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第壱柱
第五伝 『人質となった朔』
しおりを挟む朔を押さえ付ける男子の力は想像以上に強く、全く振りほどく事が出来ない。朔は視線だけを男子に向けて、昨日起きた出来事を思い出す。
「昨日俺がお釣り間違えたお客さん!?すんません!300円ちゃんと返すんで、手荒な真似は…!」
「いや、何の話だよ!」
「あれ?違った?昨日プリンとエクレアとチーズケーキ買って行きましたよね?大の甘党って事、黙っとくんで…。」
「だから違ぇっつってんだろ!!誰と勘違いしてんだよ!」
朔は至って真面目だった。本気でその客と勘違いしているらしい。
それ以外に思い当たる節がない、全く身に覚えがないといった朔の態度に男子は段々とイライラしてくる。朔を押さえ付ける力が更に強くなった。むしろちょっと痛い。その事で思わず本音がポロリと零れる。
「つーかお前…っ!俺以上の地味モブなのに力強…」
「誰が地味モブだコラァァァァァ!!」
とうとうブチ切れて叫んだ。そして男子は抑える力は緩めず、朔の顔を覗き込みながら言った。
「自分の立場分かってんのか?あぁ?俺が屋根飛び移ってんの、見ただろ?」
「!」
そこまで言われてやっと分かった。昨晩の関わったらヤバイ奴。
あの時は街灯のない路地で顔が全然見えなかった。だが言われてみれば掌に炎を灯した際、うっすらと見えた顔は、こんなだったような…違うような…。
いや、やっぱりそのあたりは曖昧だ。
まぁ恐怖でそれどころではなかった、という方が正しいかもしれない。
そして今、またもや襲われそうになっている状況に朔は再び恐怖する。
しかも今しがた大分無礼な口を叩いてしまった。ヤバイ。やられる。
朔が目を見開いて言葉を失っていると、その反応に満足したのか、男子はニヤリと笑みを浮かべて顔を離した。
「お前は弱者、食われる側だ。さぁ、ここの封印を解け。」
「え?…は?いや、解けって言われても…。」
いくら恐怖が先行するからと言っても、出来る事と出来ない事がある。それとこれとは別の話。
目を泳がせる朔を無視し、男子は朔の腕を拘束したまま、社まで引きずって行った。
(もしかして生贄的な…!?)
自分を社に捧げる事で封印が解き放たれる、的な?
朔には如月のような特殊な力はない。
となればそれ以外考えられない。
朔の背筋は一瞬で凍り付く。無駄だと思いつつも叫んだ。
「ちょ、待っ・・・・!」
社の前でピタリと足を止める男子。
万事休すか…。
朔はきゅっと強く目を瞑った。
「・・・・・。」
しーん…。
己の最期を覚悟した朔だったが、何も起こらない。
もしかしてまたもや寸でのところで如月が助けに??
いや、朔を押さえ付ける力は弱まっていない。
では何故…??
朔は恐る恐る目を開けた。
するとそこには怪訝な顔を浮かべている男子がいた。
「なんで何も起こらねーの?」
「いや、知らねーよ。」
こっちが訊きたい。
一体俺は何の案件に巻き込まれてるんだ。
妙な間があった事で朔の中の恐怖が少し軽減した。
呆れ眼を向けていると、やけになった男子が朔の制服のジャケットを引っぺがし始めた。
「持ってんだろ!封印解く何か!出せ!!」
「ギャーーー!追剥ぎィィィィィ!!つーか何かって何だよ!何かって!せめてそこはお前が知っとけよ!!」
必死に抵抗するも、男子の力はやはり強く、結局ジャケットは脱がされ、ポケットや鞄の中身を全て確認されてしまう。
そして朔の持ち物を改めた男子は、片眉を上げて朔の方を見やった。
「お前、護符の一枚も持たずに生活してんのか?」
「フツー持ってねーだろ!んなもん!!」
「!」
何が何だか分からぬまま。男子が言っている事の意味が分からない。
だがそんな朔の様子を見て、男子は何かに気付いたようにハッとなる。
「お前…“従者”じゃねーのか。」
「? だから何の話…。」
「チィッ。あの女か。」
朔が訊き返すよりも先に、勝手に納得する男子。
朔はジャケットを取り返して羽織り、身なりを整えるが、またすぐさま男子に拘束されてしまう。
「ちょ!」
「まぁ良い。お前には人質になってもらう。」
「…っ!」
(なんだ?なんなんだよ、一体。つーかあの女って誰…。)
すぐさま答えに辿り着いた。昨日の晩コイツと初めて出逢ったのなら・・・・
女とは…一人しかいない。
朔は手首と足首を縛られ、社の前に座らされた。
◇◇◇◇◇
それから約一時間が経過。
そろそろ縛られたまま座っているのにも疲れて来た。いつまでここにいれば良いのやら。
朔は少し呆れた顔を浮かべて男子に尋ねる。
「ここでじっと待ってても彼女来ないと思うけど。別に友達でも何でもないし。つーか、そもそも俺が こんなんなってるなんて知らないだろうし。」
この男子は自分と如月との関係を勘違いしているのではないだろうか。まぁ勘違いされていても無理はない。昨晩は自分のピンチに助けに入ってくれたのだから。
だがはっきり言ってあれは単なる偶然。彼女には朔を助ける義理はない。
連絡先すら知らない朔の状況を把握しているはずがない。
そう考える朔だが、男子は自信満々にニヤリと笑みを浮かべる。
「それは俺が使いを送ったから知ったはずだ。それにあの女が“従者”なら必ず来る。お前がいるいないに関わらず、必ずな。」
「え。じゃあ俺帰っても良いんじゃ…。」
朔がいるいないに関わらず来るなら解放してくれても。そう思った。
だがそれに対して男子は眉根を寄せて朔を睨む。
「だからお前は人質だって言ってんだろ。それぐらい分かれ。」
「・・・・・。」
まぁそれもそうだわな。言われて納得してしまう。
そこは納得だが、男子の言っている事の大半は意味が分からない。
おおよそ自分の関わりのない世界なのは分かるが…一体何なのだろうか。
朔は男子の横顔を眺めながら考える。
(さっきからコイツが言う従者って何なんだ?訊いたら教えてくれるか?いや、深入りしない方が身の為、か。)
それから数分経たないうちに、この場に人が現れる。
「ほら、来た。」
「!?」
「・・・・・。」
(如月さん!なんで…!)
彼女が何故ここに来たのか。
理由は分からないが、来てくれたのは紛れもなく、昨日 朔を助けてくれたクラスメイト、如月だった。
「その人を離しなさい。」
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