完結『まず、キスから始めよう~キスを待つ頬骨② オトナの恋愛小説です

水ぎわ

文字の大きさ
29 / 73
第2章「ここから登る、坂の途中」~真乃×洋輔 編

第29話「”まのちゃん”」

しおりを挟む
(UnsplashのOladimeji Odunsiが撮影)

 清春と佐江が、初めてのキスを交わす三年前――。



 クリスマス間近の光り輝く夜の街で、十六歳の渡部真乃《わたべまの》は鮮やかなピーコックグリーンのコートを着て、すんなり伸びた鼻先を寒さで赤くしながら、一人、すさまじいスピードで歩いていた。

「こんな夜にあたしみたいな女を一人で歩かせるなんて、キヨちゃんはどういうつもりよ」

 真乃は愛嬌のある美しい顔立ちに似合わず、乱暴な言葉遣いでつぶやいた。

 いま猛烈に、異母兄である井上清春《いのうえきよはる》に腹を立てているからだ。
 ふいに立ち止まった真乃《まの》はバッグから携帯を取り出し、もう一度、異母兄に電話をかけた。
 ——出ない。

 このあいだから何度よびだしても、兄は電話を取ってくれない。
 真乃は腹立たしげに電話をきると、バッグに放り込んだ。
 その後ろから男が声をかけてきた。

「きみみたいな美人が、こんな時間にひとりで何をしているの? 一緒に飲まない?」

 はあ、と真乃はため息をつく。
 これでもう今夜は、七人目だ。
 真乃は振り向きざま、にっこりと笑って見知らぬ男に言った。

「ごめんなさいね、一人じゃないから」

 本当は、一人きりだが。
 男がまだ何か言いたそうな顔をしたのを見て、真乃はすばやく身体をひるがえした。
 男にもてるのは悪くないが、ろくに知らない男から声をかけられるのは、うんざりする。
 
 それでも、真乃は人からの誘いを断るのが苦手だ。ざっくりと断ってしまえばいいものを、どこか愛想よく振舞ってしまう。
 誰にでも愛想を振りまいておかなければ、周囲から孤立することが分かっているからだ。

 真乃は、幼いころから”成り上がりものの娘”だから。
 完璧な美貌のせいで、同性から無駄なやっかみを受けてきたから。

「ああ、佐江を連れてくればよかった」

 真乃は忙しく歩きながらつぶやいた。同級生の岡本佐江《おかもとさえ》はしっかりもので、二人で歩いていても難なく男の誘いを断ってくれる。おまけに頭が良く―――真乃の成績は、お世辞にもいいとは言えない――エスカレーター式の女子校での評判もいい。

 しかし、背後からまた男の声がかかった。真乃をひとりと見ぬいた男が、執拗に追いすがってきたのだ。

「なんだよ、ちょっと飲むだけじゃないか。ケチな事を言うなよ」
「あのね、一人じゃないって言っているでしょう?」
「ひとりだろ、見ればわかるよ。来いってば」

 男に腕をぐいと掴まれて、真乃は小さば叫び声をあげた。まるで男にふれられたところから、汚れが身体中に染み込んでくるようだ。

「やめてよ!」

 振り払おうとしたとき、ふいに男の腕が離れた。
 ついで、男の声も遠ざかってゆく。

「なにすんだよ、おい!」
「——ああ、悪いね。そいつさ、俺の女なんだよ。つまんねえ男に、さわってほしくねえなあ」

 真乃が振りかえると、背の高い若い男が、先ほどの男をつまみ上げていた。
 身長があり、しかも身体つきに厚みがある男は、文字どおり、真乃に声をかけた男を”つまみ上げて”いた。
 ゆうゆうと、そうするのが当然という顔つきで。

 真乃は驚きのあまり目を見開いた。

 ——誰だ、この男は?

 男は相手をぽいと路上に放り出してから、真乃を見た。
 薄暗い街灯の下に現れた男の美貌に、真乃は再び息をのむ。

 かっちりした顎のライン、太くしっかりした鼻筋。
 薄い唇はにやりと笑っていて、ほんのわずかに下がり気味の目は、きらめくような黒い艶を放っていた。

「あんた、”まのちゃん”だろう?まったく道が分からなかったのかよ。場所くらい、調べてから来いよ」
「……そ、そういうあんたは、誰なのよ……」

 聞き返す真乃の声が、震えていた。
しおりを挟む
感想 6

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

彼の言いなりになってしまう私

守 秀斗
恋愛
マンションで同棲している山野井恭子(26才)と辻村弘(26才)。でも、最近、恭子は弘がやたら過激な行為をしてくると感じているのだが……。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

処理中です...