黒地蔵

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24:帰還

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 最悪のタイミングだった。

 ずっと元の体に戻りたいと思ってはいたけれど、まさかこんな一刻を争う状況で戻るなんて。

 壁にかかっている時計を見ると、針は二時を指していた。
 廊下の静けさからして、おそらくは夜中の二時だろう。

 さっきミドリさんと話していたのが何時だったのかはわからない。
 あれから一体どれくらい時間が経ったのか。

(だ、誰か……)

 声を出そうとすると、口元に装着された人工呼吸器が邪魔をした。
 他にも全身に色々な管が通されていて、満足に身動きがとれない。
 力ずくで取り外すことはできそうだけれど、勝手にそんなことをして大丈夫なんだろうか。

 いや。

 この際、関係ない。

 今すぐクロのところへ行かなければ、手遅れになってしまう。

 元の体に戻った今の私では、クロの姿をこの目で見ることはできないかもしれないけれど。
 それでも、声を届けることはきっとできる。
 それに、この体があれば兄を引き止めることだって。

(……行こう!)

 向かうべき場所は決まっている。

 私は全身に絡みつく医療機器を全て外し、青い病衣姿のまま、部屋を抜け出した。




          ◯




 久しぶりに動かした体は、想像以上になまっていた。
 たった二日ほど寝込んだだけで、まさかここまでになるなんて。

 何度か転びそうになりながらも、消灯時間を過ぎた暗い廊下を走り抜ける。
 やがてなんとか誰にも見つからずに一階のエントランスへとたどり着いたものの、出入口の扉は鍵がかけられていた。

 他に出口は、と探してみると、救急車を受け入れる搬入口だけは扉が解放されており、私はそこからこっそりと外に出た。

 外は大雨が降っていた。
 風も強く、雷も鳴っている。

 台風でも来ているのだろうか。
 ここのところ天気予報を確認できなかったので、この嵐のような天候がいつまで続くのかはわからない。

 とにかくこのまま走って山を目指そう——と思った矢先、病院の敷地を出てすぐの所に、無造作に乗り捨ててあるボロボロの自転車を見つけた。
 見たところ鍵もかけられていない。
 おそらくは不法投棄か、盗難に遭ったかのどちらかだろう。

 このチャンスを見逃す手はない。

(後で必ず返しますので……!)

 そう胸の中で言い訳しながら、私はその自転車にまたがった。
 そうして今にも朽ち果てそうなペダルを酷使し、出せる限界までスピードを上げる。

 雨で全身がずぶ濡れになるが構わない。

 とにかく一秒も早く、クロのもとへたどり着きたかった。




 田舎の道は街灯が少なくて暗い。
 けれど、以前のような恐怖心はなかった。

 この道は、ミドリさんと一緒に歩いた道だ。
 彼女が教えてくれた目印を思い出しながら、山の入口の方を目指す。

 途中、防災無線の声が聞こえた。
 どうやら土砂災害警報が発令されているらしい。
 やはり台風が接近しているのだろうか。

 やがて川沿いに出ると、ミドリさんの体のある場所まではすぐだった。
 山の入口のそば、川の土手部分にぽつんと立つ苔だらけの地蔵。

「ミドリさん!」

 自転車を停めて緑地蔵に駆け寄り、声をかけてみたが返事はない。

 やっぱり、元の体に戻ってしまった今、私は彼女たちの姿は見えないのだろうか。

 と、そこへ珍しく一台の車が通りがかった。
 闇の中、ハイビームを点けたまま山の中へ入っていく。
 暗くて車内の様子は確認できなかったけれど、その車の外見には見覚えがあった。

 兄の車だ。

 大雨の中、こんな時間にこんな場所を通る人間なんて、今は兄以外には考えられない。

「待って、お兄ちゃん!!」

 こちらが叫んでも、車は一切スピードをゆるめなかった。
 おそらく気づいていないのだろう。
 無理もない。
 まさかこんな時間に、意識不明の妹が大雨の中、こんな場所に立っているとは考えるはずがない。

 私は再び自転車にまたがると、慌てて車の後を追った。
 緑地蔵を離れ、昔私が溺れた川の岩場を通り越し、川沿いの山道を一心不乱に進む。

 この川に沿っていけば、いずれは黒地蔵のある場所まで行ける。

 兄がクロを殺す前に、私はなんとしてもそこへたどり着かねばならなかった。
 
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