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第2章
エゴ
しおりを挟む「確かに、魔法を使うのは『誰かの願いを聞き入れたとき』だけだよ。もともと魔法というのは、自分のために使うことはできないものだからね。でも、『誰かのため』というのはただのきっかけにすぎない。僕が魔法を使うのは『誰かのため』でもあり、同時に、『僕自身のため』でもある。僕は胸の内で、見返りを求めているんだよ」
「見返り? って、何かお礼をもらうってことですか?」
「そう」
「で、でも私、まもりさんに魔法で助けてもらったとき、何もあげていませんよ?」
「物理的なものは関係ないんだ。僕が求めてしまう見返りは……『自己満足』のことだよ」
その返答に、私はますます訳が分からなくなった。
まもりさんはわずかに視線を落とすと、どこか自嘲するような笑みを浮かべて言った。
「魔法を使って、誰かを救うことができた。だから僕は幸せだ……そう感じることで、僕は満足する。それはまぎれもない『自己満足』だよ」
「自己満足……? わかりません。どういうことですか?」
「エゴなんだよ。僕はその人を救ったつもりで満足しているけれど、実際には本当にその人のためになったかどうかなんてわからない。僕は僕の厚意を、無理やり相手に押し付けているだけなんだ」
「それは……」
難しい話だった。
少なくとも私にとっては。
誰かのために何かをすることで、満足感を得る――それは、いけないことなのだろうか?
私が頭を悩ませているうちに、まもりさんはふっと視線を逸らすと、今度は車道の方へと目をやった。
釣られて私もそちらを見ると、車道を挟んだ向かい側から、一人の男の子が手を振っているのがわかった。
小さな子。
小学校の低学年くらいだろうか。
例の、あの男の子だった。
彼はまもりさんの顔をまっすぐに見つめたまま、嬉しそうにこちらへ走ってくる。
嫌な予感がした。
あの子に会うたびに、まもりさんは魔法を使っている。
今回もまた、何かを修理してほしいと頼みに来たのだろうか。
見たところ、今は何も手に持っていないようだけれど。
と、男の子が車道へと差し掛かったとき、私は気づいた。
道の先から、一台の車が接近していた。
男の子はそれに気づいていない様子で、勢いよく車道へと飛び出した。
「! あぶな――」
私が制止の声をかけるよりも早く、まもりさんは胸の前で両手を組み、祈りを捧げるようにして頭を垂れた。
(……まもりさん)
この仕草は、いつも彼が魔法を使うときに見せるものだった。
瞬間。
車の前へ飛び出した男の子の身体は、まるで強風に煽られたときのように、不自然に後ろへと押し戻された。
「わっ……!」
男の子の短い悲鳴と、車の甲高いブレーキ音とが重なる。
よろめいた男の子の身体は、歩道の上まで押し戻され、勢いよく仰向けに転がった。
車は戸惑うように一度減速したけれど、やがて男の子の無事を確認したのか、再びスピードを上げてその場を走り去っていった。
「まもりさん……!」
私はすかさず彼を見た。
それまで胸の前で両手を組んでいた彼は、ゆっくりと顔を上げると、男の子の方を見てホッと息を吐く。
いま、彼はあきらかに魔法を使った。
このままでは魔法の報いを受けてしまう――と、不安になる私を落ち着かせるように、彼は穏やかな声で私に語りかけた。
「絵馬ちゃん。君は、前に言ったね。僕の優しさは『本当の優しさ』じゃないって。僕もそう思う。だから……こうして魔法の報いを受けてしまうのは、仕方がないことなんだ」
そう言い終えるのと同時に、彼は胸の辺りを両手で押さえた。
そうして苦しそうに小さく呻きながら、ゆっくりとその場に崩れ落ちたのだった。
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