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第2章「ここから登る、坂の途中」~真乃×洋輔 編
第29話「”まのちゃん”」
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(UnsplashのOladimeji Odunsiが撮影)
清春と佐江が、初めてのキスを交わす三年前――。
クリスマス間近の光り輝く夜の街で、十六歳の渡部真乃《わたべまの》は鮮やかなピーコックグリーンのコートを着て、すんなり伸びた鼻先を寒さで赤くしながら、一人、すさまじいスピードで歩いていた。
「こんな夜にあたしみたいな女を一人で歩かせるなんて、キヨちゃんはどういうつもりよ」
真乃は愛嬌のある美しい顔立ちに似合わず、乱暴な言葉遣いでつぶやいた。
いま猛烈に、異母兄である井上清春《いのうえきよはる》に腹を立てているからだ。
ふいに立ち止まった真乃《まの》はバッグから携帯を取り出し、もう一度、異母兄に電話をかけた。
——出ない。
このあいだから何度よびだしても、兄は電話を取ってくれない。
真乃は腹立たしげに電話をきると、バッグに放り込んだ。
その後ろから男が声をかけてきた。
「きみみたいな美人が、こんな時間にひとりで何をしているの? 一緒に飲まない?」
はあ、と真乃はため息をつく。
これでもう今夜は、七人目だ。
真乃は振り向きざま、にっこりと笑って見知らぬ男に言った。
「ごめんなさいね、一人じゃないから」
本当は、一人きりだが。
男がまだ何か言いたそうな顔をしたのを見て、真乃はすばやく身体をひるがえした。
男にもてるのは悪くないが、ろくに知らない男から声をかけられるのは、うんざりする。
それでも、真乃は人からの誘いを断るのが苦手だ。ざっくりと断ってしまえばいいものを、どこか愛想よく振舞ってしまう。
誰にでも愛想を振りまいておかなければ、周囲から孤立することが分かっているからだ。
真乃は、幼いころから”成り上がりものの娘”だから。
完璧な美貌のせいで、同性から無駄なやっかみを受けてきたから。
「ああ、佐江を連れてくればよかった」
真乃は忙しく歩きながらつぶやいた。同級生の岡本佐江《おかもとさえ》はしっかりもので、二人で歩いていても難なく男の誘いを断ってくれる。おまけに頭が良く―――真乃の成績は、お世辞にもいいとは言えない――エスカレーター式の女子校での評判もいい。
しかし、背後からまた男の声がかかった。真乃をひとりと見ぬいた男が、執拗に追いすがってきたのだ。
「なんだよ、ちょっと飲むだけじゃないか。ケチな事を言うなよ」
「あのね、一人じゃないって言っているでしょう?」
「ひとりだろ、見ればわかるよ。来いってば」
男に腕をぐいと掴まれて、真乃は小さば叫び声をあげた。まるで男にふれられたところから、汚れが身体中に染み込んでくるようだ。
「やめてよ!」
振り払おうとしたとき、ふいに男の腕が離れた。
ついで、男の声も遠ざかってゆく。
「なにすんだよ、おい!」
「——ああ、悪いね。そいつさ、俺の女なんだよ。つまんねえ男に、さわってほしくねえなあ」
真乃が振りかえると、背の高い若い男が、先ほどの男をつまみ上げていた。
身長があり、しかも身体つきに厚みがある男は、文字どおり、真乃に声をかけた男を”つまみ上げて”いた。
ゆうゆうと、そうするのが当然という顔つきで。
真乃は驚きのあまり目を見開いた。
——誰だ、この男は?
