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第4章

会いたい人

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 案の定、彼女は忘れているようだった。

「まもりさんは、まもりさんだよ。いのりちゃんの、お兄さん」

 私が言うと、彼女は一度びっくりしたような顔をして、それからすぐに噴き出して笑った。

「あはは。なに言ってるの? 私にはお兄ちゃんなんかいないよ?」

 とても冗談を言っているようには見えなかった。
 彼女は本気で、自分の兄の存在を忘れてしまっている。

「絵馬ちゃん、今日はどうしちゃったの? なんだか変なことばっかり言うね」

 その悪意のない純粋な言葉を耳にして、私は胸の奥が締め付けられるような感じがした。

 どうして、思い出させてあげられないんだろう。

 彼女とまもりさんは、とても仲が良かった。
 お互いを忘れることなんて、決して望むはずがないのに。

「……ねえ、いのりちゃん。私……会わなきゃいけない人がいるの」
「え?」

 彼を迎えに行かなければ、と思った。
 今すぐにでも。

 まもりさんはきっと、この街のどこかにいる。
 そして今ごろ、ひとりで寂しい思いをしているかもしれない。

「ごめんね。肝試しの準備、あとはお願い」
「えっ? って、ちょっと絵馬ちゃん。どこ行くの!?」

 私は未だ雨の降り続く屋外へ飛び出すと、いのりちゃんの声を無視して、そのまま駆け出した。
 暗い森を一気に抜け、見慣れた通学路をひた走る。

 まもりさんは今、どこにいる?

 私は、彼を見つけることができるだろうか。

 いや、見つけ出さなければならないのだ。
 彼が寂しい思いをしているかもしれないから。

 否。

 私が、彼に会いたいから。

「まもりさん……!」

 私は全身をずぶ濡れにしたまま、大きな交差点の所までやってきた。
 信号待ちをしている車の中から、多くの視線がこちらを向く。

 きっと今、私はひどい顔をしている。
 こんな状態で彼に会って、嫌われたりしないだろうか。

 いや、そもそも。
 彼は私のことを覚えてくれているのだろうか?

 彼の妹であるいのりちゃんは未だ、彼のことを思い出せずにいる。
 私が記憶を取り戻すことができたのは、ただ運が良かっただけかもしれない。
 私がまもりさんを見つけても、私はただ気味悪がられるだけかもしれない。

 それでも、私は――。

「…………あ」

 そのとき、ふっと雨が止んだ。
 灰色の雲の隙間から、オレンジ色の光が降り注いでくる。

 そして、その片隅には。
 薄っすらと、七色の虹がかかっていた。

(虹……)

 私はその美しい七色の光を、ぼんやりと見上げていた。

 ――虹のふもとには、宝物が眠ってる……って、昔から言うよね。

 ふと、そんなセリフを思い出した。
 誰かが昔、そんなことを言っていた。

 これは、誰から聞いた言葉だっただろうか?

 ――君の探し物も、きっとそこにあると思うよ。

 虹の麓に、私の探している宝物がある。
 その言葉が、私の心を導いてくれる。

(虹の、麓に……)

 何の根拠もないけれど、私は確信した。

(あの虹の麓に、まもりさんがいる)

 
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