黒地蔵

紫音みけ🐾書籍発売中

文字の大きさ
13 / 30

12:仲間

しおりを挟む
 
          ◯


 クロと別れた場所から、山の出口まではすぐだった。

 両脇を木々で覆われた緩やかな斜面を上っていくと、やがて開けた視界には田んぼの景色が広がる。
 ぽつぽつと古民家が点在するそこは、私も見慣れた場所だった。
 私の住む住宅街と、山に入るまでの間にある小さな集落だ。

「病院はそっちちゃうで。こっちや」

 私がふらふらと住宅街の方へ向かっていると、後ろからミドリさんの声がした。

 見ると、彼女は住宅街とは反対にある、先ほどとはまた別の山の方を指差している。

「え……また山に入るんですか?」

「抜け道があるんや。黙ってついてきい」

 不思議に思いながら、私は言われた通りにした。

 こっちに道なんてあっただろうか——と考えたとき、ふと重要なことを思い出す。
 そういえば、今の私たちには実体がないのだ。
 ならば、わざわざ障害物を避ける必要なんてない。
 たとえ人が歩けるような道がなかったとしても、方角さえ合っていれば、いずれは目的地にたどり着けるのだ。

「あの、ミドリ……さん。病院の場所って、なんでわかるんですか? 確か救急車って、いつも同じ病院に向かうわけじゃないんですよね?」

 迷いなく歩いていく彼女に、私は尋ねた。

 救急車の向かった先は、どこの病院なのかわからない。
 たとえ近くに救急病院があったとしても、そこに受け入れる余裕がなければ別の病院へ運ばれるはずだ。

「ふーん。ええとこに気がついたなぁ」

 珍しく上機嫌に答えるミドリさん。

「これがウチの能力や。どこにおっても、常に新しい情報が入ってくる」

「情報収集能力、ですか?」

「いや。頼もしい仲間がおるんや」

 言うなり、彼女はその細く白い右腕を掲げ、ぱちん、と指を鳴らした。

 すると、山の木々がざわりと揺れ、数秒もしない内に、一羽のフクロウがこちらへ飛んでくる。

(さっきのフクロウ……?)

 仲間というのは、このフクロウのことだろうか。
 そう考えているうちに、山の方からはまた別の動物が次々と姿を現した。

 最初に見えたのは、シカだった。
 立派なツノを生やした一頭のシカが、軽快なステップでこちらに向かってくる。

 その後ろにいるのはタヌキだろうか。
 さらにその足元では、ちょこちょこと小さな動物が何匹か動いているのが見える。

 やがて彼らは私の体をすり抜けて、ミドリさんの周りを取り囲むようにして足を止めた。

「ウチの能力はな、この子らと心を通わすことや。ここら一帯におる動物は、みーんなウチの味方や。いつどこにおっても、色んな情報を伝えてくれるし、助けにもなってくれる。さっきかて、あんたら人間が山へ入ってきたときはすぐに知らせてくれたわ」
 
 言いながら、彼女は愛おしそうに動物たちの体をなでる。
 おそらく物理的に触れることはできないので、感触はないのだろうけれど、それでも動物たちは気持ちよさそうに彼女に体をゆだねていた。

 やがて彼女は動物たちを解散させ、再び病院へ向かう道を進み始める。

 私は慌ててその後を追った。

「……お地蔵さまって、色んな力を持ってるんですね」

 私がぽつりと呟くように言うと、ミドリさんはフフン、と得意げに笑う。

「せやで。地蔵はそれぞれ生まれ持った特別な力で、陰ながら人間を支えてるんや。ウチかて、人間が山で落とし物をしたときは、わざわざ見つけやすい場所に移動させたってんねんで。……なのに、だーれも感謝せえへん。どころか、お地蔵さんのおかげやってことに気づきもせえへん」

 最後の方は、かなり不満そうだった。

 そんな彼女の発言で、私はふと思い出す。

「そういえば、『こけ地蔵』の近くでよく落とし物が見つかるって、友達が言ってたかも」

 山の入口の手前、ちょうど金田くんたちと一緒に自転車で通った道の途中に、全身が苔だらけの地蔵——通称・苔地蔵が立っている。
 川沿いにぽつんと立つその地蔵の近辺では、失くした物がよく見つかると密かに噂されていた。

「もしかして、ミドリさんがその苔地蔵ってこと……」

「苔ちゃうわ!! 『みどり地蔵』や!!!」

 食い気味で、彼女は烈火のごとく怒鳴った。

 どうやら『苔地蔵』と呼ばれるのは、彼女にとって地雷らしい。
 
しおりを挟む
感想 4

あなたにおすすめの小説

クールな幼なじみの許嫁になったら、甘い溺愛がはじまりました

藤永ゆいか
児童書・童話
中学2年生になったある日、澄野星奈に許嫁がいることが判明する。 相手は、頭が良くて運動神経抜群のイケメン御曹司で、訳あって現在絶交中の幼なじみ・一之瀬陽向。 さらに、週末限定で星奈は陽向とふたり暮らしをすることになって!? 「俺と許嫁だってこと、絶対誰にも言うなよ」 星奈には、いつも冷たくてそっけない陽向だったが……。 「星奈ちゃんって、ほんと可愛いよね」 「僕、せーちゃんの彼氏に立候補しても良い?」 ある時から星奈は、バスケ部エースの水上虹輝や 帰国子女の秋川想良に甘く迫られるようになり、徐々に陽向にも変化が……? 「星奈は可愛いんだから、もっと自覚しろよ」 「お前のこと、誰にも渡したくない」 クールな幼なじみとの、逆ハーラブストーリー。

