妖かし行脚

柚木 小枝

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第参柱

第二十四伝 『葛葉銀という男』

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結局、昨夜は眠れなかった。
眠れるはずもない。選び難い究極の選択を強いられたのだから。

最近眠れない日が多い。
河太朗の封印が解かれた日もそうだったが、それとはまた違う。あの時は部外者である意識が強かった。
だが今回は当事者。自分が中心となっている問題だ。荷が重いという言葉以外見当たらない。
学校を休んでしまいたい気持ちもあったが、仮病を使うのも気が引けて いつも通り登校した。

そして昼休み。
朔は食堂でのり弁を買い、中庭のテラス席で食べる。
気落ちした表情でご飯を口に運んでいると、向かいに座っている男が眉根を寄せた。


「シケたツラしてんじゃねーよ。飯がマズくなんだろ。」
「葛葉…。」


箸を止め、向かい側に目を向ける朔。葛葉の言葉を受けて次に出て来た言葉は・・・・


「なんで当たり前のように一緒に飯食う事になってんだよ。」
「それ俺の台詞だろ!なんで昨日の事が丸々なかった事になってんだ!」


昨日のランチタイムに発した葛葉じぶんの台詞そのものだった。それには葛葉も驚き、憤怒する。心情のままツッコむが、朔は眉根を寄せてしれっと反論した。


「昨日は俺がお前と話したかっただけだし。」
「自己中すぎだろ!!お前ぜってーB型だろ!B型だな!!」


マイペースと言われるB型。この推察には葛葉の偏見が含まれているが、朔は反論しなかった。恐らく、いや、間違いなくB型なのだろう、と葛葉は胸の中で落とし込む。

葛葉の発言をスルーし、朔は再び弁当へと視線を落とす。黙り込んでしまう朔を前に、葛葉は頬杖をついて言葉を漏らした。


「何?昨日の事、まだ迷ってんの?」
「それ、は…。」


当事者である葛葉に『はい、そうです。』とは返しづらい。返せば葛葉の意見を仰ぐ形になってしまう。いくら相手が妖かしとは言え、命の掛かっている本人に意見を求めるべきではないと思った。朔が濁し濁しに言葉尻をすぼませると、葛葉は片方の眉を上げてため息を吐く。


「何をそんな迷う必要があるってんだ?あの男も言ってただろ。お前にとっての最善の選択は見えてんじゃねーの。」
「なんでお前はそんな他人事なんだよ。お前は命掛かってんだろ。」


まるで自分は無関係だと言わんばかりの発言に、思わずツッコんでしまう。むしろ朔より悩むべきでは。これには朔も今悩んでいるのがバカらしくなってくる程だ。
だが朔のツッコミに対し、葛葉は真面目な顔つきで言葉を返す。


「何言ってんだ。んな事は元より覚悟の上だ。」
「え?」
「妖かしの封印解こうとしてんのは俺だって同じ。従者の妨害があるなんて最初から分かりきった事だろ。」
「!」


言われてみればそうだ。
稲荷神社では双葉VS葛葉の構図だった。
その後、双葉が河童の封印を解除した事で感覚が鈍っていたが、葛葉としては表の世界に来た時点で従者達と一戦交える事になるのは覚悟していたのである。

その事に改めて気付かされたのもそうだが、それを当たり前のように話し、何とも思っていない様子の葛葉自身にも驚かされた。朔を脅したり、強要したり。そういった素振りを一切見せない。

朔が目を瞬かせていると、葛葉がニヤリと笑ってズイッと朔に顔を近付けた。


「なーに?お前、俺の事心配してくれてんの?」
「べっ!別にィ!俺じゃなくて松山達が寂しく思うかもって思っただけだよ!」


朔は葛葉の事を少なからず心配している。だがそれは朔の無意識下の話。自分でも気付いていなかった感情をズバリ口に出され、朔は顔を真っ赤にした。
だが葛葉はそんな朔をからかうではなく、顔を離してフッと笑みを漏らす。


「心配しなくても、寂しいって感情は沸かねーよ。」
「そんなの、本人達に聞いてみないと分かんないだろ。」


いくら地味キャラで、まだそんなに仲良くないとは言え、毎日顔を合わせ、言葉を交わし、昼食も共にした事のある存在。感情が沸かないとは言い切れない。それは人それぞれである。その事を指摘する朔に対し、葛葉は変わらぬ落ち着いた態度で首を横に振るう。


「そういう意味じゃねーよ。俺は皆の記憶すり替えて潜り込んでんだ。俺が消えても、初めからなかった事になるだけ。“いなくなった”、じゃなくて“最初からいなかった”、ってなるだけだ。」
「!」


記憶操作という術の詳細を知らない朔にも、その状況には想像がついた。初めからいなかったのなら、寂しいという感情がわかないのは当然の事。
朔はハッとなって瞳を大きく開く。そして葛葉は朔の返答待たずに発言を続けた。


「それに、お前が師走達あいつらについたところで、如月双葉もお前の事責めたりしねーと思うけど。」
「え?」
「別に友達でも何でもねーんだろ?如月向こうだってお前に何か期待したりしてねーと思うし、元より勝手に動いてるのはあの女だ。お前はお前のやりたいようにやりゃー良い。」
「・・・・・。」

(なんで、そんな事言うんだよ…。)


