黒地蔵

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10:右手

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 右手が使える、ということの意味を私が理解するまで、クロは淡々と、だけど丁寧ていねいに説明してくれた。

 彼曰く、地蔵の体は石で出来ているため、人間のように自由に動き回ることはできない。
 そのため、彼らは度々こうして石の体を抜け出して、魂だけの状態で行動するのだという。
 そしてこの状態のときは、今の私と同じで、様々なものに触れることができなくなるらしい。

「とはいっても、地面に足は着くし、山の斜面にも触れることができる。基本的に触れられないのは、地面以外のもの……生き物とか、その他の物理的なものだ」

 本来は誰にも触れられず、足元の石ころ一つ掴めないはずの彼。
 けれど、その右手だけは、あらゆるものに触れることができるという。

 その証拠に今、彼は私の左手を握っている。

「じゃあ、あなたの右手は……生きている人間にも触れられるってこと?」

 私が聞くと、彼は頷く。

 それはつまり、彼は人間に干渉することができて、その気になれば、あの噂通りの怪異を引き起こすことだってできる、ということだった。

「この力は、オレ以外の地蔵には備わっていない。地蔵にはそれぞれ個別の能力があって、その内容が被ることはほとんどない。こうしてお前に触れられるのも、地蔵の中ではおそらくオレだけだ」

 右手が使える、というのが『すごいこと』なのは、そういうことらしい。

 確かに、『地蔵に触れられた』なんていう話は、今までに一度だって聞いたことはなかった。

「……そろそろ、限界が近いな」

「え?」

 クロが唐突に言って、私は一体何のことだかわからなかった。

「オレが案内できるのは、ここまでだ」

「え……ええっ!?」

 何の前触れもなくそんなことを言われて、私はつい素っ頓狂な声を上げてしまう。

「ここまでって……だって、まだ山道も抜けてないのに!」

 てっきり病院の近くまで付き添ってもらえると思っていた私は焦った。

 かなり長い距離を歩いては来たけれど、街まではまだ遠い。
 むしろこの先から道が複雑になって、どの方向へ歩けばいいのかわからなくなるのに。

「自分の体から離れられる距離には限界がある。オレの場合、山の外には出られないんだ」

「そんなぁ……」

 不安になる私の隣で、クロは表情一つ変えずに言う。

「だから、ここから先はあいつに任せる」

「あいつ?」

 彼はキョロキョロと辺りの木々を見渡すと、やがて何かを見つけて視線を定める。

 同じように私も見ると、彼の視線の先には一羽のフクロウが枝の上で目を光らせていた。

「悪いが、ミドリを呼んできてくれないか?」

 そうクロが言うと、フクロウはまるでその言葉を理解したかのように、くるりとこちらに背を向けてどこかへ飛び立っていった。

 ミドリ、というのはその人の名前なのだろうか。

 クロの知り合いということは、きっと人間ではないのだろう。
 一体どんな人物がやってくるのか。
 私はフクロウの飛んでいった道の先を、固唾かたずをのんで見守っていた。

 程なくして、暗い木々の向こうから、誰かの眠たげな声が聞こえてきた。

「もぉー……。なんや、こんな時間に。ほんまに人使いが荒いわぁ」

 女の人の声だった。

(関西弁……?)

 発音はなまっている。
 関西人特有のイントネーションで、普段この辺りでは聞かない喋り方だ。

 やがて道の先に現れたのは、すらりと背の高いはかま姿の女性だった。

「わざわざ夜中に呼び出したからには、相当な理由があるんやろなぁ?」

 こちらへ歩み寄るにつれ、月明かりに照らされて、その姿が少しずつ鮮明になっていく。

 若葉色の振袖ふりそでに、深い緑の袴。
 赤みがかった明るい髪は後頭部にまとめ、綺麗な装飾でセットされている。
 見た目の年齢は高校生から大学生くらいといったところで、私たちよりもずいぶんとお姉さんだった。

 やがて彼女が目の前までやってくると、クロは相変わらずの無表情で言った。
 
「悪いな、ミドリ。お前に頼みたいことがあるんだ」

 ミドリと呼ばれた女性はニヤリと怪しい笑みを浮かべると、

「ウチに頼み事なんて、高くつくで。クロ」
 
 そう言って、美しい切れ長の瞳を細めながら、鋭い眼光を私に向けた。
 
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