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27:兄のこと
しおりを挟むクロがそこにいる。
その姿を目で見ることはできないけれど、彼は確かにここにいて、私を守ってくれている。
また、助けてもらった。
いつもいつも、私は彼に助けられてばかりだった。
「……そうだよ。私はまだまだ未熟で、自分一人じゃ何もできない」
幽体離脱をして、山の中でひとりぼっちになった私は、ただ怖くて泣き続けるだけの子どもだった。
「でも、だからこそ……みんなに助けてもらって、ここまで来たの。未熟な私を、みんなが助けてくれた。黒地蔵も、緑地蔵も、私の力になってくれた。それに、お兄ちゃんだって」
「何……?」
「今まで、お兄ちゃんにたくさん守ってもらってきた。心配もたくさんかけてきた。あの日……お兄ちゃんと二人で、川で遊んだときだって」
「何の話だ」
兄は必死にクロの手を振り解こうとしているけれど、全く歯が立たないらしい。
その間に、私は自分の気持ちをできる限り兄へとぶつける。
「お兄ちゃんは、あのときのことをずっと気にしているんでしょう? 私がまだ小学校に上がる前、二人だけで川に出かけて、私が溺れた日……。お母さんたちにたくさん叱られて、私から一瞬でも目を離したことを今でも後悔しているんでしょう?」
私が言うと、やまない雨の中で、兄が息をのむ気配がした。
「……なんで、お前があの日のことを知っているんだ? あのときのことは、俺とましろの二人だけしか知らないはず……」
「だから、私がそのましろなんだってば!」
兄の様子に、少しだけ変化が見える。
もしかしたら、私の言葉がやっと届き始めたのかもしれない。
「お兄ちゃんはあの日から、過保護すぎるくらい、私のことを心配するようになった。私にもしものことがあったら、そのときはお兄ちゃんがお母さんたちに叱られちゃうから……。だから、それからは必要以上に私の面倒を見ようとしたんだよね。そうでしょ?」
「何を言って……」
雨の激しさはさらに増し、足元の土手を大量の水が流れていく。
ともすれば足をさらわれてしまいそうな勢いで、私は必死に足を踏ん張った。
「……頼りない妹で、お兄ちゃんには悪いなって思ってるよ。私がもっとしっかりしていれば、お兄ちゃんもここまで心配することはなかったかもしれない……。でもね、たとえ私に何かあったとしても、それがお兄ちゃんの責任だなんて私は思わないよ。それに、もしお母さんたちが何か言ってくるようなら、私からちゃんと説明するから。だからもう心配しないで、お兄ちゃん」
「一体何の話をしているんだ……『ましろ』!」
兄がそう言った、次の瞬間。
ゴゴゴ、と地鳴りのような音がして、地面が揺れた。
「な、何……?」
地震だろうか。
足元を流れる雨水に紛れて、パラパラと小石が転がってくる。
「地震か? ……いや、違う。これは」
音はさらに大きくなり、やがて山頂の方から、何かが押し寄せてくる気配があった。
再び、雷の光が山を照らす。
そこで私たちの目に映ったのは、山の上から迫りくる大量の岩と泥のかたまりだった。
「……土砂崩れだ!!」
兄が叫んだ。
土砂崩れ。
テレビのニュースか、映画や動画の中でしか見たことがない。
とんでもないスピードを持った大量の土砂は、あっという間に私たちの眼前まで迫った。
逃げられない。
ぶつかる! と、私はギュッと目をつむった。
そのとき。
「ましろ!!」
兄は私の名を呼びながら、その大きな体で、私の体を包み込んだ。
息ができないほど強く抱きしめられて、私も、兄の胸に思わず顔をうずめる。
岩と岩のぶつかる音が何度も響く。
生き残れる確率は、ほとんどないだろう。
それでも、どれだけ望みが薄くても、最後の瞬間まで、希望を捨てたくはなかった。
(神様。どうか、私たちをお守りください……)
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