葛葉の台詞に朔は言葉を失ってしまう。いっそ、稲荷神社の時みたいに脅迫でもしてくれれば決心が固まりやすいのに…。
そう言われてしまうと逆に動くに動きづらい。人間の心情とは複雑なものだ。

もしかしたら、これはそういった人の心を読んだ葛葉の策略なのかもしれない。敢えてそう言う事で朔の心を掌握しようとしているのかも。そう考えようとする朔だが、うまく考えはまとまらなかった。
朔はテーブルの上できゅっと拳を握る。

その時、近くで数人の生徒達の騒ぐ声が二人の元に届いた。


「おい!俺が頼んだのは焼きそばパンだろ!なんでジャムパン買って来てんだよ!」
「ご、ごめん。焼きそばパンもう売り切れてて…。」
「テメーがグズグズしてるからだろーが!俺が頼んだパンじゃねーんだから、金払う必要もねーよな?」
「そ、そんな…!」


二人が騒いでる男子達に目を向けると、一人の気弱そうな男子が、男二人に難癖つけられている。気弱そうな男子は、細くて身長も低く、見るからにいじめられっ子タイプだ。一方絡んでいる男子はガタイが良く、格闘技でもしていそうな大柄な男に、それの取り巻きと言わんばかりの男。
朔達は三人を眺める。そして葛葉がそちらに目を向けたまま朔に言った。


「助けてやんねーの?同じ人間同士、仲良くした方が良いんじゃねぇの?」
「人間だからって…俺、あいつの事知らないし。別に何の義理もないし…。」


それに何より、じぶんにはそんな気概は…ない。
正義のヒーローじゃあるまいし。
未だ仲の良い友達すら出来ず、自分の事すらままならないのに。誰かを助ける余裕なんてなかった。
朔は三人の男子達から目を反らし、テーブルの上へと視線を落とす。そんな朔を見て、葛葉は再び男子達へと目を向けてボソリと呟いた。


「…そうか、あの時もそうだったな。俺の見込み違い、だったか。」
「え?」


あまりにも小声だった為に、朔の耳まで届かなかった。朔が聞き返すも、葛葉は別の言葉に置き換えて立ち上がる。


「お前は、自分が助けられなきゃ他の奴を助けてやろうとは思わねーんだな。」
「!」


その言葉だけを残して葛葉はその場から立ち去ってしまう。
一人取り残された朔は少しの間、葛葉の背を見送った後、再びテーブルへと視線を落として、きゅっと下唇を噛んだ。


(そんな事言われたって…。俺にどうしろって言うんだよ・・・・。)


◇◇◇◇◇


翌日。
今日も悶々とした気持ちのまま登校する。

昨日は放課後にバイトを入れていたが散々だった。
棚に躓いて商品をひっくり返すわ、弁当の温め時間を間違えるわ。ミスの連発だった。当然の事ながら店長からはこってりと絞られた。
その事も尾を引き、更にどんよりとした気持ちを抱えている。
悪循環が止まらない。

朔はもやもやした気持ちで廊下を歩き、ふと窓の外へと目を向ける。朔が歩いているのは二階の廊下。下の方に視線を落とすと、昨日のいじめっ子といじめられっ子の姿が目に写った。


(あいつ…昨日の。またからかわれてんのか。)


いじめっ子二人は何かの紙をニヤニヤと眺め、いじめられっ子はそれを取り返そうとしている。大方、中間テストでも取り上げられたのだろう。
朔は“俺には関係ない”、そう自分に言い聞かせて視線を反らそうとする。その時、ふと視界の端に葛葉の姿を捉えた。

思わず立ち止まって再びそちらへと目を向ける。
葛葉が三人の間に割って入るのだろうか。状況を見守るも、葛葉はフイッとその場を通り過ぎていく。


(…なんだ、たまたま通り掛かっただけか。)


そりゃそうだわな。そう思って朔も再び歩き出そうとする。だがその時、葛葉の左手がクイッと動いた。
そして次の瞬間、いじめっ子が持っていた紙にボッと火が付く。いじめっ子は慌てて紙から手を離した。


(葛葉が…助けた…?)


ように見えた。
確証はない。今の葛葉には何の力もないはずだし、自然発火する事だってあり得る…はず。そう思い直して首を横に振る。
だが、ふとこの間 師走達に襲われた時の事を思い出した。

そういえば、あの時も葛葉は・・・・。

朔は葛葉の事がますます分からなくなった。


◇◇◇◇◇


考えれば考える程、モヤモヤした気持ちは積もってゆく。
陰鬱な気持ちを抱えながら朔は下校。


(なんで俺がこんな事で悩まなきゃいけないんだよ。)


はっきり言って自分は単に巻き込まれただけの人間だ。それなのに何故かいつの間にか当事者となり、悩まされている。その事に心底苛立った。


「あ~~~もう!!」


立ち止まって思いっきり頭を掻きむしる。

単なる高校生なのに…。
全ては天照高校へと転入してからだ。そこから人生はおかしくなった。
朔は自分の運命を恨みたい気持ちに陥ってしまう。

再び歩き出そうとしたその時、視線の先に見慣れない異形の姿のモノが、ふわりと舞い降りた。


「え?」


赤茶色の長髪をなびかせ、その者は静かに朔の前に降り立つ。
葛葉や玖李とは違う。姿かたちが妖かしそのもののソレに、朔は大きく目を見開いた。
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