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11:ミドリ

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「ん? なんや、この子。もしかして人間か?」

 あからさまに不機嫌そうな声で彼女が言った。

 クロはちらりと私を見て、

「人間だが、体は離れてる。まだ死んではないはずだが」

「ふーん?」

 そのまま品定めでもするように、彼女は疑わしげな目を私に近づけてくる。

「え、えっと……」

 あまりにも威圧的すぎて、私は苦笑いで首を縮こませた。

「ミドリ。お前にこいつの案内を頼みたいんだ。さっき救急車が通っていったのは気づいただろ? それが向かった病院に……」

「はぁ——!? ウチに人間の案内をしろやって!?」

 耳をつんざくような大声で、彼女は猛抗議した。

「あんなぁ、クロ。冗談も大概たいがいにしときや! ウチが人間嫌いやってこと、ようわかっとるやろ? 絶対イヤやで。死んでも行かん!」

 断固拒否。
 その意思を全身で表現するがごとく、彼女は腕組みをしてぷいっとそっぽを向いてしまった。

「無理を承知で言ってる。悪いが、お前にしか頼めないんだ」

「そんなん言うても、アカンもんはアカン。どうせまた肝試しでもしに来てケガしたんやろ。自業自得や! いつもいつも呪いの地蔵とか言うて、地蔵のことを何やと思てんねん」

 その言葉に、私はハッとした。

 そうだ。
 呪いの地蔵、だなんて勝手なイメージを抱いて、私たちはノコノコと肝試しにやってきた。
 それはクロ本人からすれば不愉快極まりないだろう。

(私、すごく失礼なことをしちゃってたんだ……)

 今さらながら、自分のしでかしたことを思い知る。
 と同時に、情けなさで居た堪れなくなってくる。
 これだけ失礼なことをしていながら、自分だけはクロたちに助けてもらおうだなんて、虫が良すぎるのではないか。

「どうしても頼めないのか?」

「当たり前や! 女に二言はあらへん!」

「あ、あの。私のことはもういいから……」

 私が割って入ろうとすると、クロは私の顔の前に手をかざして制止した。

 そして、

「もしこの件を引き受けてくれるなら、明日、一緒に『グリコ』をしてやってもいいぞ」

 クロがそう言った瞬間、女性——ミドリさんは、驚いた様子で口元に手をやった。

(グリコ……って、何だろう?)

 いまいち会話の内容を理解できなかった私は首を傾げた。

 グリコといえば、そういう名前のお菓子のメーカーがあったはずだけれど、一緒にグリコをする、というのはどういう意味だろう。

「えっ、グリコ!? ほんまにええの……?」

 クロの持ちかけた話はどうやら効果てきめんだったようで、ミドリさんは途端に目の色を変えて大人しくなる。

「そ……そこまで言うなら、しゃーないな。気は進まんけど、ウチが病院まで送ったるわ!」

 急に従順になった彼女は、じろりと私の顔を睨んで、

「で、あんたの名前は?」

 と、ぶっきらぼうに聞いてくる。

「そういえば、まだ名前は聞いてなかったな」

 と、クロもこちらを見た。

 クロはともかく、ミドリさんの方からは痛いぐらいに鋭い視線を送りつけられる。
 圧がすごすぎて、それこそ呪い殺されるんじゃないか? というくらいに目が怖い。

「……ま、ましろ、です」

 私がびくびくと小さな声で答えると、

「シロ? なんや、犬みたいな名前やな!」

 と、彼女は勘違いしたまま、すたすたと道の先を歩み始める。

「ほら、さっさとついてきーや。もたもたしとったら置いてくで!」

「は、はい!」

 慌てて返事をすると、それまでずっと私の左手を握っていたクロが、すっと手を離した。
 彼のぬくもりが離れていくのを、私は少しだけ寂しく感じてしまう。

「気をつけて帰るんだぞ、シロ」

「え……あ、うん。……ありがとう」

 クロは最後にその右手で、私の頭を優しく撫でてくれた。

「そこ! イチャイチャすんな! はよ来いや!!」

「わっ……は、はい! すぐ行きます!」

 結局、私は自分の名前を訂正する暇もないまま、クロと別れた。

 走り去る私の背中に向かって、彼はいつまでも手を振ってくれていた。
 
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