存在が、彼を殺すことになるということだ。

(やっぱり、会わない方がいいよね)

 彼をあの森の奥で一人にさせておくのは心配だけれど、今は流星さんがいる。

 いや、もともと二人は昔から一緒だったのだ。
 私なんかがまもりさんの心配をしなくたって、彼のことは流星さんが守ってくれる。

 私があの店へ足を運ぶ理由なんて何もない。

 なのにどうして、私の心はこんなにもモヤモヤとしているのだろう?

(こんなとき、いのりちゃんがいてくれたら)

 わずかな期待を抱きながら、スマホでSNSの画面を開く。

 しかし、いのりちゃんからの新着メッセージの通知はなかった。

 数日前に私が送ったメッセージにも返信はない。
 既読のマークは付いているので、一応目だけは通してくれているみたいだけれど。

(文字だけで話しかけたって、だめだよね。ちゃんと顔を見て伝えなきゃ)

 高校からの帰り道をとぼとぼと歩いていると、ふと、カバンにぶら下げていた例のストラップが目に入った。

 いのりちゃんがくれた、テディベアのストラップ。
 これを見ると、彼女のことを思い出すのと同時に、まもりさんの笑顔が頭に浮かぶ。

 二人との思い出が詰まった、私の大切な宝物。

 結局、いのりちゃんとはケンカしたまま、今度はまもりさんとも会うことができなくなってしまった。

 寂しい、なんていうのは私の勝手な感情だけれど。
 せめていのりちゃんとは、ちゃんと話し合って、早く仲直りをしなければ。

 彼女は一体、何を怒っているのだろう。

 私は、彼女の何を傷つけてしまったのか?

 考えているうちに、何か大事なことを思い出したときのような、フラッシュバックのような映像が、唐突に頭に中に飛び込んできた。


 いのりちゃんが泣いている。
 泣きながら、何かを必死に叫んでいる。
 私にではない、誰か別の人に向かって。


(これは……)

 強烈な既視感だった。

 一体いつの記憶だろう?

 私とケンカをしたときも、彼女は泣いていた。
 けれどこの映像は、そのときのものとは違う。

 たった一秒ほどの、短い記憶。
 思い出せたのはそれだけだったけれど、その刹那的な瞬間の中にも、様々な感情が込められていたような気がする。

 何だろう。
 何かを思い出しそうになって、けれど何も思い出せない。
 まるで何か不思議な力によって、記憶にふたをされているかのようだ。

 なんだか胸騒ぎがする。

 私は、何か大事なことを忘れている?

 そう不安になりながらも、私はやっと我に返り、いつのまにか俯いていた視線をわずかに上げた。

 すると、

(……あ)

 道の先に、一人の男性が立っていた。
 その人はコンクリートの塀に背を預けながら、ぼんやりと空を眺めている。

 白いシャツに黒いパンツ姿で、腰にはエプロンを掛けている。
 塀のすぐ隣には、例の暗い森の入り口があった。

 線の細い、中性的な顔立ちをしたその男性の横顔には、ひどく見覚えがあった。

(あれは、まもりさん?)

 
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