生き須玉の色は恋の色

せりもも

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第四章 深夜の羅城門

36 作戦会議 2

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 その時、師直が、正気を取り戻した。迦具夜から怖い目で睨まれ、今まで半死半生だったのだ。

 師直は、迦具夜の拷問を受けた劉範が話したことを、あっさり暴露してしまった。しかしそれは、皆をじらすという、迦具夜のお楽しみを奪ったことに他ならない。

 アラマサを手荒く扱うのはやめてくれ。
 ようやく人心地のついた彼の耳に飛び込んできたのは、アラマサをかばうかのような、梅の言葉だった。
 口を尖らせ、師直は糾弾する。

「アラマサは、皇太后のもとに、盗賊を使わしたのじゃぞ。その上、女房勤めをしていた漂の君を誘拐した。これほどの罪人とがびとを、見逃すことはできぬ」


「こはそ?」
びっくりしたように、梅が問う。

「橘師直じゃ。麻呂の父君は、検非違使別当じゃ!」

 この男、父親の存在を出さずに、自己紹介ができないのかと、沙醐は、呆れた。


「検非違使別当……ああ、あれか」
梅は、ぽんと手を打った。
「罪なきところに罪を作り、人を陥れる、あれじゃな」

「ち、違う! おぬし、何を言う!」
師直が顔色を変えた。
「父上はな。父上のお仕事は、な、」

は知っておるぞ。被害者が、心広くも、相手の罪を隠してやろうとしたのに、ことさらに、公にしたことがござったじゃろ」

「そのようなことはござらぬ!」
「いいや、あった」
「ないっ!」
「ある!」
「あると言うなら、申してみよ!」

 師直にしては珍しく、血相を変えて詰め寄る。泰然として、梅は答えた。

「女を取り合っての争いがあったろう。被害者は出家の身で、だから、騒ぎを隠そうとしたのじゃ。じゃが、加害者の家を、検非違使が取り囲んで、それで、事件が公になったではないか」

 ……それって。
 沙醐の頭のどこかが働いた。

「華海親王と、暁史の話ですか? アラマサ……暁雅の、父親の」

 父を弁護しようとして、じたばたしている師直を押しのけ、沙醐は割り込んだ。

 羅城門で会った時、菅公が言っていた。女を寝取られ、暁の従者が、華海親王に矢を射かけた。それがもとで、暁家は没落した、と。


「おお、よう知っとるの、沙醐」
にったりと、梅は笑った。
「あれはもう、二十年も前のことじゃ。さてはお前、みかけよりずっと、トシを取っているのじゃな」

「いえ、……」
菅公の名を出そうとして、危ういところで、沙醐は思いとどまった。今ここで、梅を刺激するのは、危険だ。


「タレコミがあったのじゃ! 暁史が、華海親王を射殺そうとしたと……。父上は、当然の仕事をされたまで!」
 師直がわめき散らす。
 この男は、どうやら、大変なファザコンのようだ。


「それでさあ」
迦具夜姫が割って入る。
「『親友の子孫のアラマサに優しくしてあげて』って、なぜ菅公は、自分で言いに来ないの?」

「道真さまは、物忌み中じゃ」
すかさず、梅が答える。

「へえ、怨霊が、物忌み?」
「つ、月のサワリじゃ」
「菅公って、女だったっけ? っつーか、死んでるでしょ、既に」
「うっ」

梅が言葉に詰まった。


「閉じ込められてんだよ、梅屋敷に」
脇から、一睡が暴露した。

「また、女に手を出したのじゃ」
忌々しげに、梅は言い捨てた。
「今度は、宇治の橋姫じゃと。頭に鉄輪かなわを巻いた、おかしな女なのに……」

「菅公の悪趣味は、今にはじまったことじゃないではないか」
慰めるように、カワ姫が言った。

 手放しで、梅は、泣き出した。



 「しかしなあ。肝心のアラマサの居場所がわからぬ」
 カワ姫が嘆息する。ここしばらく、暁雅は、屋敷には帰っていないのだ。
 「アラマサは、なぜ、漂の君をさらわせたのか」
 眉間に皺を寄せる。

「それは、姫を自分のものにするために決まってる! 麻呂から取り上げてな!」

鼻息荒く言い募る師直を、嬉々として一睡が遮った。

「いんにゃ。アラマサは、ただ、師直をイジメて喜んでいる感じだったぞ」

 菅公も、同じようなことを言っていたのを、沙醐は思い出した。

「師直殿が、検非違使別当の子息だからではございませんか?」
思わず、沙醐は、割って入った。
「二十年前、せっかく、華海親王が公にならぬようにしていた矢の一件を、ことさらに、世に広めたのは、検非違使ですから」

 暁史はもちろん、華海親王も、ことを内密に収めようとした。これが世に広がってしまったのは、検非違使が調査に入ったせいだといえる。


「アラマサが、師直に因縁をつけていたのは、父の仇だというわけね」
ぽん、と、迦具夜が手を打った。
「そのせいで、暁家は没落したんですもの。アラマサとしては、当然、仕返しをしたいでしょうし」