男は相手をぽいと路上に放り出してから、真乃を見た。
薄暗い街灯の下に現れた男の美貌に、真乃は再び息をのむ。
かっちりした顎のライン、太くしっかりした鼻筋。
薄い唇はにやりと笑っていて、ほんのわずかに下がり気味の目は、きらめくような黒い艶を放っていた。
「あんた、”まのちゃん”だろう?まったく道が分からなかったのかよ。場所くらい、調べてから来いよ」
「……そ、そういうあんたは、誰なのよ……」
聞き返す真乃の声が、震えていた。
清春と佐江が、初めてのキスを交わす三年前――。
クリスマス間近の光り輝く夜の街で、十六歳の渡部真乃《わたべまの》は鮮やかなピーコックグリーンのコートを着て、すんなり伸びた鼻先を寒さで赤くしながら、一人、すさまじいスピードで歩いていた。
「こんな夜にあたしみたいな女を一人で歩かせるなんて、キヨちゃんはどういうつもりよ」
真乃は愛嬌のある美しい顔立ちに似合わず、乱暴な言葉遣いでつぶやいた。
いま猛烈に、異母兄である井上清春《いのうえきよはる》に腹を立てているからだ。
ふいに立ち止まった真乃《まの》はバッグから携帯を取り出し、もう一度、異母兄に電話をかけた。
——出ない。
このあいだから何度よびだしても、兄は電話を取ってくれない。
真乃は腹立たしげに電話をきると、バッグに放り込んだ。
その後ろから男が声をかけてきた。
「きみみたいな美人が、こんな時間にひとりで何をしているの? 一緒に飲まない?」
はあ、と真乃はため息をつく。
これでもう今夜は、七人目だ。
真乃は振り向きざま、にっこりと笑って見知らぬ男に言った。
「ごめんなさいね、一人じゃないから」
本当は、一人きりだが。
男がまだ何か言いたそうな顔をしたのを見て、真乃はすばやく身体をひるがえした。
男にもてるのは悪くないが、ろくに知らない男から声をかけられるのは、うんざりする。
それでも、真乃は人からの誘いを断るのが苦手だ。ざっくりと断ってしまえばいいものを、どこか愛想よく振舞ってしまう。
誰にでも愛想を振りまいておかなければ、周囲から孤立することが分かっているからだ。
真乃は、幼いころから”成り上がりものの娘”だから。
完璧な美貌のせいで、同性から無駄なやっかみを受けてきたから。
「ああ、佐江を連れてくればよかった」
真乃は忙しく歩きながらつぶやいた。同級生の岡本佐江《おかもとさえ》はしっかりもので、二人で歩いていても難なく男の誘いを断ってくれる。おまけに頭が良く―――真乃の成績は、お世辞にもいいとは言えない――エスカレーター式の女子校での評判もいい。
しかし、背後からまた男の声がかかった。真乃をひとりと見ぬいた男が、執拗に追いすがってきたのだ。
「なんだよ、ちょっと飲むだけじゃないか。ケチな事を言うなよ」
「あのね、一人じゃないって言っているでしょう?」
「ひとりだろ、見ればわかるよ。来いってば」
男に腕をぐいと掴まれて、真乃は小さば叫び声をあげた。まるで男にふれられたところから、汚れが身体中に染み込んでくるようだ。
「やめてよ!」
振り払おうとしたとき、ふいに男の腕が離れた。
ついで、男の声も遠ざかってゆく。
「なにすんだよ、おい!」
「——ああ、悪いね。そいつさ、俺の女なんだよ。つまんねえ男に、さわってほしくねえなあ」
真乃が振りかえると、背の高い若い男が、先ほどの男をつまみ上げていた。
身長があり、しかも身体つきに厚みがある男は、文字どおり、真乃に声をかけた男を”つまみ上げて”いた。
ゆうゆうと、そうするのが当然という顔つきで。
真乃は驚きのあまり目を見開いた。
——誰だ、この男は?
男は相手をぽいと路上に放り出してから、真乃を見た。
薄暗い街灯の下に現れた男の美貌に、真乃は再び息をのむ。
かっちりした顎のライン、太くしっかりした鼻筋。
薄い唇はにやりと笑っていて、ほんのわずかに下がり気味の目は、きらめくような黒い艶を放っていた。
「あんた、”まのちゃん”だろう?まったく道が分からなかったのかよ。場所くらい、調べてから来いよ」
「……そ、そういうあんたは、誰なのよ……」
聞き返す真乃の声が、震えていた。
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