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嫉妬に狂って

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 王都のルダンヌ邸に戻ると、ヴァーツァは、ぐったりと長椅子に腰を下ろした。
 やっぱり彼は、相当疲れているようだ。

 この館には使用人がいない。ヴァーツァの話では、この館は一時、国に接収されていたという。ヴァーツァの戦死が信じられた為だ。使用人たちは解雇された。つまり、公共墓地に葬られた。なにしろ彼らは、ゾンビだから。

 湯を沸かし、熱い紅茶を入れた。少し考え、ブランデーを垂らす。
 部屋へ持って行くと、ヴァーツァはまだ、長椅子に座ったままだった。

 「シグ。君は言った。陛下は俺の親友などではない、と。島の別邸で。君が島を出ていく前に」
両手で顔を覆った。
「君は、俺がアンリ陛下に会うことも止めた。許してほしい。俺は、君の言う事に従わず、あまつさえ君を責め立て、島から追い出した」

「僕が勝手に出て行ったんです、ヴァーツァ」

そっと紅茶茶碗を彼の前に置く。かぐわしいブランデーの香りが立ち上った。

「違う。確かに俺は君を追い出した」

 顔を覆った両手の間から、静かなため息が漏れた。

「君の言う通り、陛下は、俺を軍の仲間やペシスゥスの民から隔離しようとしたのだろうか。俺を一人ぼっちで高山の上に葬ることによって。陛下にとって俺は、邪魔者だったのだろうか」

 間違いないと思う。
 勇敢で戦勝を重ねるカルダンヌ公は、国民に人気があった。アンリ陛下よりよほど。
 彼がクーデターを企てれれば、王制などたやすく転覆させられたろう。
 もっとも、ヴァーツァにそんな気は毛ほどもないことは、よく知っているけれど。

 「ヴァーツァ」
 顔を覆った手の甲を、俺は優しく撫でた。
 彼の深い悲しみが伝わってくる。
「僕は貴方の味方です。誰が貴方の敵に回ろうと、たとえ貴方が間違っていても、俺は生涯、貴方を離れない」

「シグ」
 両手を鷲掴みにされた。
「君はいつも迷いがなく、公平だ。教えて欲しい。どうして君は、アンリに疑惑を抱いたのか」

 アンリと言った。
 陛下のことを、アンリと。
 そのことに地味に傷ついた自分がいる。

「傷です。あなたの、背中の傷」
「あれは……」

 にわかにヴァーツァの顔が恥辱で染まった。
 敵に背中を向けるから、背中を斬りつけられる。軍ではそう言われてきた。

 俺は首を横に降った。

「卑怯者の証などではありません。貴方の背中の傷は、上から下へ斬りつけられていました。当時貴方は、馬に乗っていた。その貴方の背後から近づき、上から下へと、剣を振り下ろすことができるのは、同じく馬上の騎士しかいません」

「馬上の……騎士」

「まだ敵は到達していませんでした。ゾンビの兵士は歩兵ばかりです。そして騎兵は……」
俺はゆっくりと続けた。
「騎兵は、王の護衛兵ばかりでした。軍に属する騎兵が、指揮権を持つ将校を襲うとは思えません。貴方より身分の上の将校の命令がない限り」

「あの時、俺より身分が上の将校は一人しかいなかった……」

 前衛隊指揮官であるヴァーツァより、身分が上の将校。それは、最高司令官しかいない。ペシスゥス軍の最高司令官は、国王だ。

「君は、全てを論理的に考えていったのだな。感情に任せたわけではなく、しっかりとその目を見開き、考え、ひとつずつ組み上げていったのだ。それを俺は……。シグ。許してほしい」
「怒っていません」
「てっきり俺は、君が嫉妬に狂ったのだと思ったのだ」
「嫉妬に……狂った?」
「君は、アンリ陛下に妬いていたのだろう?」





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