 ……父の仇?
 その言葉が、沙醐の胸にひっかかった。

 アラマサが、父の仇と憎むのは、検非違使別当の他に……。

「大変! アラマサは、漂の君を害そうとしています!」


 ……「華海親王はすでに亡くなっておる。上の娘は、皇族として育てられている。うかつに手が出せない。……暁雅が仕返しできるのは、漂の君しかおらぬ」

 ……「気をつけろ、沙醐。アラマサが、漂の君の周りをうろついているぞ」

 羅城門で会った菅公の言葉が、沙醐の脳裏に蘇った。


「なんだって!」
「アラマサが漂の君を?」

「害するって殺すってこと?」

カワ、迦具夜、一睡が、同時に叫び、すかさず一睡は、二人の姫君から、怖い目を向けられた。


 睨み合っていた梅と師直も、沙醐を見つめる。

 沙醐を含め、ここにいる人たちは、味方だ。その生涯で、漂の君がやっと見つけた、味方なのだ。誤解を生じさせてはいけない。沙醐は懸命に、話を順序だてようとした。


「アラマサが師直殿に因縁をつけたのは、師直殿に仕返しをしたかったからではありません! 標的ターゲットは、漂の君です! アラマサは、漂の君に近づく者を、遠ざけようとしたのです!」


 彼女に思いを寄せる師直を撃退し、腹いせをした……。
 だって、でも、一応、師直は、裕福な貴族だ。もし、彼との婚姻ということにでもなれば、漂の君は、幸せな生活を送ることができる……かもしれない。
 すでに、師直は、ふられていたわけだが。


「それは大変だ!」
いまさらながらに、一睡が騒ぎ出す。
「漂の君は、アラマサに捕まってるんだよ? 大至急、彼女を取り戻さなくては!」

「じゃが、居場所がわからぬ」
苛立たし気に、カワ姫が繰り返す。

 「生き須玉……」

 沙醐はつぶやいた。
 その声は、思いがけぬほど響き、全員の目が、沙醐に集まった。

「生き須玉がどうしたというのだ、沙醐」
カワ姫が問う。

 沙醐は動揺した。

「ええと、生き須玉は、糺の森で捕まえるのでしょう? 前に、一睡様が、そうおっしゃっていました」
 菅公も、漂の君の生霊と、糺の森で出会っている。
「でしたら、糺の森で、待ち伏せしてはいかがでしょう。アラマサの魂が彷徨い出たなら、当然、その生き須玉も、糺の森に来るわけですから」


「生き須玉になるようなタマか!」
一睡が吐き捨てた。
「生霊というのは、ね。おとなしくて、優しい人間しか、ならないものなの!」

「そうよ、沙醐。図太い人間には、魂が抜けだして彷徨うような辛い悩みなんか、ないじゃない」
「さすが、迦具夜。自分のことはよく、わかってるねっ!」
「は?」

 一瞬遅れて、迦具夜が一睡を締め上げようとした時だ。

「いや、待てよ。案外いい考えかも……」
カワ姫が、顔を上げた。
「生き須玉にしてしまえばいいのだ。うんと辛い目に遭わせればよい」

「え? どうやってさ」

「虫を、送ろう。乱暴な人間に好んでつく虫を。全身を這いまわり、辛さのあまり、魂が抜けだしてしまうような、虫を」

「うげえ」
一睡の首根っこを掴んだまま、迦具夜が振り返った。
「あの気持ち悪い虫を?」

 おぞけだったように、肩を窄める。その隙に、一睡は、素早く迦具夜の手を逃れ、百合根の後ろに隠れた。

「うむ」
大きく、カワ姫が頷く。
「虫どもは、乱暴者の居場所に飛んでいく」

「だって、他の人の所にも行っちゃうでしょう? アラマサ以外の乱暴者のところにも」
「モブ共には、我慢してもらわないと」
「乱暴なやり方ねえ」
「いいではないか。京中の乱暴者の生き須玉を集めて、糺の森で首実検をすればよい」

 カワ姫は、けろっとしている。

 とりあえず、乱暴者達の生霊を、糺の森に集め、その中から、アラマサを探そうというのだ。
 あとは、体に帰っていく生霊の後をつけて……。


 「うーーー、カワの虫が、全身に~~~」
百合根の後ろで、一睡が悶えている。
「考えただけで、全身がむずむずするぅ~~~」

「それが狙いじゃ」
にんまりと、カワ姫が笑った。

「辛いでしょうね。虫が、全身を這いまわったら」
迦具夜姫が、ため息をつく。
「生霊になって、彷徨いたくなる気持ちもわかるわ……」

 初めてカワ姫の局に入り、虫に襲われた時のことを思い出し、沙醐も、ぞっとした。


 「アラマサの生き須玉かあ。糺の森での狩りは、マロに任せて!」
百合根の後ろからそろそろ出てきて、一睡が、胸をはった。

「ダメ」
迦具夜とカワ姫、ついでに沙醐も、同時に叫んだ。

「な、なんで……?」
自分より年長の女性三人にダメ出しをされ、一睡は目を剥いた。

「だって、おぬしは、生霊の一部をちぎってくるだけだから」
 三人を代表して、カワ姫が言う。

「そうよ、そうよ。梅、菅公を貸して」
「うむ。菅公なら、適任じゃ」

「ご主人さまは、謹慎中じゃ」
梅が言い返した。

「梅林に、虫を放つぞ!」
カワ姫がすごむ。

怯えたように、梅が、身を竦めた。
「わ、わかった。その代わり、きっと、生霊狩りだけだぞ。一睡と、そうだ、沙醐も伴につけるのじゃ。間違っても、女の元にしのんでいかぬように」

「まっかしといてっ!」
とりあえず生霊狩りに行けるとわかった一睡が、二人分、即諾した。

 沙醐に辞退する暇はなかった。
 辞退する気もなかった。

 ……漂の君を、助け出さなくっちゃ。
 固く、心に誓った。






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