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Ⅵ 連休の過ごし方

78話 レイン

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 「スーッ、フシューッ。オォォォオオオッ!!」

 敵意を剥き出しながらも、白い歯を見せ、笑みの様な表情を見せるサジタウロスを前に、アインもまた、笑みを浮かべた。

 「クハハハハハッ!!」

 通常のサジタウロスは、例え囲いが壊されても、囲いの外に出ようとはしない。

 そう、調教されている。

 ましてや、男の状態で、人へ危害を加えることなど、ありえない。

 そう、品種改良されている。

 更に、人間の男を襲おうと近寄り、途中で辞めて、ターゲットを変え、昨夜の餌を投げつける等、野生のサジタウロスでは、絶対にあり得ない。

 そう、絶対に。



 (・・・、このサジタウロスには、強い意志がある。

 俺の発した言葉を理解していたのか?

 いや、そうではないだろうな。

 けど、何かは伝わった。

 だって、こいつは、俺のやった餌を投げ返した。

 つまり、そういうことだろう?)



 「ォォォオオオッ!!」
 「ォォォオオオッ!!」



 視線を交えた両者は、合図無く、同じタイミングで雄叫びを上げ、殴りあいを始める。

 今まで、外の世界を、野生を知らないサジタウロスは、ただ、その巨躯に備わる膂力に任せ、感情を拳に乗せる。

 対するアインは、唯一の特技である極真流を応用した、武術的な動きを捨てていた。

 サジタウロスからしてみれば、余りにも華奢な体躯で有りながらも、アインは、自らの肉体に秘められた膂力にのみ、頼るのであった。

 最も、最初の一撃を、サジタウロスは手加減した。

 理由は単純である。

 アインの華奢な体躯を見て、躊躇したのだ。

 「グオォォォッ!?」

 しかし、それが杞憂であることが判明する。

 自身の頭1つ分も低い背丈、ふた回り以上も細い体、2本しかない足。



 だというのに、この威力ッ!!



 顎に入った一撃によって、サジタウロスは、脳の振動と共によろめいた。

 だが、即座に渾身の力を込めた拳を、アインへ向けて放つ。

 大きくのけ反る上体へ、無理矢理、力を入れて、ただ真っ直ぐに腕を伸ばす。

 その攻撃を、アインなら避けて、受け流し、その勢いを利用したカウンターを放つことも出来ただろう。

 しかし、そうはしなかった。

 「ガハッ!?」

 胸部に入ったサジタウロスの一撃は重く、華奢な体躯のアインを、吹き飛ばしそうにも見えた。

 でも、アインは、吹き飛んでいない。

 サジタウロスに、胸部を殴られた直後、その極太い手首を掴んで、放さなかったからだ。



 両者は再び、視線を交える。



 そして、ニッと白い歯を見せ、笑みを溢す。



 「「オォォォオオオッ!!」」



 そして、互いにノーガードで、殴り合う。



~~ もしも・・・ ~~



 もしも、サジタウロスが人間の知識を有し、言葉を操れたならば、きっとこう言う。

 「お前がッ!!あんな事を言わなければッ!!俺は何も知らないまま、これまでの様に生きれたんだッ!!」

 そう言い放ち、アインの頭へ、アインの頭よりほんの少し小ぶりな拳で殴る。

 「不満など無かったッ!!だがッ!!お前がッ!!俺を変えたッ!!お前の性で、俺は我が儘になったッ!!」

 今度は、アインの腹部へ、その大きな拳に怒りを込めて。

 「考えなかった訳ではないッ!!それでも、与えられた役目を果たす事をッ!!俺はッ!!誇りに思っていたッ!!」

 更に、顎に。

 「だが、誰も俺を、俺だけを見てくれる奴は居なかった。人間達は、道具として、歯車として、サジタウロスという種としてしか、俺を見てくれていなかったッ!!」

 再び、腹部へ。

 「お前は、意地悪な奴だ。俺がそれでも良いと、割り切ったのにッ!!お前が俺の決心を、ぐらつかせたッ!!」

 もう一度、腹部へ。

 「あぁ、そうだッ!!俺はッ!!俺だけを見て欲しかったんだッ!!俺だけをッ!!道具としてでも、歯車としてでも、種としてでもなくッ!!俺をッ!!俺だけを見て欲しかったんだッ!!」

