妖かし行脚

柚木 小枝

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第参柱

第二十五伝 『妖かしの忠告』

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朔にも一目で分かった。目の前にいる男が妖かしであると。人間達に紛れ込んでいる葛葉や玖李とは違い、容姿そのものが人間のものではない。
濃い赤茶色の髪は腰ぐらいまでの長さがあり、夕日を背景にしている事で更に赤く染まって見える。服装も現代人が着ているような普通の洋服ではない。
妖かしの男は敵意に満ちた目を朔に向けていた。


(妖かし!?なんで…!)


一瞬で血の気が引く。叫び声すら出て来ない。人間、本当に恐怖心に支配された時には声など出ないものだ。それを痛感する。蛇に睨まれた蛙状態。朔が硬直していると、男は静かに口を開いた。


「忠告に来た。」
「! …忠、告…?」


ゴクリ。
決して友好的な雰囲気でない事は分かっていたが、忠告という言葉に朔は背筋を震わせる。朔が冷や汗を垂らしながら妖かしの男をじっと見つめていると、男は先程以上の威圧感を放ちながら言った。


「これ以上、妖かしと神の従者との闘いに首を突っ込むな。」
「!!」


朔自ら両者の闘いに割り込んだと思われている?
その可能性を懸念する。決してそうではない。単に巻き込まれただけの被害者だ。
自分から渦中に飛び込んだのなら話は別だが、ただ巻き込まれただけなのに、それを誤解されてこれ以上のとばっちりを受けたくはない。
朔は慌てて妖かしの言葉に異議を申し立てようとする。


「お、俺は別に好きで突っ込んだんじゃ…!」


言葉途中で男は右手をスッと朔の方へと向ける。
言い訳は許さない、という事だろうか。今回は本気でやられる、そう思った。初めて葛葉に遭遇した時と同じく己の最期を覚悟し、きゅっと深く瞼を瞑る。
だがその時、ゴォッという何かが燃えるような音が朔の耳に届いた。
朔は目を開けて現状を確認する。男は伸ばした右手で炎を受け止め、その火をかき消していた。
一体何が起こったのか。朔が後ろを振り返ると、同じく右手を伸ばして攻撃を繰り出したであろう葛葉の姿があった。


「く、葛葉!」
「なんだァ?お前。」
「・・・・妖狐か。弱いな。」


目の前の妖かしを睨む葛葉。それに負けじと男も彼を睨み返す。男はまるで蚊でも掃うかのように、炎から出た煙を振り払う。葛葉からの攻撃を余裕でかき消したといった様子の男に、葛葉は少し苛立った様子で眉根を寄せた。


「今はちょっと妖力が長期休暇中なだけだっての。本来の俺の力じゃねぇよ。」


葛葉の発言を聞いて、男は彼を吟味するかのようにその目を細める。


「…無くなった妖力が少し戻っている、か。」
「まだまだ序の口だけどな。」
「・・・・・。」


両者の睨み合い。緊張した空気がその場を包み込む。
男は少しの間、考え込むように二人を見据えた後、背を向けてその場から飛び去った。


「あ、待ちやがれ!」


葛葉は立ち去る妖かしの後を追おうとするが、朔の姿が視界の端に入り、妖かしの後を追うのをやめて朔へと目を向けた。


「…おい、大丈夫か?」
「う、うん。」


怪我はない。恐怖心はまだ少し残っているが、腰を抜かしたわけでもなく、普通に動ける。朔は素直に頷いた。
葛葉は朔の返しは特に求めていなかったのか、朔の返答を聞かずに自らの思考にふける。


(何故須煌コイツが狙われた?俺の読みが外れたのか?現状、如月と行動を共にしてた須煌が妖かしに狙われる理由なんて…。)


ないはず。
妖かしは封印が解かれる事を望んでいる。ならば放っておいても、いずれ願いは叶う。
もしや、先日の師走達とのやり取りを目撃されていたのだろうか。そして彼らに寝返る事を懸念して?
葛葉が眉根を寄せて考え込んでいると、朔がおずおずと声を上げた。


