妖かし行脚

柚木 小枝

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第参柱

第十七伝 『二人の従者』

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双葉の発言を聞いて思わず息を飲む二人。今更手遅れだと思いつつも、息をひそめて様子を窺った。
双葉はこちらに来る気配はないが、動く素振りもない。朔達の方には背を向けたまま。
朔は再びコソコソ話で葛葉にクレームを入れる。


「お前のせいでバレたじゃねーか!お前の尾行下手すぎるから!」
「いや、お前も大して変わんねーだろ!」


先日の辻川沼での葛葉の尾行は酷いものだった。それ故にバレたと指摘するが、はっきり言って朔の尾行もとんとんだ。目糞鼻糞、団栗の背比べ。
とまぁここでいがみ合っていても仕方がない。観念して双葉の前に出るか…。

そう思った矢先、別の場所から聞きなれない声が上がった。


「さっすが~如月家筆頭の神主様は違うわね~。」
「!」


誰だ。
いや、それよりも自分達の他に双葉を尾行していた人物がいたという事に驚きである。朔と葛葉はひとまず路地に隠れたまま、様子を見る事に。双葉の様子をそっと覗くと、双葉の前方の路地から男と女、一人ずつのペアが現れた。


「…水無ミズナシに、師走シワス。」


どうやら双葉の顔見知りのようだ。
同じく高校生のようだが、学年は上か下か分からない。二人とも別の学校の制服を着ている。水無と呼ばれた女は栗色の髪で長さは肩より少し短め。目鼻立ちのはっきりとした可愛らしいタイプだ。双葉が綺麗系美人なら、水無は可愛い系美人。身長は双葉より少し低めだが、低くもない。155~160cmぐらいだろう。そして師走と呼ばれた男は切れ長の目をした長身。葛葉と同じぐらいの身長、180cm弱といったところか。

両者は睨み合うようにその場から動かない。
口を開かない双葉に痺れを切らし、水無が双葉へと言葉を投げた。


「私達がここに来た理由、分かってんでしょ?」
「・・・・・。」


なおも口を噤む双葉に水無はキッと睨みつける。そして顔を歪ませたまま言葉を紡いだ。


「一応確認しとくわ。アンタが河童の封印解いたって、ホント?」
「…だったら何。」
「っ!!」


分かっていた答えだ。だが当たり前のように言われた事に水無はカッとなる。ギリリと歯噛みしながら言葉を返す。


「何よ、その態度。自分がした事の重大さ、分かってんの?」
「ええ、勿論。」


冷ややかな対応。火に油を注ぐような態度に、見ている朔の方がヒヤヒヤだ。水無は何とか理性を保ち、怒りを抑えながらも次なる質問を繰り出す。


「目的は何?河童の封印解いてどうするつもり?」
「…私は、他の封印も解除する。」
「!!」
「なっ!」


双葉の言葉に目を見開く水無達。二人だけではない。朔も思わず目を丸くする。河童の封印を解いた時も驚かされたが、まさか他の封印解除も目論んでいるとは。師走はある程度予測していたのか、目を見開いたのは最初の一瞬だけで、すぐさま落ち着きを取り戻していた。
水無は怒りに震え、わなわなとしながら双葉に向かって叫ぶ。


「アンタ、自分が何言ってるか分かってんの!?」
「だからさっきから分かってるって言ってるでしょ。話はそれだけ?私は忙しいの。これ以上は構ってられないわ。」


双葉は小さくため息を吐き、深く目を瞑る。行く手を阻む二人を無視して歩き出そうとするが、師走が鋭い眼光を光らせて制止を掛けた。


「…待て。それを、俺達が黙って見過ごすと思ってるのか?」
「・・・・・。」


師走に言われて双葉は再び足を止める。
静寂の中、ピリピリとした緊張が走った。両者が睨み合う状況に、陰から見守る朔は思わずゴクリと唾を飲む。どちらが最初に動くのか…。