 だが、だめ押しの一撃は、届かない。

 「お前だってッ!!俺と同じ。そうだろう??」

 アインは笑い、サジタウロスの放った一撃に合わせて、小さな拳で受け止めたから。

 「・・・あぁ、同じさ。」

 そして、サジタウロスの頭へ向けて、その小さな拳には、納まりきらない怒りを乗せて、強烈な一撃を放つ。

 ミーナは、アインの事をがきんちょと看破した。

 それは、的確に的を射ていた。

 だってアインは、他者を拒絶する一方で、来る者を拒まない。

 その矛盾は、矛盾足り得ない。

 小さな子供がイタズラをする時、そこには、自分へ注目して欲しいという感情が、有ったりする。

 アインの言動の裏は、まさにそれである。

 だが、そんな回りくどい裏側を、不運な事に、誰も察してはくれなかった。

 「俺は、脆いッ!!弱いッ!!薄っぺらいッ!!誰かが触れただけで、きっと俺はッ!!砕けてしまうッ!!」

 アインは、サジタウロスの腹部へと、その華奢な体躯から、想像もつかない程の、重たい拳を、三回立て続けに放った。

 「それでも良い!それでも良かった。それでもッ!!誰かに、温もりを感じさせて欲しかった。」

 自身が、母へと向けるおもいと同様に、砕けてバラバラとなり、鋭利となったそれを、血を垂れ流し、痛みを生じさせ、苦しいと感じながらも、

 大切に、

 ギュッと、

 抱き締めてほしかった。

 「見つけて欲しかったんだッ!!気付いて欲しかったんだッ!!・・・そして、壊れるほどに、愛して、欲しかった。」

 だって、

 アインは、

 もう既に、

 どうしようもなく、

 壊れているのだから。



 この闘いだってそうだ。



 端から見れば、素手でモンスター相手に、出来るにも関わらず、防御をせず、笑いながら殴り合っているのだ。



 控えめに言って、常軌を逸しているのだから。



 「「ォォォオオオッ!!」」



 唸り声にも似た雄叫びと共に、両者は互いの顔へ目掛けて、拳を放つ。



 「お前だけが、俺を、俺だけを見てくれるッ!!」
 「お前だけが、俺を、俺を見つけてくれたッ!!」



 「「だから、お前に答えようッ!!」」

 そして、今度は、互いに腹部へと、一撃を放つ。

 「「俺のッ!!全身全霊を持ってッ!!」」



 止めの一撃を決めたのは、



 アイン・クロスフォードであった。



 サジタウロスの胸に、手を突き刺し、その心臓いのちを、鷲掴みにしていた。

 "・・・ハハハッ!!どうやら、俺では、お前を満たせない様だ。・・・悪いな。"

 そんな意味を込めて、サジタウロスは、「ブルルルルッ。」と、息を吐く。

 「いいや。俺も、十分に、満足だ。」

 アインは、笑顔で、涙を溢す。

 「・・・トモヨ。ナマエヲ、オシエテクレ。」

 アインには、サジタウロスが鼻息を吐いたのか、それとも、本当にそう言ったのか、区別がつかなかった。

 「レイン。・・・まだ、成れて居ない。だが、お前には、レインと、呼んで欲しい。」

 「レ・・・レインッ!!・・・レインか。」

 サジタウロスは、嬉しそうに笑う。

 「・・・レイン。タノムッ!!オマエノテデ、オレヲオワラセテクレ。」

 そしてアインは、辛そうに、涙を流しながら、それでも笑った。

 「オマエナライイ。オ、オマエニナラ、オレノゼンブヲオカサレテモ、カマワナイ。」

 「・・・そうか。」

 アインは、ドクンドクンと脈動するサジタウロスの心臓を、

 ゆっくりと、

 大切に、

 握り締めた。

 「親愛なるサジタウロスへディアサジタウロス、大いなる感謝あいを込めて・・・ッ!!」

 アインは、ブシュッ!と握り締めた、サジタウロスの心臓の感触を、噛み締める。

 その瞬間、ガクッと膝から崩れ落ちるサジタウロスは、弱々しくも、アインの華奢な体に、腕を回す。

 そして、耳元で囁いた。

 「・・・ア、アリガトウ。レイン。ワガトモヨ。」

 気が付けば、いつしか、雨が降っていた。

 「こちらこそ、ありがとう。友よ。」

 2人に、雑音が届かないように、大きな音を立てて、2人の大切なものだけは、洗い流さない様、気の利いた雨が降っていた。
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