星降る夜に落ちた子

千東風子
児童書・童話
 あたしは、いらなかった?  ねえ、お父さん、お母さん。  ずっと心で泣いている女の子がいました。  名前は世羅。  いつもいつも弟ばかり。  何か買うのも出かけるのも、弟の言うことを聞いて。  ハイキングなんて、来たくなかった!  世羅が怒りながら歩いていると、急に体が浮きました。足を滑らせたのです。その先は、とても急な坂。  世羅は滑るように落ち、気を失いました。  そして、目が覚めたらそこは。  住んでいた所とはまるで違う、見知らぬ世界だったのです。  気が強いけれど寂しがり屋の女の子と、ワケ有りでいつも諦めることに慣れてしまった綺麗な男の子。  二人がお互いの心に寄り添い、成長するお話です。  全年齢ですが、けがをしたり、命を狙われたりする描写と「死」の表現があります。  苦手な方は回れ右をお願いいたします。  よろしくお願いいたします。  私が子どもの頃から温めてきたお話のひとつで、小説家になろうの冬の童話際2022に参加した作品です。  石河 翠さまが開催されている個人アワード『石河翠プレゼンツ勝手に冬童話大賞2022』で大賞をいただきまして、イラストはその副賞に相内 充希さまよりいただいたファンアートです。ありがとうございます(^-^)!  こちらは他サイトにも掲載しています。

お姫様の願い事

月詠世理
児童書・童話
赤子が生まれた時に母親は亡くなってしまった。赤子は実の父親から嫌われてしまう。そのため、赤子は血の繋がらない女に育てられた。 決められた期限は十年。十歳になった女の子は母親代わりに連れられて城に行くことになった。女の子の実の父親のもとへ——。女の子はさいごに何を願うのだろうか。

童話短編集

木野もくば
児童書・童話
一話完結の物語をまとめています。

しょうてんがいは どうぶつえん?!

もちっぱち
児童書・童話
しょうがくせいのみかちゃんが、 おかあさんといっしょに しょうてんがいにいきました。 しょうてんがいでは スタンプラリーをしていました。 みかちゃんとおかあさんがいっしょにスタンプをおしながら しょうてんがいをまわるとどうなるか ふしぎなものがたり。 作 もちっぱち 表紙絵 ぽん太郎。様

生贄姫の末路 【完結】

松林ナオ
児童書・童話
水の豊かな国の王様と魔物は、はるか昔にある契約を交わしました。 それは、姫を生贄に捧げる代わりに国へ繁栄をもたらすというものです。 水の豊かな国には双子のお姫様がいます。 ひとりは金色の髪をもつ、活発で愛らしい金のお姫様。 もうひとりは銀色の髪をもつ、表情が乏しく物静かな銀のお姫様。 王様が生贄に選んだのは、銀のお姫様でした。

未来スコープ  ―キスした相手がわからないって、どういうこと!?―

米田悠由
児童書・童話
「あのね、すごいもの見つけちゃったの!」 平凡な女子高生・月島彩奈が偶然手にした謎の道具「未来スコープ」。 それは、未来を“見る”だけでなく、“課題を通して導く”装置だった。 恋の予感、見知らぬ男子とのキス、そして次々に提示される不可解な課題── 彩奈は、未来スコープを通して、自分の運命に深く関わる人物と出会っていく。 未来スコープが映し出すのは、甘いだけではない未来。 誰かを想う気持ち、誰かに選ばれない痛み、そしてそれでも誰かを支えたいという願い。 夢と現実が交錯する中で、彩奈は「自分の気持ちを信じること」の意味を知っていく。 この物語は、恋と選択、そしてすれ違う想いの中で、自分の軸を見つけていく少女たちの記録です。 感情の揺らぎと、未来への確信が交錯するSFラブストーリー、シリーズ第2作。 読後、きっと「誰かを想うとはどういうことか」を考えたくなる一冊です。

独占欲強めの最強な不良さん、溺愛は盲目なほど。

猫菜こん
児童書・童話
 小さな頃から、巻き込まれで絡まれ体質の私。  中学生になって、もう巻き込まれないようにひっそり暮らそう!  そう意気込んでいたのに……。 「可愛すぎる。もっと抱きしめさせてくれ。」  私、最強の不良さんに見初められちゃったみたいです。  巻き込まれ体質の不憫な中学生  ふわふわしているけど、しっかりした芯の持ち主  咲城和凜(さきしろかりん)  ×  圧倒的な力とセンスを持つ、負け知らずの最強不良  和凜以外に容赦がない  天狼絆那(てんろうきずな)  些細な事だったのに、どうしてか私にくっつくイケメンさん。  彼曰く、私に一目惚れしたらしく……? 「おい、俺の和凜に何しやがる。」 「お前が無事なら、もうそれでいい……っ。」 「この世に存在している言葉だけじゃ表せないくらい、愛している。」  王道で溺愛、甘すぎる恋物語。  最強不良さんの溺愛は、独占的で盲目的。

処理中です...