「あの…。」
「ん?」


声を掛けられ、朔の方へと目を向ける葛葉。葛葉が自分に向き直った事を見て、朔は頬を掻きながら少し照れくさそうに言葉を押し出す。


「あ、ありがとう。助けてくれて。」
「!」


朔からの謝礼に葛葉は目を丸くする。礼を言われるとは思っていなかったらしい。
目を瞬かせる葛葉だったが、やがていつもの表情へと戻してフイッと視線を逸らした。


「別に。妖かし同士の派閥争いみてーなもんだ。お前を助けたわけじゃない。あいつは隠神イヌガミの手下みてーだからな。」
「イヌガミ?」
「化け狸の頭領だ。」
「!」


今度は朔が目を丸くする。次に解放すべき封印の妖かし、“化け狸”。その一族が現れた。
これは神の従者と妖かしとの闘いが本格化しようとしているという事では…。
それが頭に過ぎって朔は青ざめた。
そして葛葉は再び朔へと視線を戻して質問を投げ掛ける。


「お前、何か狸が嫌がるモンとか持ってたりしねぇよな?」


隠神の機嫌を損ねるような何かをしでかしたのでは?その可能性を探ろうとする。念の為の確認、といった形だ。
だが葛葉の質問に、朔は小首を傾げた。


「狸が嫌がる物って…何?」


そもそもそれが分からない。無意識のうちに身に着けている、なんて事があるかもしれない。
葛葉の質問に答える為に聞き返すが、葛葉は真面目な顔を崩さずに言葉を返した。


「知らん。」
「・・・・・。」


じゃあ分からないよ。
言い返したい気持ちがありつつも、呆れの方が大きく、朔は口を真一文字に結ぶ。
葛葉はもとよりその回答も求めていなかったのか、朔に背を向けて歩き出した。


「帰り道とか、一応用心しとけよ。」
「・・・・っ。」


◇◇◇◇◇


あれから朔も寮に戻って自分なりに色々と考えてみた。以前葛葉が言っていた事を思い出して考察すると、妖かしは封印の解除を望んでいる。その為、双葉が封印を解く限りは彼女と一緒にいれば妖かしには狙われない。となると化け狸が昨日朔の前に現れたのは、師走達に協力する事を阻止しようとしていた、という事だろうか。

その結論により、尚更師走達への答えを出すのが難しくなってしまう。

この状態であるなら、本音を言えばどちらにもつきたくない。
ついたところで自分が何か助力になるとは思えないし、何よりただただ巻き込まれたくない。この件から自分を外して欲しい。
だが力がなくても構わないという師走の言葉を思い出すと、自分がどちらかを選ばなくてはならないという状況なのだという事を思い知らされる…。

朔は大きなため息を吐いた。


この日は全然授業が頭に入ってこなかった。
無理もない。自分の命が危機に瀕しているかもしれないという時に、呑気に授業など受けてはいられない。幸い、先生に当てられる事もなく、無事一日を過ごせた。

そして放課後。
朔はいつもとは違う道を選んで帰る。景色が変われば目に映るものも変わる。何か良い案が浮かんだり、考えや気持ちがまとまったりするかもしれない。そんな一縷の望みをかけて。

ぼーっと周りの景色を眺めながら歩いていると、一軒の花屋を見つけた。そしてそこから出て来た人物に目を凝らす。


「ん?あれは…松山?」


松山は何やら店員さんと楽しげに話し、小さな花束を受け取った。


(ぅげっ。花束…。女の子にでもプレゼントすんのかな。)


やはりモテる男は違うという事か。花束等買った事もない朔は思わず顔をヒクヒクと引きつらせてしまう。

そうして松山は花屋を後にして歩き出した。
何処へ向かうのだろう。誰かと待ち合わせて花束をプレゼントするのだろうか。
どうせ帰り道は同じ方向。朔は興味本位で松山の後をつけた。
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