先に動いたのは水無の方だった。
水無は素早く懐から護符を取り出し、祝詞のりとを唱える。


炎玉エンギョク


水無が唱えると同時に、護符から複数の炎の玉が溢れ出し、水無の頭上に浮かび上がる。そして水無が双葉を指差すと同時に炎は双葉へと襲い掛かった。
双葉は咄嗟に左側へ転がり避ける。それを見た水無は再び護符を出し、同じ技を繰り出した。


「逃がさない!『炎玉エンギョク』!!」


態勢を崩した双葉になら攻撃を当てられると思ったのだろう。水無はニヤリと勝ち誇ったような笑みを浮かべる。だが双葉はすぐさま態勢を立て直し、立膝をついた状態で鞄の中から護符を出す。そしてすかさず祝詞を唱えた。


水矢スイシ
「っ!」


双葉が出した水は炎の玉へと向かい、その力を相殺させた。自らの技がかき消された事に、水無は小さく舌打ちを漏らす。
水無の攻撃を防いだのも束の間、次は師走が祝詞を唱えて技を送り込む。


風鎌フウレン


今度は風の技だ。かまいたちのような風が双葉へと襲い掛かる。双葉は別の護符を取り出してその攻撃を防ぐ。


水盾スイジュン


水が盾の形となって固まり、向かってきた風を別の方向へとはじいた。
互いが互いをけん制しながら睨み合う。二対一でも引けを取らない双葉に、朔は関心していた。
と、ここで師走が双葉を警戒して護符を構えながらも、言葉を送った。


「二対一は分が悪いだろう?大人しく観念したらどうだ?」
「それはどうかしら?」


次の瞬間、双葉は五枚の護符を取り出しながら祝詞を唱える。その動きは俊敏で、取り出すと同時に護符から大量の水が溢れ出した。


水流スイリュウ
「!?」


溢れた水は洪水となり小道を覆う。師走の腰ぐらいまである水。その水圧はその場に立ち止まる事を許さず、水無達は流されて行った。


「きゃああぁぁぁぁぁ!!」


かなりの大技だったのだろう。それは技を出し終えて肩で息をしている双葉を見れば一目瞭然だった。それに護符を五枚使用していた事からも見て取れる。素人の朔にも容易に推察する事が出来た。
二人を押し流した水はそのまま流れて消え、辺りは再び静寂に包まれる。朔と葛葉が出るに出られない状態で様子を窺っていると、二人には背を向けたまま、双葉が声を上げた。


「そこ、いるの分かってるから。」


ビクリ!
双葉の言葉に再び背筋を震わせる朔。
そしてその発言と同時に双葉は振り返った。今度こそ間違いない。双葉は朔達に対して言っているのだ。観念して朔は路地から姿を見せる。そしてポリポリと頭を掻きながら苦笑いを浮かべた。


「あ、ははは。…ごめん。」


申し訳なさそうな苦笑を浮かべる朔とは違い、葛葉は悪びれる様子もなく双葉の前に立つ。そしてニヤリと笑いながら双葉を指差した。


「お前さ、ホントは俺らの方だけに気付いてて、あいつらには気付いてなかったろ。」
「っ!」


その指摘に双葉はカッと頬を染める。そして目を泳がせながら葛葉から視線を反らした。それを見て葛葉は満足そうにニシシと笑って更に言葉を付け加える。


「図星。」


指摘され、照れている双葉を見て朔は可愛らしいと思った。それは異性に対する意味合いではない。いつも完璧に見える双葉。それが人間味を帯びて見えた、とでも言うのだろうか。反発するでもなく、言い訳するでもなく、ただ恥ずかし気に照れるその姿は素直な性格を表していた。
ばつが悪くなった双葉は、しろどもどろになりながらも二人に対して声を掛ける。


「…そ、そんな事より。貴方達にも話しておくべき状況になってしまったから。今日これから少し時間もらえる?」
「!」


そうして二人は双葉について行く事になった。
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