生き須玉の色は恋の色

せりもも

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第五章 糺の森で

37 生霊狩り

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 暗い闇夜だというのに、糺の森は、光り輝いていた。
 正確に言えば、うすぼんやりと光る、無数の玉が、木々の間を飛んでいた。中には、人型をしてるものもある。

 糺の森。

 ここは、辛い思いを抱えた人の魂が、生霊となって漂う空間。
 この世とあの世の境。中有の闇。

 苦しみは、精神的なものばかりとは限らない。肉体に与えられた苦痛を逃れ、魂だけが生霊となって、外へ飛び出すということだってある。
 もっともあまり長く魂が離脱していると、体の方が滅びてしまうわけだが……。


 カワ姫の放った虫は、好んで乱暴者のところに飛んでいく。そして、その体にとりつき、皮膚の上を這いまわる。
 それは。言いようもない苦痛だという。痒いような、痛いような、刺すような、切り裂くような……。

 耐えきれず、逃れ出た魂たちが、今、糺の森の中を飛び回っている。
 いずれも、雷電を帯びたような、苛立たし気な黄色味を帯びている。



 「沙醐! そっちへ行った!」
 声が飛んだ。菅公だ。
 梅から解放され、彼は、生き生きとしていた。
「間違いない、アラマサだ! 沙醐。絶対、捕まえてよ!」

 大枝の向こうに、一睡の虫取り網がちらりと見えた。相変わらず彼は、生き須玉を、虫取り網で捕まえようとしている。

 アラマサといえば、無頼で有名だ。乱暴者を好むというカワ姫の虫は、間違いなく、彼の所へいったろう。
 漂の君をさらった、傍若無人な貴公子のところへ……。

 逃がすものかと、沙醐は、身構えた。捕虫網よりはるかに大きく、頑丈な網が、周囲の樹の幹に結わえ付けられ、大きな罠を張っている。


「行ったぞ。その先は、袋小路だ。任せたぞ、沙醐」

 木々の枝に群がっていた、黄色い発光体が、にわかに、飛び立った。慌てたように、飛び去って行く。

 幽かな風圧が伝わってきた。こちら目掛けて飛んでくるモノがある!
 中腰で構え、沙醐は、網の後ろに控えた。万が一、網が裂けた時の用心だ。

 巨大な光が見えた。逃げていった生霊たちと違い、黄色味を帯びていない。白く輝いている。

 ……これ?
 その色に、少し、疑問に思った。しかし、今は、深く考えている場合ではない。
 とりあえず、捕まえなくては。

 ぼうん! ぼうん!
 だが、飛んでくるそれは……。

 ……え?
 裸の、男?

 生霊って、着物、着てなかったっけ? いや、漂の君は、ちゃんと着ていた。師直は、そもそも、ただの球体だったし……。

 ……なぜ、この男だけが。

 たくさんの疑問やら反論やらが、頭の中をうずまいている間に、それは、ぐんぐん、ぐんぐん、迫りくる。
 そのまま、狙い済ましたように、網に飛び込んだ。勢い余って網を突き破る。

 何も考える暇がなかった。沙醐は、生き須玉を受け止めた。
 大変な衝撃だった。思わず、尻餅をつく。勢いで、上半身が仰向けに倒れた。

 ……お、重い。
 その上、なんだか、変な匂いがする。松脂のような、溶けた蝋のような。これは、生霊の匂いだろうか。

 ふうーっ、と意識が遠のいた。



 「おお、沙醐、よくやった」
鬼火が辺りをぱっと照らす。

「沙醐? 沙醐?」
一睡の声。
「げ。気絶しちゃってる」

「打ったのは尻だけだろ。気絶する道理がない」
誰かの手が、顔面を撫でる、さわさわした気配。

 沙醐はうっすらと目を見開いた。
 菅公と一睡が、雁首並べて覗き込んでいる。

 そして体の上の、この、気配。
 沙醐の上には、裸の生霊が、でん、とのしかかっていた。網に絡めとられた衝撃でか、ぴくりともしない。


「ぎゃーっ!」
我ながら、この世のものとも思われぬ悲鳴が迸った。

 「沙醐、お前」
 菅公が言った。

 にやにやしている。
 笑う怨霊。

「もしかして、キムスメか」

「キムスメって、何?」
すかさず一睡が聞いた。






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