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第二章
幸せな時間
しおりを挟む◯
クラスに打ち解け始めてから、時間はあっという間に過ぎていった。
毎日が楽しくて仕方がない。
昼間は学校で仲良くなった友達と過ごし、放課後には運が良ければ、あの河川敷で狭野に会える。
さすがに毎日とはいかなかったけれど、狭野の仕事が早く終わった日には、彼は日暮れ前までにはその場所へ現れた。
「ベビーカステラ、食べる?」
時々、彼は霧島への手土産としてベビーカステラを買ってくることがあった。
学校から河川敷までの道のりにはスーパーやコンビニもあるが、なぜかいつも買ってくるのは、決まって道端の屋台で売られているベビーカステラだった。
「先生、ベビーカステラ好きなの?」
「いや、僕は別に。こういうのって、女の子なら好きそうだと思って」
どうやら霧島の好みを予想して、あえてそれを選んでいるらしい。その心遣いが、霧島は嬉しかった。
二人で河川敷の土手に座って、ベビーカステラをつまみながら他愛もない会話をする。もはや日常となりつつあるこの時間が、霧島の心を何よりも癒していた。
「最近は、クラスメイトたちとも上手くいっているみたいだね」
「うん! あのね、今度の週末は、私がみんなにお裁縫を教えてあげるの」
霧島が満面の笑みを浮かべて話すと、それにつられてか、狭野の顔もわずかに綻ぶ。相変わらず無表情ではあるが、ほんのりと目尻が柔らかくなる。
それが彼なりの、控えめすぎる笑顔だった。
(幸せだなぁ……)
こんな日がずっと続けばいいと思った。
続くと思い込んでいた。
これからもずっと、狭野と一緒にこの穏やかな時間を過ごせると思っていた。
けれど、そんな夢のような時間は、得てして長くは続かないものだ。
◯
「ねえ御琴。お母さん、ちょっと気になってるんだけど……最近、隣のクラスの狭野先生と仲良いの?」
ある朝、母から急にそんな話を振られた。
朝食のパンに齧りついていた霧島がふと顔を上げると、こちらを見つめる母の目はいつになく不安げだった。
「狭野先生? ……うん。先生とはよく喋ったりするけど、それがどうかしたの?」
霧島が聞き返すと、母は歯切れの悪い声で答える。
「友達のお母さんから聞いたんだけど……。あなた、学校だけじゃなくて、放課後にも先生と会ってるのよね? 最近、家に帰ってくる時間も遅くなってるのは、それが原因なんでしょう?」
思いのほか詳しいところまで知られていることに、霧島は驚いていた。
しかも母の話ぶりから察するに、あまり良い印象は持たれていないらしい。ちょうど数日前に帰りが遅くなって、門限を過ぎてしまったのがマズかったのかもしれない。
「こ、このあいだ遅くなったのは悪かったってば。ほら、先生の仕事が終わる時間って日によってバラバラだし……。でも、遅くなったときは先生がいつも家まで送ってくれるから心配ないよ」
ねっ、と必死に笑顔を向けてみるが、母の疑わしげな視線は変わらない。
「御琴が大丈夫なら、それでいいんだけど……。その……先生にヘンなことされたりとかは、してないわよね?」
ためらいがちに発せられた母の言葉を聞いた瞬間、霧島は耳を疑った。
と同時に、カッと頭に血が上る。
「……そんなんじゃないもん!」
ほとんど反射的に、叫ぶように霧島が言った。
その剣幕に、母も一瞬だけ怯えるようにして身を固くした。
狭野が何か変なことをするなんて、そんなのはあり得ない。
まるで彼を変質者か何かのように扱う母の態度が、霧島は信じられなかった。
「狭野先生は、すっごく優しい先生なのにっ……お母さんのばか!」
朝食の途中だったが、霧島は構わず学校のカバンを手に取るとそのまま玄関へ向かった。
後ろから何かを言う母の声が聞こえたが、振り向かなかった。
荒々しく扉を開けて出て行こうとする娘と、ちょうど夜勤明けで帰宅した父が鉢合わせたが、霧島は「いってきます」とも「おかえり」とも言わず、苛立ちを振りまきながらその場を後にした。
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